160話 生徒と保護者
アクルという学園コロニーの周囲には、数多くの宇宙船が存在していた。
コロニーそのものが幼稚園から大学までを内包しているため、合計で数百万人もの人間がいる。
それゆえに非常に大勢の保護者が訪れているのだ。
そんな保護者の一人として、メリアはアクルに近づいていく。
船内では、おしゃれに力を入れたルニウが鏡を見ながら最後の確認をし、ついでのようにファーナを着替えさせていた。
「何してる?」
「ファーナだけ置いていくのもあれなので、連れていくんですよ。ただ、そのままだとメリアさんとの繋がりとかに気づかれる可能性あるじゃないですか。なのでちょっとした変装を」
「どうですか、メリア様」
髪は三つ編みにして垂らしており、度の入っていない眼鏡をかけている。
衣服に関してはぶかぶかで露出を抑えた代物を身に纏っているため、普通に見ただけでは、これまでのファーナと結びつけられる者はいないだろう。
「まあまあだね」
「物足りない感想です」
「こっちはこっちで忙しい」
大量の宇宙船を一度に受け入れるのは、港の規模的に無理がある。
そのため、コロニーの周辺では渋滞が起きていた。
周囲の船にぶつからないよう、少しずつ進んでいくのだが、これはメリアとしては気を抜けない時間だった。
親が問題を起こしては、子どもにも影響が出る。
特に、学園祭の最中でやらかした場合、悪い意味で注目を集めてしまう。
「ったく、もう少し港の拡張をしてもらいたいもんだよ」
ぼやくのには理由があった。
渋滞に巻き込まれている間に、学園祭は始まってしまったのだ。
そのため、大なり小なり学園には保護者を含めた大勢からの文句が届いていることだろう。
少しずつメリアの操縦する船は進んでいき、やがて内部に入って停泊したあと、身だしなみの確認をしてから船を降りる。
賑やかというよりも、騒々しいと言った方が適切な周囲の状況に、どこか微妙そうな表情となるメリアだったが、小型の端末を持つと、セフィへと連絡を行う。
「こちら保護者。今は宇宙港。セフィはどこにいる?」
「上の方を見てください。今は重力が弱められていて、色々浮かんでいるはずです」
言われた通りに視線を動かすと、巨大な風船や原始的な航空機、さらには何かのパフォーマンスか人型の機械が踊りながら飛び回っていた。
「確かに色々浮かんでいるけれども」
「その中にコードを貼ってあるものが混ざってるので、端末でスキャンしてください。アクル内部の簡易的な地図と、出し物などが記されたページが出てきます」
「なるほど、空中なら大勢が見ることができる」
端末のレンズ部分を空中に向けてスキャンすると、数秒後には簡易的な地図が出てきた。
「出てきたよ」
「今は、お菓子街道というところの入口にいます」
「わかった。すぐに向かう」
メリアは端末をしまうと、軽く息を吐いた。
これからしばらく演技を行うからだ。
「ふう……それじゃ、ファーナ、ルニウ、行きましょうか」
「色々と見て回りたくなります」
「あー、この賑やかさ、懐かしくて涙出てきた……」
思い思いの反応と共に、学園コロニーたるアクル内部を歩いていく。
中にいるのはほとんどが学生ということもあって、どこもかしこも非常に騒がしい。
外となっている部分では、各施設を行き来するためのバスなどが稼働し、保護者たちが乗り込むのが見える。
学校部分では、様々な出し物があるのか、内部に人が大勢入っている。
セフィが言う場所は、現在地からそこまで離れていないため、数分ほど歩き続けると到着した。
「ええと、セフィは……」
そこは学生たちが手作りした門が存在し、その奥にはいくつもの屋台が並んでいた。
火を使う関係から屋外に一纏めにしてあるのだろう。アクル内部の地図に書かれている出し物の部分を見ながら、メリアはそう判断した。
そんな門の近くに、学生服に身を包んだ褐色の肌をした少女がいた。
白い髪と赤い目をした彼女に近づいたあと、声をかける。
「ごめんね。待たせてしまって」
「そこまで待っていないので大丈夫です。クラスメイトに見せつけるので、ついてきてください」
「……それは、どういう意味で?」
「クラスには仲が良い者がいれば、悪い者もいます。親関係で煽られたことがあるので、ぎゃふんと言わせようかと」
「……揉めない程度にね」
周囲の目もあるため、素の自分を出して注意することができない。
やや困惑しながらも、甘い香りの漂う道を進んでいくと、なにやら盛り上がっているところに遭遇する。
そこは、お菓子を売っている屋台の集まりから少し離れており、何人かがステージの上で歌や踊りを披露しているのが見えた。
