158話 魔法の金属
宇宙港の中は、海賊ばかりとはいえとても静かだった。そもそも人の数が少ない。
色々と非合法な代物が売られているだろう市場に向かう途中、エアロックを越えた先の大きな通路で見かけた光景に、ルニウはそんな感想を抱く。
「メリアさん、なんだかずいぶんと静かですよ」
「その程度のことで通信してくるんじゃない」
そこで宇宙服の通信機能を使って船内に残るメリアに話しかけるも、面倒そうに感じている声が返ってくる。
「ヘルメットのカメラを通じて映像を送ります」
「……だいぶ少ないね。けれど、あたしらが今いるここは帝国の中だ。どうせ内戦に関わった奴らが死んだんだろう」
「あー、確かに。傭兵として参加した海賊とか結構いそうだし、内戦の直後ともなれば減りますか」
ちょっとした疑問はすぐに解決したので、通信のあと再び歩き出す。
まず最初に入るのは、広い宇宙港の中を快適に移動するための手段であるエア・カーを貸し出してくれる店。
「船にいる時に注文しておけばよかったのでは?」
「それじゃ探索を楽しめないし。それに選ぶ楽しみというものは、実際に店に行かないと」
店舗の中には、いくつもの車両が存在していた。
色や形状には様々な違いがあるため、ルニウは軽く見て回ったあと、濃い緑色の車両をレンタルすることにした。
「んー、これ借ります」
「……珍しいね。わざわざ店にやって来て借りるとは」
「やっぱり、船の中から注文する人が多かったりします?」
「そりゃあね。無駄に歩くことになるわけだから」
宇宙船が停泊する埠頭からやや離れたところにレンタルできる店があるが、歩いて向かうとなると多少なりとも歩く必要がある。
「運動は大事なので」
「確かに宇宙で過ごすなら大事だが……まあお客さんにあれこれ言っても仕方ない」
移動手段を確保したあとは、違う階層へ向かうため、大型のエレベーターにエア・カーごと乗り込む。
ルニウが目的としている市場は、宇宙港の中層辺りにある。
大型のエレベーターが動いていき、少しして到着すると、先程までいた上層部分よりは多くの人を見ることができた。
「さすがにここは人がいる、と。まずは酒場に行こう!」
「なぜ? 市場に行く予定では?」
「私のお目当ては、希少な代物が出てきた時の市場。今行っても無駄に待つ必要があるわけ。となると、酒場で適当に盗み聞きしながら時間を潰して、周囲が騒がしくなってきたところで市場に向かうのが一番!」
「……まあ、ルニウがそうしたいならそうするのがいいと思いますよ」
あまり何か言う気もないのか、ファーナはそれだけで済ませると、おとなしくついていく。
メリアのことではないので、割とどうでもいいといった様子だった。
「なんだか冷たくない?」
「ルニウのすることなので……」
どちらも宇宙服とヘルメットで姿を隠しているため、他人からすれば、大人と子どもの二人組がいるという風にしか見えない。
ちょっとした町のようになっている内部を軽く走らせたあと、空いている駐車場に停めてから手近な酒場に入ると、すぐに数人の海賊に絡まれてしまう。
「待ちな。珍しい組み合わせだ。ちょいとその下にある顔を見せてもらいたいな?」
「なあに、取って食うわけじゃない」
武装をちらつかせながら包囲してくるため、どうするべきかルニウは辺りを見渡すと、とある機械を発見する。
それは懸賞金がかかっている者を調べることのできる機械。
広大な宇宙、捕まえるのが難しい犯罪者というのはそれなりにいる。
そういう者に対して賞金をかけることによって、お金を求めた誰かに捕まえさせるという試みがあるのだ。
なお、ここは海賊の利用する宇宙港なので、裏切り者を見せしめにするため、有力な犯罪組織が懸賞金を出すことがほとんど。
きちんとしたところからお金を得たいなら、一般の宇宙港を利用するしかない。
「もしかして懸賞金とか出てます?」
「あん? 若い声だな」
「出てるぞ、大金が。ユニヴェール一家の小さな子が誘拐されたとかなんとかで、色んなところに懸賞金出してる」
海賊の一人が端末を取り出して画面を少し弄ると、緑色の髪と目をした十代半ばの少女が映し出される。
「へえ、この子が誘拐されてると」
