157話 追跡への警戒
宇宙においても交通ルールは存在し、それは惑星やコロニー、あるいはワープゲートの近くで顕著になる。
メリアが操縦する小型船ヒューケラは、律儀に交通ルールを守る他の船に紛れる形で飛び続けたあと、途中で進む方向を変えると一気に加速した。
「今から向かうのはどこですか?」
「海賊の宇宙港。なので宇宙服をしっかりと着込むように。あたしたちは目立つから」
メリアは茶色い髪と目を持つ女性。ファーナは白い髪と青い目をした少女型のロボット。ルニウは水色の髪と目を持つ女性。
そしてここに、美しいや可愛らしいといった言葉がつく。
パッと見ただけでも華やかな一行であり、荒くれ者の集まる宇宙海賊からすれば、ちょっかいをかけたくなる集まり。
見た目には綺麗でも、その中身はかなり物騒。とはいえ、そのことを周囲に知らしめるには暴れる必要がある。
それでは悪目立ちするということで、とりあえず宇宙服で姿を隠す必要があるわけだ。
「さて、そろそろ反応があるはずだが」
高速で飛び続けること、およそ二時間。
デブリなどが密集している地域に差し掛かると、船の速度はかなり落とされる。
そこから慎重に奥へ進み続けると、操縦室のレーダーにわずかな反応があった。
レーダーが示す方向には、惑星の軌道上で見慣れた宇宙港と同等の建造物が存在し、メリアは短い通信のあと内部へと入っていく。
「ファーナ、停泊している間に船の外観を偽装するから、作業の間は人の形したその端末で周囲の監視を」
「わかりました」
「ルニウは、余ってる作業用機械であたしと一緒に船外作業だ」
「うへえ、嫌な記憶が」
「何言ってる。デブリがぶつかる宇宙空間じゃなく、安全な宇宙港の中だ。ほら、さっさと動く」
監視をファーナに任せつつ、メリアはルニウと共に、船の外観を偽装するための作業を進めていく。
することは、ダミーの推進機関といった余分な部品を取りつけるだけ。
そうすることで、追跡されても気づかれにくくなる。
「ワイヤーの繋がりは?」
「問題ありません。ただ、ちょっと船のバランスが。不恰好というか」
「そこは割り切るしかない。それにその方が目立たない」
「えーと、次の部品は」
船外作業は、無重力なこともあってそこまできつくはない。少々面倒ではあるものの。
これが普通の宇宙港であったなら、内部で作業を行う際に許可を得る必要があり、どうしても素顔を晒す必要がある。
しかし、海賊の宇宙港では、許可を得なくても作業ができた。
「おい、そこの作業してる二人。こっちの船に部品を飛ばしてみろ。宇宙に出たあと痛い目見せてやるからな」
その代わり、他の海賊に対してどう接するかが問題となる。
突如入ってきた通信を受けて、メリアは近くの海賊に対して、無言のまま人型機械の中指を立てたあと作業に戻るが、当然ながら罵詈雑言が返ってくる。
「てめえ、舐めてんのか!?」
血の気に満ちた若い男性の声が聞こえてきたかと思うと、機甲兵が近づいてくる。
宇宙港の中ということで武装はしていないが、喧嘩をしに来たのは明らかなため、作業をルニウに一任したあと、メリアは自ら迎撃に出た。
「黙れ。喧嘩なら受ける」
「ぎっ、ぐおお……!」
無重力下において、武器を使用しない戦い方というのは、かなりの制限がある。
素手での格闘以外には、船から引き離されないためのワイヤーぐらいしか使えるものはない。
メリアはまず、機体に装着されているワイヤーを射出し、相手に引っかけようとする。
しかし、それは読まれていたのか回避され、お互いに掴み合う状態となった。
「女の声だあ? 本物か、偽物か」
「何を言って……」
ぶつかった際の衝撃により、不安定な姿勢となっているため、バーニアを吹かして制御すると共に、空いている足を使っての攻撃が始まる。
とはいえ、元々攻撃のために使うことを想定されていないため、決定的な一撃にはならず、しばらく金属同士がぶつかる音が搭乗者に伝わるだけ。
外部から見れば、なんてことのない喧嘩だが、当事者からすれば負けられない戦いである。
メリアとしては、ちょっと負けたくないという気持ちがあるため、正攻法ではない手段で相手を揺さぶる。
「あらあ? 僕ちゃん、家に帰っておねんねしたら?」
