156話 宇宙を放浪する集団
「残りは一週間。ワープゲートが利用可能になる時間は……」
いくつもの星系を移動していくとなると、それだけで何日もの時間が過ぎてしまう。
特に最悪なのは、フルイドを一目見ようと他の国から帝国にやって来る人々の多さ。
そのせいでワープゲート付近では渋滞に巻き込まれたり、急激に増えた船に対応するためのパトロール艦隊に時折呼び止められたりと、細かいところで時間を失う機会が増えていた。
「メリアさん、メリアさん。待ってる間に服の確認しましょうよ。しませんか?」
別の星系に移動するためのワープゲートが、渋滞によってすぐには利用できない状態にあるからか、ルニウがどこかウキウキとした様子で話しかける。
操縦席に座っているメリアは、その提案に対してやや白い目を向ける。
「なんで今?」
「待つ時間がもったいないじゃないですか。この船がワープできるようになるまで、あとどのくらいかかります?」
「……ええと、三十分前後だね」
時間的な余裕はだいぶある。
学園祭に着ていく服を確認するには充分過ぎるため、やれやれといった様子でメリアは操縦席から立ち上がろうとする。
その時、近くに立っていたファーナが口を開く。
「報告。怪しい中型船の集まりが近づいてきています」
ファーナがそう話すのには理由があった。
近くの画面に映像が表示されるのだが、その船団はバラバラながらも、一糸乱れぬ艦隊行動を維持したまま接近しているのだ。
しかも渋滞しているところの側面に向かって。
それは、ワープゲートを利用しに来た者の動きではない。
どうするべきかファーナが視線で尋ねると、メリアは数秒ほど画面を見たあと、軽く手を振って問題ないと伝える。
「あれは放っておいていい」
「どうしてですか?」
「商売のためにやって来ただけだから」
少しすると、怪しげな船団は速度を落とし、渋滞している大量の船の近くをゆっくりと移動していく。
それと同時に広域通信を始めたのか、勝手に音声が入ってくる。
「皆さん、こんにちは。銀河標準時間では少々遅い時間ですが、まあそれは置いておいて……。長々とした渋滞に退屈しているだろう皆さんのために、我々ユニヴェール一家が様々な商品を持ってきました。何か入り用でしたら連絡を!」
聞こえてくるのは、若い男女の声。
二人が同時に喋っていながらも、一切のズレがないため、まるで一つの声のように聞こえる。
その声色は無視できないものであり、ついついユニヴェール一家という存在に注意が向いてしまいそうになる。
「メリア様、あのユニヴェール一家とは何ですか?」
「詳しいことは知らない。星間連合にいる大きな犯罪組織ってことぐらい。あとはまあ、あちこちで無許可の商売をするくらいか。詳しいことはルニウに聞いてくれ。あたしよりは知ってるだろう」
「え、そこで私ですか? まあいいですけど」
途中で話を振られたルニウは、軽く目を閉じて何か思い出そうと唸り始める。
すぐに思い出せたのか、数秒もすると目を開けた。
「直接会ったことはないので、メリアさんと同じように詳しいことは知らないんですが、ユニヴェール一家というのは結構大きい組織で、犯罪組織の中では安全な方ですね」
「というと?」
「人を殺すことはあまりしないみたいで、殺すとしても他の犯罪組織との抗争がほとんど。基本的には商売で稼いでいるわけでして。あ、幹部含めて偉い人は全員が家族らしく、かなり強固な繋がりを維持してるのも付け加えときます」
メリアとルニウ、二人からの説明を聞いたファーナは軽く何度か頷いた。
「となると、今回のこれは無許可ということですか」
「ああ。ワープゲート付近での商売は、基本的に禁止されてる。何かあったら困るからね」
商売において、大なり小なりトラブルというのは付き物。
ワープゲート付近で揉めるようなことがあれば、他の船の移動を妨げることが起きるかもしれない。
そうなれば面倒どころではないため、基本的にワープゲート付近での商売は禁止されているわけだ。
「結構堂々と来ましたが、ここを担当してるだろうパトロール艦隊は気づいてないのでしょうか?」
「どうだかね。気づいてない可能性はあるが、気づいていて見逃している可能性もある。いわゆる賄賂というやつで」
「わたしたちも利用しますか?」
「見るだけ見よう。あそこで買い物はしない。既に色々買ってるしね」
通信を入れて、カタログのデータだけ送ってもらう。
渋滞を待つ間、適当にカタログの中身を見ていくと、その間にルニウはいくつかの服を取り出し、鏡の前で比べていく。