「ここは、歌や踊りに自信のある学生が参加しているところです。一応、保護者も参加できますが」
セフィに参加するかどうか尋ねられるも、メリアは当然ながら断った。
「おっと、ここは一つ、私が学生時代に培った技術を見せる時が来ましたか」
「ルニウ、参加したいなら止めないけど、置いていくことになるから」
「う、それなら諦めるしかないですね」
ファーナはともかく、ルニウは少し参加したそうにしていたが、一人だけ置いていかれることを避けるため諦めた。
それからさらに歩くと、生徒と保護者が多く集まる広場のようなところに出る。
保護者同士で歓談しているのを見るに、子どもを待っている者や、体力的に一緒にいることが難しい者が休憩していたりと、様々な理由で集まっているようだった。
「この先にいます。準備はいいですか?」
「ええ。そもそも学園祭のために用意してきたわけだし」
「ただ、ファーナとルニウは待っていてください」
「致し方ありません」
「早めに戻ってきてね」
これで生徒と保護者の二人という組み合わせになり、人の多い広場を歩いていく。
やがて、高価そうな衣服に身を包む男性と、生意気そうな少年の二人の前でセフィは立ち止まる。
「カリス。少しいいですか?」
「……ふん。セフィかよ。なんか用か?」
「こらこら、クラスメイト相手にそのような態度はいけないよ。ええと、あなたはこの子の保護者ですかな?」
少年が素っ気ない態度で返事をすると、男性はやんわりと注意してから、メリアの方を見た。
「はい。メリア・モンターニュといいます」
「はは、これはどうもご丁寧に。私はガストン・ブレイアム。この子は、息子のカリス」
保護者たちは、周囲の人々の存在もあって終始穏やかな雰囲気でやりとりをするが、肝心の子どもたちは、やや険悪な空気が流れている。
「だいぶ前、親が来ないのはいないからなんてことを言いましたよね? 生きてここにいますけど?」
「……それがどうした。普段はあまり仲良くないのに、この日のためだけに無理を言って来てもらっただけだろ」
一歩間違えれば、喧嘩になりそうな状況の中、少年の父親であるガストンが口を開く。
「カリス、待ちなさい。そういうことは、人の多いところで口にするものではないよ」
「……わかりました。父さん」
注意はしている。しかし怒っているわけではない。
このことに、メリアは内心ため息をついた。
子どもが子どもなら親も親だ。という風に。
「すみませんね。息子には言って聞かせます」
「そうしてください。喧嘩なんてことになったら、お互い困りますから」
あまり長くやりとりせずにその場を離れると、メリアはセフィを見る。
「さっきの子が、仲の悪いクラスメイト?」
「はい。それもこれも、どこかの保護者となった人物が顔を出さないからですが。それに連絡とかも」
遠回しに非難されるも、メリアは軽く肩をすくめるだけで済ませる。
「帝国の内戦のせいで、色々と忙しくて」
「だから、これだけで済ませているんです。今日は一日空いていますか?」
「ええ。何日かは空いてる。そのあと、領地として手に入れた惑星関係で忙しくなるだろうけど」
「長期休暇の時、一度行ってみたいです」
「陸地のない惑星だから、基本的には軌道エレベーターの中ばかり。それでもいいなら」
少し歩けばファーナやルニウと合流するので、このあとはのんびりと学園コロニー内を巡ることに。
「……賑やかで、かなりうるさい」
「だから良いんだろう」
学園祭ということで、大勢の人々が港から入ってくる中、やや場違いな男性たちが、雑談混じりに歩いていた。
見る人が見れば宇宙海賊に思える者たちである。
今のところコスプレと思われているのか、誰も気に留めてはいない。
「それで、ここに魔法の金属が……?」
「ああ。お頭が、オラージュの教授とやらから得た情報によると、幼稚園とかじゃなく、大学部分で加工済みのが展示されるんだと」
「それを手に入れるわけか」
「なあに、情報料の他に金をさらに追加することで、向こうの組織からの手伝いが来てる。楽勝だ。それより、お前こそ大丈夫か? 少し前、宇宙港で女海賊に喧嘩を売って軽くあしらわれたが」
「……黙れ。あの時は素手だった。武器があれば俺は負けねえ」
「おお、怖い怖い。さて、学生による出し物を楽しみながら、時間が来るのを待つとしよう」
こそこそと話していた二人組は、屋台で買い食いしつつ、コロニー内の大学部分へと近づいていく。
誰もが楽しむ学園祭の中において、部外者による秘密裏の作戦が進行しつつあった。




