154話 得たもの
病院にいる間、後処理をルニウが代わりにしてくれてるとはいえ、すべてを任せることはできない。どうしてもメリア本人でないといけない事柄というのは存在する。
メリアは宇宙港を出発したあと、まずは反皇帝派の有力な貴族であったイネス・ジリー公爵に会いに向かう。
連絡を入れると、前に反皇帝派の者たちが集まっていた屋敷に来るように言われるため、その通りにする。
一日もあれば到着できる範囲に、目的地となる惑星は存在し、地上に降り立つと使いの者が既に待っていた。
「お待ちしておりました。メリア・モンターニュ伯爵。主人のところまでお送りします」
「ええ、お願い」
やや高級なエア・カーは、一般的なものよりも静かで乗り心地もいい。
さらに車内でくつろげる程度には広いため、メリアが一休みしようとすると、車内のミラーからこちらを時々見ている運転手の視線に気づく。
「私の顔に何か?」
「失礼しました。伯爵様がとある人物に似ているので、つい」
「……メアリ・ファリアス・セレスティア」
皇帝だった者の名を口にすると、運転手はわずかに体を動かして反応する。びくっと驚くような形で。
「別人であることは理解しているのですが、そこまで似ておられると……」
「私としては、あの者と同じに見られるのは不愉快なので、今後は気をつけてもらいたいものです」
「はい、はい、それはもう……」
これなら、一般人の方がまだ礼儀がなっていると言いたくなるものの、メリアは我慢した。
少しして屋敷に到着すると、応接室でイネス・ジリー公爵と面会する。
「まずはお礼を。モンターニュ伯爵のおかげで、内戦の早期終結とメアリ……殿が皇帝を自発的に降りました」
内心思うところはあるようだが、表には出さないイネスの様子を見て、メリアはため息混じりに頭を振る。
「よく妥協するつもりになったもんだ」
「正直なところ、だいぶ無理をした攻勢でした。相手に与えた被害よりもこちらが受けた犠牲の方が多いのです。……もし、襲撃を仕掛けたあなたが負けていたら、皇帝側が有利な形で内戦は終わっていたでしょう」
「だが、反皇帝派が有利な形で終わった」
ここで一時的に無言の時間が生まれる。
お互い、何を言うか迷ったからだが、先にイネスが口を開いた。
「私のような若い者が、貴族の当主となっていることをどう感じますか?」
「どうもこうも……そもそもあたしの方が若い、というのは横に置いておくとして……どんな恐ろしい手段を使って親を排除したのやら。こんなところだろうね」
老化抑制技術の発達により、継続的にかかる費用をどうにかできるならば、人間はかなり若々しさを保ったまま生きることができる。
それは、代替わりが遅くなることを意味しており、当主が八十で子どもが六十という貴族の家も珍しくはない。
しかし、このイネスという女性は二十代後半という若さで公爵家の当主となった。
ソフィアのように偶然相続したわけでもないのに。
それゆえのメリアの反応であったが、イネスという女性は小さな苦笑を口元に浮かべると、近くの棚に指先を這わせたりする。
「帝国貴族は、兄弟姉妹といった家族の間で競い合い、当主から選ばれたたった一人が、領地や艦隊などの資産をすべて相続します。大体は骨肉の争いになるわけですが」
「こっちも貴族なので知ってる。それで?」
「能力的に優れていても、人格的に問題のある人というのはいます」
「それは……そうだね」
まず頭の中に浮かぶのは、自らのオリジナルであるメアリ。
帝国を引っ掻き回しながらも、結局は生き残った。それは決して軽く見ることのできない存在。
「ジリー家において、後継者として見なされていた人物がいました。私の兄です」
イネスは過去を思い返しているのか、どこか懐かしそうに室内を歩いていく。
「兄は頭脳明晰であり、身体能力においても優れ、各種のスポーツ大会に出ては一位から三位を取り続けていた。他の貴族との交流にも積極的であり、両親からすれば貴族として好ましい形を維持していました」
「……しかし、なんらかの理由で排除した」
「ええ。実はその兄は、私の姉や妹と、肉体的な関係を持っていました。どういう理由があって肉親同士でそうなったのかは、部外者のあなたには言えませんが……それを知って私は決めたのです。このままではいけないと」
排除自体は簡単だった。
