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152話 決着

 状況は良いものではない。悲観するほど悪いわけでもないが。

 相手は未知の装備に身を包み、宇宙では今も艦隊同士による戦闘が続いている。

 メリアは、自らが搭乗している人型の作業用機械の様子を見る。

 左手には盾を、右手には機関銃を持っており、ここに来るまでの戦闘において特に損傷はしていない。

 以前、一人で海賊をしていた時に利用していた自前の改造機体に比べると、ファーナが設計や改良を一から行ったこの機体は、全体的に動きが良くて軍用の代物にも引けを取らない。

 相手がどんな手札を隠していても、ある程度は対応できるだろう。


 「ちょこまかと……!」

 「ははは、ここは結構隠れるところがあるからね」


 ソレイユのブリッジの構造は、帝国の大型船とそこまでの違いはない。

 ブリッジの中は、機械の鎧に身を包んだ二人が戦うには少々広く、隠れることができる場所もそれなりに存在していた。

 メリアは、牽制のために機関銃を数発撃っては中断することを繰り返し、相手の出方を見ていたが、船体が大きく揺れるので咄嗟に盾を構えた。


 「あら、勘が良いね」


 声と同時に、盾に強い衝撃が加わる。

 機体のセンサーが捉えた反応は、低出力のビーム。

 それが何発も盾に命中していく。


 「今の揺れは、わざとか」

 「そうなる。このソレイユには、フルイドが大量に侵食していてね? 私が合図を出せば、少しばかり揺らすことは造作もない。……体勢が崩れたところを狙ったんだけども」

 「ふん、たかが揺れてる程度でやられるもんかい。これ以上に厄介なことは経験してきたんだ」

 「ふーん? だったら、これはどうかな」


 再び船内は大きく揺れる。

 メリアは盾を構えようとしたが、接近してくるメアリの姿を目にし、バーニアを吹かしてその場から離れると同時に、機関銃を撃ち込む。

 だが、特注の代物であるのか、メアリが着ているパワードスーツは高速で飛来する銃弾を受け止めて弾いてしまう。

 対機甲兵用の機関銃が効かないことを目にしたメリアは、機体の中で舌打ちした。


 「どうなってる。その大きさで、大型の機関銃の弾を受けたら無事では済まないはず」

 「フルイドによる支援のおかげ、とでも言おうか」


 よく見ると、パワードスーツ自体はわずかに損傷しているが、自己修復機能があるのかすぐに損傷は直ってしまう。


 「私が着ているこれは、半分生きている機械。生体装甲と呼ぶべき代物」

 「それはまた、ろくでもない物を作り上げたもんだ」

 「いやいや、そう否定するものではないよ? この生体装甲だけど、三メートル前後の機甲兵よりも小型ながら、同じくらいの性能を発揮できるから」


 そう話すメアリの姿は確かに大きくはない。

 生体装甲を着ているからか、身長は二メートルほどになっているが、これは大柄な人間に近しい大きさ。

 しかも、動きを見る限り機甲兵よりも柔軟性に満ちており、先程の銃弾に耐えた部分と合わせると、非常に汎用性の高い代物であることが理解できる。


 「機甲兵は、宇宙における閉所で真価を発揮する。逆に言えば、それ以外の環境だと満足に性能を発揮できないわけだ。だけどこの生体装甲は違う。ほとんど生身と変わらない感覚で利用できる。当然、宇宙空間にも対応してるよ」

 「はっ、通信販売でもするのかい? それなら一つ購入するよ。その前に、目の前にいる偉そうな誰かさんを仕留めてからだけど」

 「やれるものならやってみせろ。クローンである君を倒したなら、実質的に自分を越えた私という存在は、さらに偉大なものとなる」


 戦いは先程よりも激しくなる。

 メリアが残弾に注意しながら攻撃するのに対し、メアリは次々と使う銃器を変えて攻撃していくからだ。

 事前にいくらか仕込んでいたのだろう。

 地面に落ちているものを利用しようにも、機甲兵の手では、人間が使うような銃器は利用できない。


 「大きいというのは不便だ。こういう時にはね。降りて戦うというなら、待ってあげようか?」

 「あたしを舐めてかかると、後悔するよ」

 「そうは言うけれど、盾はぼろぼろ。機関銃の弾もだいぶ減っている。人間が携行できる銃器でも、機甲兵くらいの大きさの機械を破壊するには十分」


 何度か相手に当てているのに、自己修復機能によって損傷は直っていく。

 対してこちらはどうか?

