150話 決断の時
お互いに距離があるため、まずは無人戦闘機を二十機ほど送り込む。
これは攻撃よりは偵察の意味合いが強い。
迎撃されながらも、皇帝の乗るソレイユという巨大で真新しい船に接近することに成功した。
皇帝の指揮下には四千隻の艦隊がいるものの、一部の動きがぎこちないため、そこから接近していった形になる。
「シールドの内側に入りました。これから攻撃を……」
ファーナは途中で報告をやめる。
送り込んだ無人戦闘機の反応が、すべて消失してしまったからだ。
「何があった?」
「……記録に残っている分の映像を再生します」
アルケミアのブリッジ内部において、無人戦闘機のカメラが捉えた映像が再生される。
まず、迎撃してくる敵艦隊を突破し、ソレイユという船のシールドの内側に入り込む。
次に、船体に触れるか触れないかといったギリギリを飛び続け、砲台か何かを狙おうとする。
しかし、その時どこからか鋭い刃が現れると、先頭を飛んでいる機体を貫いた。
それらを記録していた後続の機体も破壊されたのか、映像は途中で終了する。
「なんだ……? 迎撃用の兵装にしては、いきなり現れたような」
船体の内部に隠されていたというより、まるで船体そのものが武器となって戦闘機に攻撃を行うように見えた。
未知の攻撃にメリアは険しい表情でいたが、またもやソレイユからの通信が入ってくるため、今度は苛立ち混じりに舌打ちをする。
「ソレイユからですが、どうします?」
「……出してくれ」
送り込んだ戦闘機部隊が全滅した直後という、あまりにもあからさま過ぎるタイミングでの通信であり、無視するという選択肢は存在しない。
「どうだったかな? このソレイユに対して、あんなやり方じゃ、まともな損害を与えられないよ? ネタバレすると、船の全体にフルイドが侵食していてね。部分的に変形することで戦闘機を貫いたわけだ」
「わざわざ通信を送ってくるとか、ずいぶんと余裕がおありのようで」
「むしろ、そちらは余裕がなさそうに思える」
「馬鹿みたいにでかい船、数倍以上の敵艦隊。余裕でいることは難しい」
「でも、逃げ帰らない。何を待ってるのかなー? というか増援以外はあり得ないわけだし、あまりおふざけもよくないか」
先程までの様子がまるで嘘のように真面目な様子となるメアリ。
彼女は、通信画面越しにファーナの方を見た。より正確には少女の姿をしている端末を。
「ファーナ、戻ってきなさい。私という正しい主のところに。お前という異質な人工知能、そしてそれを包むアルケミアという船、そのどちらも私の命令無しには存在しなかった」
「……お断りさせていただきます」
「それはなぜ?」
「わたしはこの人といたいからです」
ファーナはわざとらしくメリアに近づくと、軽く抱きついた。
「それはどのような理由から? 遺伝子の認証を済ませたから、そう思うように思考が誘導されているだけではないのかな?」
「いいえ。設計当初に組み込まれたあらゆる部分は、長い月日の間に壊れています。それはこのアルケミアのデータベースが破損してしまうほどには長い日々」
「へえ……壊れている、ねえ? なら、ファーナは自らの意思でそこにいるメリアのことを選んだということになる」
「その通りです。わたしはこの人を選びました」
ファーナは力強く堂々と言い返すので、メアリは軽い笑みを浮かべて質問をする。
「どういう基準で?」
「大きな後ろ楯のない、健康的な女性であるからです」
話を横で聞いていたメリアは、笑みを浮かべているオリジナルとは対照的に、どこか疲れたような様子となってしまう。
「……初耳なんだが」
「そうですか? まあとにかく、わたしを解体とか調査する余裕のない人。健康的であること。この辺りが重要であるわけです。なにせ、放浪し続けるのにも限界はありますから」
誰もいないところを放浪し続けるだけなら、ある意味安全ではある。
しかし、それではそこから先がない。
情報を得ること、新たな技術を取り入れること、その他にも様々なことを行うには、人間の社会に関わらないといけない。
「やれやれ、まさかそういう思惑があったとはね」
「いけませんか?」
「いや、別に。お互いがお互いを利用し合うくらいでちょうどいい」
「なら、画面越しに見ている皇帝に対して、わたしたちの仲の良さを見せつけるというのも」
「来るな!」
より親密なスキンシップを行おうとするファーナに対し、メリアは即座に距離を取って通信画面の方を見る。
「……とりあえず、そっちには戻らないそうだ」