「基本的に食料品がほとんど。あとは古めかしいおもちゃも少々……って何をしてる?」
「さっきの続きですよ。学園祭にはどんな服を着ていくのかってやつです。色にデザイン、悩みますねえ」
「ルニウは別に、普段の格好でもいいと思う」
「いやいやいや、学園祭ということは、色んなところからたくさん人が来るわけですよ? ここは精一杯のおしゃれをしないと駄目でしょう」
「……そもそも、保護者はあたしだから、ルニウには留守番してもらうことだってできるが」
メリアがそう言うと、ルニウは鬱陶しさを感じりくらいに悲しそうな表情を浮かべて、目の前にしゃがみ込む。
ついでに瞳もうるうるとさせる徹底ぶりに、メリアは肩をすくめながらため息をついた。
「わたしだけ、置いていくんですか……? そんなのひどいですよ……!」
「あー、はいはい、連れて行くからその顔やめろ」
「メリアさんは何着ていきます?」
「入学式の時と同じのでいいだろう」
「えー」
「まだ数えるほどしか着てない。アルケミアの代わりになる船を買うことも考えると、出費は減らしておきたい」
軽いやりとりの最中、外では動きがあった。
ユニヴェールの艦隊から多数の作業用ポッドが出てくるのだ。
それは大小様々なコンテナを運んでおり、注文を受けて商品を運んでいるのだろう。
「メリア様、何か気になりますか?」
「いや、なんとなく見てただけ。そういえば、ユニヴェールというところについて思い出したことがある」
「それは?」
「海賊として活動している最中に、色んな噂を耳にすることがあった。これもそんな噂の一つだが、ユニヴェール一家は生まれてから死ぬまで宇宙で過ごす。というものを」
「コロニーとかがあるので、そこまで変な話ではないように思えますが」
今の時代、地上に降りることなく宇宙だけで生活を完結させることは難しくない。
それゆえにファーナの言葉だったが、メリアは軽く頭を振ると話を続ける。
「もっと凄い。コロニーとかそういうところでは暮らさず、自分たちの宇宙船だけで暮らしているとかなんとか」
「どこかに船を整備するための拠点とかは」
「ないらしい。当時それを話していた海賊が言うには、あの一家は生まれついての銀河の放浪者だとか」
「それはまた……嘘か本当か怪しい噂ですね」
「そもそも確かめる手段がない。あり得そうだと思うし、あり得なさそうにも思える。ファーナはどう思う?」
「むむむ、なかなかに難しい質問ですが……材料が少ないので判断ができません」
「ま、そんなもんだろうね」
やがて、あともう少しワープする順番が来るという時、ファーナはカタログを読んでいき、すぐにこれが欲しいというのをメリアに伝えた。
それはエーテリウムと呼ばれる希少な金属。
金属その物が、どこかからエネルギーを集めて蓄えるという性質を持つ。
その特性から用途は非常に幅広く、それゆえに使いどころが難しい。
採掘できる量が少ないため、なかなか市場には出回らない代物であるため、手に入れられるなら確保しておきたいというのが、ファーナの言い分だった。
「……用途は? 握り拳一つ分で大型船一隻並みの金額だが」
「わたしの端末を新しく作るためです。内戦を経て数を減らしていき、今では十体だけになりましたから」
「それなら購入しよう。ただ、その分だけアルケミアの代わりの船は遠くなるが」
「問題ありません」
「わかった。とりあえず、ワープゲートを越えたあとは船籍の偽装をしておかないと」
なぜこんな希少な代物がここで売っているかは不明だが、買えばユニヴェール一家から一時的に注目を集めるため、高額な買い物のあとは色々と偽装をするつもりでいた。
それは長年の経験から、そうする必要があると判断したのである。
注文してから一分もしないうちに、非常に小さな箱を持った作業用ポッドが近づくと、通信が入ってくる。
「いやあ、お客さん、お目が高い! まさか購入するとは!」
「払ったあと、箱はそのままで。こちらで回収する」
「おっと……わかりました。それでは失礼します」
メリアは通信に出る際、変声機を利用して声を変えた。
聞く方からすれば明らかに違和感のあるものだったが、向こうはそれだけで察したのか、料金の支払いが済むとそそくさと退散していく。
ファーナの動かす無人機によって無事に回収したあとは、メリアが操縦する宇宙船はワープゲートによって別の星系へ一瞬で消えていった。
「……はい。こちら…………です。エーテリウムの購入者がいました。はい、はい、追跡を試みます」