 機械は自己修復しない。

 積み重なっていくダメージは、少しずつだが確実にメリアの乗る機体を弱体化させる。

 このまま戦えば、最終的に押し負ける可能性が高い。

 ならばどうするか。

 銃弾よりも威力の高い攻撃を当てるしかない。

 メリアは、機体の腰に装備させているナイフを握った。

 瞬間的に高出力のビームを発生させることで相手を傷つける、実体の刃が存在しないナイフである。


 「当てられるとでも?」

 「当てるんだよ」


 まず近くに落ちている銃器を拾うと、ビームナイフによって即座に破壊する。

 それを何度か繰り返すと、メアリは生体装甲の様子を確かめ、銃器の破壊を阻止しようと攻撃を行う。


 「なるほど、そう来るわけか」

 「銃器がなければ、お互い近づくしかない」

 「見逃すとでも?」

 「だったらこうだ」


 武器の回収をしようとするメアリに対し、機関銃が放たれる。

 普通に撃つのではほとんどが回避されるが、相手の目的がわかれば、どこに向かうかを予測して狙いをつけやすい。

 これにより、先程まではあまり当てることができなかったメアリに対し、命中する弾を大きく増やすことに成功。


 「うぐ……」

 「よし。いくら頑丈で勝手に直る機械に身を包もうが、弾が当たった衝撃までは無くせない」

 「甘い。この程度でやられはしない」

 「ぐっ……」


 積み重なったダメージにより、乗っている機体は全体的に動きが鈍くなる。

 お互いに無事ではない状況だが、まだ決着がつくほどではない。

 撃って撃たれてを繰り返し、ついにその時はやって来る。

 ブリッジ内部において、すべての銃器の弾が尽きたのである。


 「ようやく、か」

 「困るくらいにはしぶといね。軍用のだったらそろそろ爆発してもおかしくないんだけども」

 「あたしが乗ってるのは軍用のじゃない。だから長持ちしてるんだろうさ」


 もはや残された武器は、近接用の装備のみ。

 メリアはビームナイフを構え、メアリは実体のある大振りなナイフを手に持った。

 先に当てた方が、ほぼ確実に相手に致命傷を与えることができる。

 オリジナルとクローン、どちらも相手の動きに警戒しながら、じりじりと距離を縮めていく。


 「そうそう、他の星系の戦況がどうなってるか教えてあげようか?」

 「真偽を確かめようがない。動揺させて隙を狙うなら、もっと別のにするんだね」


 近接戦闘では、一瞬の迷いが大きく影響してしまう。

 隙を作り出すために言葉で揺さぶってくるものの、メリアはそれを一蹴した。


 「最後の言葉がそれとか残念だ」

 「ほざいてろ」


 もはや手を伸ばせば相手に届くという至近距離。

 その段階になって、二人はほぼ同時に動いた。

 先手を取るのは、生体装甲に身を包んだメアリ。

 彼女の振るうナイフは、中にいる搭乗者を狙って脇腹となる部分へと突き刺さる。

 そしてそのまま離脱しようとするが、そうはさせじとメリアが片腕を掴み、引き寄せると同時にビームナイフを振るう。

 それにより、肩から斜めに斬りつけることに成功するも、決定的な一撃にはならない。

 残る手を掴み、持ち上げてから地面に叩きつけると、そのまま機体ごと馬乗りになる。


 「ぐ、そうきたか」

 「これで終わりだ!」


 逃げ出せないようにしたあと、メリアは機械の拳を握りしめ、そのまま下にいるメアリの頭部へと振り下ろした。

 一度だけではなく、何度も。

 いかに生体装甲が頑丈とはいえ、完全に防げるものではなく、ひしじゃげた装甲の合間からわずかに血が流れていた。


 「……負け、たよ。この、有り様じゃね」

 「そうかい……なんとか間に合った……」


 もはや虫の息となったメアリを見つめたあと、メリアはよろよろと立ち上がり、膝から崩れるように倒れる。

 よく見ると、機体の脇腹に位置するところから血が出ており、刺さったナイフは機械の装甲を貫通して、中にいるメリアの胴体にまで届いていたのである。

 かろうじて勝利したメリアだが、出血の量が多いのか意識が薄れ始める。