「残念、ふられてしまった。仕方ないので、戦闘を再開しようか。私とお喋りしている間に、ちゃっかり基地の建設を進めてるみたいだし」
ソフォラによって基地ユニットの建造と連結が進められ、今では長距離攻撃用のレールガンの用意が数基ほど完了していた。
「事前に組んだ予定通りにシステムが動いてるだけだ。そもそも長々と話す方が悪い」
「否定はしない。それじゃ、増援が来る前に決着をつけさせてもらうよ」
通信が切れたあと、長距離から大量のビームが放たれる。
艦隊が高速で移動し続けているため、ほとんどは外れるが、後方の何隻かには当たってしまう。
「被害報告」
「シールドで防いだため船体の損傷はありません」
「反撃はするな。攻撃にエネルギーを費やしただけリアクターに負荷がかかる。シールドを優先しろ」
それは奇妙な光景だった。
宇宙において追いかけっこが始まったのである。
他の船との衝突や事故を避けるため、宇宙船の速度というのは普段は抑えられている。
地上における車と同じように、宇宙にもある程度の交通ルールが存在しているからだが、地上ほど厳密というわけでもない。
だがここは戦場。
他の船との衝突よりも恐ろしい戦闘艦のビームが飛び交っているため、艦隊行動が維持できる限界まで加速している。
「今のところ、相手はこっちに食いついている」
「反撃したいところですが」
「まだだ。数で負けている」
反撃すればわずかとはいえ足は遅くなる。
そうなれば、貴重な戦力を減らすことに繋がりかねない。
そこでメリアは一つ新しい指示を出す。
「基地ユニットを分離させて敵艦隊の中に放り込むことは?」
「向こうから近づいているので、射出したあと破壊されないならいけるとは思います」
「シールドユニットのを、自爆装置付きで」
「ついでに爆弾も仕込みましょう」
作業自体は、ファーナが無人機を操作することですぐに完了する。
そして推進機関を取りつける改造を行った基地を艦隊の後方に移動させたあと、一部分だけを分離する。
推進機関代わりに無人戦闘機が引っ張っていくが、すぐさまビームの嵐によって破壊され、シールドで防いでいる基地ユニットだけがそのまま突っ込んでいく。
これに対しても攻撃が集中するが、半壊状態になりながらも敵艦隊の内部に入り込み、完全に破壊される前に自爆した。
「よし!」
「敵艦隊に乱れが」
威力としてはそれほどでもないが、高速で移動している最中の艦隊に対する嫌がらせにはなった。
爆発の衝撃などで姿勢の崩れた艦船が出てくると、近くの味方にぶつかり、一時的に艦隊の速度が緩められる。
「今のうちに攻撃!」
メリアが指揮下の艦隊に命令を出すと、千隻によるビームが動きの乱れた敵艦隊を襲う。
これにより、数十隻ほどを破壊することに成功する。
「ぼやぼやするな。足を止めずに動き続けろ」
反撃を警戒してか、動きながら撃っていく。
そのせいで命中率は低いものの、さらに損害を与えたところで攻撃は中断される。
とある報告が入ってきたからだ。
「メリア様、ワープゲートに新たな反応が」
「敵味方、どっちなのやら」
ヴィクトル・リウヴィル伯爵の艦隊か。それとも親皇帝派の艦隊か。
少しして通信が入ってくるが、画面には見覚えのある男性が現れる。
「無事なようでなにより。しかもワープゲートから遠く離れたところに誘引してくれているとは」
「早く用意を。今のところ犠牲は出ていないものの限度はあるので」
「うむ」
増援の存在に気づいたのか、今度はソレイユからの通信が入ってくる。
「考えは悪くない。けれど、既に読んでいることだから対策はある。見てごらん」
「なに……?」
その言葉を聞いて、ワープゲートの方を映しているモニターを見ると、何分経っても新たな艦船がやって来ない。
数十隻がぽつんと存在しているだけ。
「種明かしすると、ワープゲートに工作員を待機させてた。直径は百メートルから八百メートルまでと幅広い建造物。宇宙からすればちっぽけだけど、人間にとっては巨大だからね。隠れることは簡単。そもそもワープゲートを狙う者がいないし」
ワープゲートによって他の星系から星系へと移動することが確立されたのは、かなりの昔から。
技術的には古いものであり、どこをどう弄れば機能しなくなるかなどは、既にわかりきっている。
「整備とか以外でワープゲートに手を出すことがどういうことか理解してるのか?」
「もちろん。だから、人の行き来が基本的にないこの星系を選んだ。監獄惑星と呼ばれるタルタロスがあるここをね」
どうして長い間大規模な戦争が起こらないのか?