彼が姉や妹と一晩過ごしているうちに、彼が乗ってきた車両にちょっとした小細工を仕込めばいいだけ。
そして“事故”によって亡くなってもらったあと、意気消沈する両親から当主の座を奪うため、またもや“事故”を引き起こした。
その説明は、どこか淡々としており、人によっては寒気すら感じるもの。
「あとは、余命わずかな両親からの遺言によって、私が当主の座を得ることとなりました」
「……恐ろしい公爵様だ」
「とはいえ、一人だけでこれらの出来事を引き起こせたわけではありません。協力者がいたからこそ可能だったことです」
「それらの事柄をあたしに話すのは、どういう意図があってのものか、だいぶ気になるね」
わざわざ、自らの恥部を語るのはどうしてなのか。
ただ話したいだけというのはありえない。
「大したことではありません。メリア・モンターニュ。秘密を共有することで、あなたとの交友関係を深めていきたいと考えているだけですよ。なにしろ、内戦において大きな活躍をしてくれましたから」
「おおっと、それはそれは……お褒めに預かり光栄です。公爵閣下にそこまで言ってもらえるとは」
メリアはややわざとらしい口調で言うと、これまたわざとらしい動きで一礼する。
あからさまに馬鹿にしている態度だが、イネスは肩をすくめるだけで済ませると、近くの引き出しを開けて書類を取り出す。
「さて、功績には報いなければなりません」
「他への示しとして?」
「それも一つの理由ではありますが」
「他にもあると?」
「ええ。内戦ではそれなりに貴族が亡くなり、その分だけ所有権が曖昧な土地も生まれました」
貴族と一口に言っても、弱小な家から有力な家まで非常に幅広い。
今回の内戦を好機と見て、どさくさ紛れに他の家を襲う貴族も出てきたりするほどであり、直接戦った者以外にも多くの死者が出ていた。
そうなると、家が断絶するところがチラホラと出現するようになり、資産の相続などで遠縁の貴族同士が揉めるという問題も表面化してきている。
「ジリー家の力を使い、惑星の一つを手に入れました。モンターニュ伯爵に、その惑星を差し上げたいと考えています」
「惑星一つ、か。なんとも太っ腹なことだけど、どういう惑星なのか聞かないことには喜べない」
「水の惑星ドゥール。陸地は存在せず、軌道エレベーターと人工的に作られた小さな島以外は何もない。いるのは他の星系から来ている少数の研究者と、施設を維持するための人員のみ」
「……なるほど。将来性に満ちている惑星なようでなかなかに楽しみだね」
ある意味、将来性しかない惑星に、メリアはなんともいえない表情になるも、差し出された紙の書類にサインをする。そのあとは指紋を認証して完了となる。
「ふむ。確かに。これで惑星ドゥールはモンターニュ伯爵家のものになりました」
「わざわざ紙というのも、風情があるというかなんというか」
「紙は千年以上も保存できるという実績があります。人類が宇宙に出る前の技術水準であっても。電子機器では、未だにそこまで到達することはできていません」
「まあ、公的な文書を残すならありか。幼い頃、博物館で旧時代の写本を見たことはある」
紙というのは実に長持ちする。
しっかりとした保存ができる環境、という条件が付くものの。
宇宙船が飛び交う時代にあっても、その有用性は薄れても消えることはなく、電子機器で大抵のことが済ませられるとはいえ、今も根強く残り続けていた。
「他にも向かうところがあるので、これで失礼させてもらう」
「それならこれを」
イネスは小さな記録媒体を取り出すと、メリアに手渡した。
「これは?」
「この惑星を離れてから、中のデータを再生してください。それでわかります」
「……一応、もらっておくよ」
なにやら怪しげな代物であるが、捨てるわけにもいかない。
メリアはジリー家の屋敷から出たあと、宇宙港に向かい、渡された記録媒体を見る。
指先の爪くらいの大きさをしたそれには、いったい何が入っていることやら。
「ファーナ、その端末で再生できるか?」
「一応できますが、宇宙船の中の方が良いと思います」
「盗み聞きされても面倒だ。そうしよう」
所有する宇宙船に戻ったあと、記録媒体を再生するのだが、画面上に見覚えのある人物が映ることで、盛大な舌打ちが出てしまう。
そこには、メアリ・ファリアス・セレスティア本人が現れたからだ。
正確には録画されている映像だが。