 「ファーナ、勝った。あとは……」


 このままではまずいと考えながら、ファーナに通信をするが、途中で意識を失ってしまう。




 「……ここは」


 目を覚ますと、ベッドの上。

 身体に力は入らないため、頭を動かすと、近くにはファーナが立っていた。


 「おはようございます」

 「どれくらい、意識を失っていた?」

 「一週間ほどになります」

 「あたしが意識を失ってから、何があったか教えてくれ」

 「わたしたちは、皇帝の護衛だったフルイドと睨み合いの状況にありましたが、決着がついたので慌てて確認しに行きました。すると、どちらも倒れているではありませんか」

 「メアリは、オリジナルは死んだかい?」

 「いいえ。生きています。メリア様と同じように」


 その報告を聞いて、メリアは思わず苦笑する。

 殺す気で、機械の拳で何度も殴った。

 それが生きているとなると、生体装甲の性能が凄いのか、あるいは本人の生命力が凄いのか。


 「そしてフルイド側は皇帝を回収し、わたしたちはメリア様を回収して、アルケミアに戻りました」

 「そのあとは?」

 「艦隊戦は終了していたので、まずメリア様を小型船で外に出し、最寄りの反皇帝派の惑星に向かいました。アルケミアに関しては……使えそうな物を見繕ったあと自爆させました」

 「そうか。貴重な船で、頼れる戦力だったけど、そうなるか」


 巨大な船への突入。数度の揺れ。フルイドの部分的な侵食。船内に入り込んだ大量のロボットとの戦闘。

 様々な理由が積み重なった末に、アルケミアという船は使い物にならなくなった。

 さすがにメリアは寂しそうな表情となるが、まだ聞かなくてはいけないことがある。


 「わたしという存在は、残された人型の端末に残るばかり。なので、今までのような無茶はできません」

 「わかった。今後は気をつけよう。それと……内戦はどうなった?」


 個人の戦いは、メリアの勝利に終わった。

 しかし、それ以外はどうなっているのか。

 ファーナは、やや言いにくそうにしながら答える。


 「ええと、あのあとなんですが、反皇帝派によってフルイドに多大な被害が出たこともあって、皇帝は反皇帝派に大きな譲歩することと引き換えに内戦を終わらせました」

 「それは?」

 「一度、皇帝の座からは降りる。その後、皇族や有力な貴族が、新しい皇帝を選ぶことに同意する。とのこと」

 「……そういう形になったか」


 フルイドという存在は、反皇帝派からしても魅力的である。その副産物と呼べる代物についても同様に。

 なら、徹底的な殲滅には至らず、どこかで妥協という選択肢が出てくるのは、そこまでおかしくはない。

 しかし、ファーナが次に話す内容は、メリアにとっては驚くべきものだった。


 「ちなみにですが、あのメアリという人物は、早速次の皇帝として立候補したようです」

 「…………」

 「色々と言いたい気持ちは理解できますが、何か言うのであれば、それを認めた反皇帝派の方々にお願いします」


 皇帝は妥協し、反皇帝派も妥協をした。

 お互い、徹底的に戦うよりは犠牲が少なく済んだが、平民の中には恨みに思う者が出るだろう。あるいは一部の貴族の中にも。

 しかし、帝国というのは階級社会。

 すべてを決めるのは、上にいる者たち。


 「まあいいさ。これで色々と落ち着くなら」


 肉体的に弱っているからか、メリアは軽く息を吐いてからそう答える。

 アルケミアを失ったことや、他にも色々と個人的に思うところがあるものの、誰もが妥協するなら自分もそうする必要があるだろう。

 命を失ってもおかしくはない状況から生還したのだから。


 「少し、眠る」

 「はい。おやすみなさい」


 今後どうするかぼんやりと考えながら、メリアは目を閉じた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

感想や評価をいただけると嬉しいです。次回もお楽しみに。

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