「てめえ!!」
それは甘い声色を使っての軽い挑発だったが、あまりにも相手が乗ってくるので、仕掛けたメリアの方が驚いてしまう。
いくらなんでもこの程度のに引っかかるのはどうなんだ、という具合に。
「はぁ……若さ以前の問題だ」
隙だらけな腕の状況を確認し、すぐに引き剥がすと、蹴飛ばして相手の姿勢を崩す。
そして自分の方に向いた足を掴んだあと、バーニアを小刻みに吹かしながら、回転しながら振り回していく。
それはいわゆるジャイアントスイングと呼ばれる技に酷似しており、ある程度勢いがついた段階で離すことによって、機甲兵は自分の所属している船に向かっていく。
あとはこのままぶつかるだけと思われたその時、相手はバーニアを吹かしてギリギリのところで姿勢を戻した。
「ちくしょう。このままで終われ……ああくそっ!」
横から誰かが通信をしたのか、若い海賊は悪態をつきながた船へと戻っていき、代わりに船からの通信が入ってくる。
聞こえてくるのは、やや歳のいった男性の声。
「うちの若いのがすまんね」
「いくらなんでも、あの程度の挑発に乗るのは心配になってくるんだが」
「うーむ、まあ、あいつは若い女関係で痛い目を見たことがあってな。ちなみに、なんだと思う?」
どこか面白がるような声であり、この時点で今の通信相手もろくでもないことをメリアは理解する。
とはいえ、質問を無視するわけにもいかないため、当たり障りのない範囲で答える。
「金でも騙し取られたか」
「半分当たりで半分外れだ。声を女にしていた男に騙されて、色んな物を買っては送っていた。そして最後は、現実で出会おうということで金を直接求められ、支払ったものの会うことはできなかった」
「……そっちの船では、かなりの笑い話になってそうだ」
「はははは、笑いの渦に包まれたぞ。気の毒過ぎると感じた他の奴らは、しばらく奢ったりもしてるから、あいつには良い勉強になったわけだ」
「それをわざわざ見ず知らずの他人に話す理由は?」
「あんた、持ってるだろ? あの魔法の金属、エーテリウムを」
その瞬間、通信越しでもわかるくらいに、お互い警戒に満ちていく。
宇宙港の中なのですぐさま戦闘とまではいかないが、その後どうなるかまでは読めない。
「…………」
「黙ってもわかるぞ。あれは、一定以上の大きさがあると、わずかに反応し合う。まあ、ここまで近くないと反応しないから、宇宙では基本的にわからないもんだが」
宇宙港の中、目視できる距離。
それは宇宙空間という広大な空間からすると、かなりの至近距離と言っていい。
「で、何が目的かお尋ねしたいところだが」
「なあに、珍しい品物を持ってる者同士、仲良くしておくべきだと思わないか?」
「……会ったばかりの海賊を信用しろって?」
「おっと、そう言われたら返す言葉がない。だがな、魔法の金属を手に入れるのは並大抵のことじゃない。どんな手段であれ、手に入れることができる人物であるというのが重要だ」
「まあ、次会う機会があれば、その時はなんらかの取り決めをしてもいい」
「そうかい。広い宇宙、会える機会があるといいな」
通信はこれで終わり、そのあと作業が終わったという報告がルニウから届く。
それと同時に、あるお願いもされる。
「メリアさん、ちょっとこの宇宙港を探索してもいいですか?」
「入ってすぐに出るのも目立つ。少し時間を置いて出るつもりだから良いけれど、あたしは行かないよ。あと船籍の偽装もしておかないといけない」
「まあ、あのメアリという人と同じ顔ですからね。あ、ファーナを連れて行っても?」
「宇宙服姿でなら」
「もちろんです」
宇宙服で姿を隠したままという条件に対し、ルニウは頷く。
「探索の目的は?」
「ほら、あの海賊がエーテリウムというのを持ってるとか言ってたじゃないですか。これ絶対ここで売るやつですよ。なので珍しい物が売りに出される市場の様子とか、見てみたいなーって」
「……貴重な代物ということは、面倒事もある。気をつけるんだよ」
「わかってますって」
気楽な様子で言うルニウを見て、果たして本当にわかっているのかと首をかしげるメリアだったが、何か問題が起きても対応できるだろうということで、それ以上は気にしなかった。