それはワープゲートにわずかな細工を行うことで、侵攻してきた者を分断することができるから。
ワープゲートを弄ることは非難される行為とはいえ、それは民間人が利用できなくなるのがよくないからであり、民間人が使わないようなところではあまり問題にならない。少しばかり非難の声が出るとはいえ。
「君の頼みの綱である増援は止まってしまった。ついに決着の時はきた、ってところかな」
「……まだ終わっていない」
「星系の外側に逃げることはできても、そのあとはどうする? 降伏するなら助けてあげてもいい」
話している間に、皇帝を守るはずの艦隊は三千隻ほどが別行動を取り、リウヴィル伯爵へと向かっていった。
「わざわざ数を減らしてくれるとはね」
「このソレイユ自体が巨大な基地のようなもの。撃ち合いで負けることはない」
「そうかい」
メリアは通信を無理矢理に切断する。
そしてブリッジの椅子に座ったまま顔を手で覆う。
「……残された手段はほとんどない。危険な方法でしか勝利は難しい」
「ならそれを選ぶだけです。ちなみにどのような方法ですか?」
「敵艦に入り込んでの白兵戦。増援を頼れないとあっては、中に入って頭を取りに行くしかない」
「たくさん犠牲が出ますね。ほとんどは借り物の戦力ですけど」
「……あたしの乗る機械はあるか? 機甲兵もどきでいい」
「あります」
「ルニウに通信を」
「はい」
船内の通信によってルニウと話をするのだが、敵の旗艦に突入するという話を聞いてもルニウは普段通りでいた。
「わかりました。なんとか死なないよう頑張ります」
「軽い言葉だね」
「私が死んだら悲しいですか?」
「それなりには」
「ま、生きている方が一緒にいられるので、死ぬつもりはないのでご安心を」
実験部隊の者たちにも通信を入れたあと、いよいよ突入となる。
指揮下の艦隊には、相手の艦隊を牽制させ、アルケミアごとソレイユに突っ込む形となる。
「ファーナ、一部の端末は小型船と共に遠いところへ避難を」
「わたしの本体が、破壊か侵食される可能性がありますからね。そうなる前に自爆するとなると、わたし自身を入れておける容器として、この人型の端末以外は良いのがありません」
ファーナは人工知能であり、本体となる機械は船内の奥深くに存在している。
予備として人型の端末があるが、今回の攻撃に大部分を使いながらも一部は避難させておくことで、ファーナという存在の消失を防ぐことができる。
「……全艦に通達。これより敵旗艦に白兵戦を仕掛けるため、突撃の用意を」
メリアは艦隊全体に対する指示を出したあと、アルケミアの格納庫に移動した。
そこには準備万端といった様子の実験部隊の者たちが揃っており、内部に突入したあとは、彼ら以外に頼れる戦力はない。
自分のために用意された人型の作業用機械に乗り込むと、軽く息を吐いた。
「操作は……問題ないか」
宇宙では激しいビームの応酬が行われていた。
敵旗艦に乗り込むということで、一気に接近していくと、距離が縮まって真正面からの撃ち合いになったからか、敵味方双方で大きな犠牲を出していく。
だが、建造途中の基地を盾にすることで、基地がほぼ全壊という有り様になるのと引き換えに、アルケミアはソレイユへ接近することに成功する。
あとは格納庫となっている部分に突っ込むと、巨大な船に巨大な船が突き刺さるという構図が完成した。