「ちなみに、連れて帰った場合の賞金はこれくらい。誘拐犯も生け捕りにできたら、さらに倍ときた」
提示される金額は、中型船が十隻は買えそうなほど。ここからさらに倍になる可能性もあるとなると、確かに魅力的ではある。
だが、自分たちはまったく関係ないため、ルニウはヘルメットのバイザー部分を一時的に透明にすることで無実を証明する。
「私は水色、こっちは白色。髪の色以外に目も違うわけでして」
「ったく、やっぱり無駄足か」
「おう、若いお嬢さん。訳ありなんだろうが、海賊の中に長くいるのはよした方がいいぞ」
目的の人物ではないことに気づいたのか、海賊たちはため息混じりに離れていく。
「いやあ、まさか誘拐犯に間違われるとは。あはは」
「笑っている場合ですか」
「あまりうろつくと揉め事に巻き込まれそうだし、さっさと市場に行こう。周囲から目立たないようにしつつ」
大金がかけられた事件が現在進行形で存在していることから、酒場で時間を潰さずにそのまま市場へ。
エア・カーに乗って自動操縦任せにすることおよそ数分。
怪しげな雰囲気に満ちた一角に到着した。
露店商のようなところばかりであり、場所によっては銃器がそのまま売っていたりする。
客の数は普段よりも少ないのか、あまり活気はないものの、しばらくすると辺りは騒がしくなっていく。
「お、そろそろかな?」
「一部の者は急いでいますね」
事前に話を聞きつけていたのか、一部の海賊たちが集まり始めていたため、ルニウとファーナもそちらへ向かう。
そこでは、老いた男性が緑色をした金属の塊を手に持ち、周囲に見せびらかすように右へ左へと動かしていた。
大事な売り物であるからか、分厚い手袋をした上で。
「さーて、ご存知の者ばかりとはいえ、何人かは知らない者もいるだろう。この手の中にあるのは、魔法の金属と呼ばれるエーテリウム。熱、電気、他にも色々なのを自ら独自のエネルギーに変換して内部に蓄える性質を持つ。そしてそれゆえに、何にでも利用できる。利用できてしまう」
老人は、売る前に軽く語っていく。
そうすることで値段を吊り上げやすくする意味合いがあるのだろう。
「工作機械から宇宙船まで、これを使えばより効率的な設計にでき、それは性能の向上に繋がる。とはいえ、そのためにはまとまった量が必要。この手にある分だけでは、とてもではないが足りない。では、どうしてわずかなエーテリウムのために人が集まるのか? それはもちろん……この金属が変換する独自のエネルギーには、人間の老化を抑制する効果があるから」
老化の抑制という言葉が出てきた瞬間、周囲の空気はわずかに変わる。
ギラギラとした欲望が現れ始め、人々の視線が緑色の金属の塊に注がれていく。
「老化の抑制には、常に高い金を払い続ける必要がある。わかりやすいのは帝国の金持ちな貴族様方だ。しかし、握り拳一つ分のエーテリウムの塊さえあれば、常に持っているだけで高い金を払って老化抑制しているのと同じ効果を得られる。代償としては、この魔法の金属を狙う者に襲撃される可能性があるという部分。だから、こうして売りに出してるわけですな」
一通り語ったあと、エーテリウムと呼ばれる金属の塊は売りに出される。
欲しがる人が多いため、オークション形式で。
最初は周囲の様子を見ながら、徐々に金額を増やしていく人ばかりだったが、途中からどんどん金額は増えていく。
やがて、最終的には初老の男性が購入し、緑色の金属を手に入れたらすぐに宇宙船のある上層部分へと戻っていった。
「うーん、盛り上りとしてはこんなもの、と」
「まだ市場に残りますか?」
「いや、メリアさんのところに戻ろう」
長居しても仕方ないため、ルニウも宇宙港の上層部分に戻ろうとした。
その時、エーテリウムを売りに出した老人の方を見ると、数人の男女と何かを話しているところを目撃する。
「ファーナ、あそこの会話とか盗み聞きできそう?」
「周囲に人がいてうるさい、距離が離れている、宇宙服のヘルメットを外さないといけない。これらの点から難しいとしか言えません」
「そっか。ならしょうがない」
なんとなく気になったものの、盗み聞きを諦めると、そのままメリアのいる小型船へと戻った。




