149話 皇帝と海賊
惑星タルタロスの軌道上。
そこには巨大な船が存在していた。
全長が五キロメートルに達しようかというほどの巨大さであり、推進機関は存在しているものの、船というよりは移動できる基地と言った方が正しく思えるほど。
「ようやく出来上がりつつある。これで私の勝利は確実となった」
多数の作業用機械によって、建造途中であったその船はいよいよ完成しようとしていた。
軌道上にある宇宙港の中から、メアリはその光景を眺めていた。
その船は、皇帝となった彼女の鶴の一声によって、極秘に建造が始まったのである。
作業員は、タルタロスにいる囚人の中から志願者を集め、資材に関しては親皇帝派の貴族から提供してもらう。
そして最も重要なことに、建造の大部分においてフルイドの力を借りていた。
そのため、普通よりもかなり早期に完成した。
「まるで、おもちゃを前にした子どものようだ」
「おや、そういう言い回しをしてくるとはね。フルイドも人類のことを少しずつ知ってきたわけだ。とても嬉しく思うよ」
皇帝ともなれば、護衛は常にいる。
今はフルイドとの協力関係を結んでいるため、人型の機械に侵食したフルイドが護衛として近くに立っているが、そのうちの一体が軽く頭を振りながら言う。
これに対し、メアリは笑みを浮かべて返すと、完成しようとしている巨大な船の方へと向き直る。
「このソレイユという船は、人類とフルイドの融和を示す代物であり、私があらゆる戦いに勝利するための武器でもある」
「この船の建造に集中していたせいで、首都星は取り返され、反皇帝派は勢いを増した。……勝てるのか不安になってくるのだが」
「勝てる。まだいくつかの手札は残っているから。完成したソレイユに、他にも色々とね」
まったく自分の勝利を疑わないメアリであるが、フルイド側としては無条件に信じることができないのか、やや首をかしげてみせる。
「いくらか前、反皇帝派に潜入させていた間者が次々と消された」
「あれは痛い出来事だった。いつ、何を仕掛けてくるか予想しにくくなったから」
「その一週間後には、大規模な戦力の移動があった。それにより、皇帝に味方する海賊は大きく数を減らした」
「大攻勢の下準備といったところだろうね。数日後か、数週間後か」
会話の途中、メアリの持っている端末に通信が入る。
「皇帝陛下、一つ報告が」
「うん? 何かあった?」
「こちらの映像をご覧ください」
音声から映像に切り替わると、端末の画面上には宇宙空間が映し出される。
より正確には、ワープゲートを長距離から撮影したものであるが、その映像の中には大型船と見慣れない建造物が存在しているのを確認できた。
「ワープゲートの近くにおいて、怪しげな艦船を発見しました。何か建築しているようですがどう対処……」
途中で声は途切れる。
現在進行形で、ワープゲートから戦闘艦が次々とやって来たからだ。
まさかの襲撃という事態であるが、メアリは笑みを深めると、通信相手に対して言う。
「襲撃者には私の方で対処するよ。ソレイユの試運転も兼ねてね」
「えっ、ですが、それはさすがに……。うっ!? 大変です! 全域において反皇帝派が侵攻を開始したとの知らせが!」
「ふんふん、少しずつ監視の届かない宙域に送り込んでいた艦船をここで使うわけだ。つまり本気ということ。私はここに来た襲撃者と戦うから、他の星系への支援はできない。フルイドと共に上手くやるように伝えて」
「は、はい」
通信が切れたあと、メアリは軽く身体をほぐしながら宇宙港を歩く。まるで散歩をするような気軽さで。
目指す先は、新しく作られたソレイユという船。
人類とフルイドが協力して一から建造した代物であるため性能は未知数。
しかし、その巨大さだけでかなりの脅威なのは言うまでもない。
「……なんだあれは」
「未知の巨大船です」
「あんなのが存在するとか、非常にまずいのでは」
惑星タルタロスの軌道上にいるだろう皇帝メアリを倒すため、ワープゲートをいくつか越えてやって来たメリアの視界には、巨大な白亜の船が存在していた。
今乗っているアルケミアは、全長が一キロメートルの大型船であるのだが、相手はその何倍も大きい。
船体を覆うシールドの耐久力、搭載されている砲台の火力、そして内部に格納している機動兵器の類い。
そのどれを比べても、勝ち目は薄いと言わざるを得ない。
そもそも、護衛の艦隊として向こうには四千隻もの艦船が存在しているので、無闇に攻めれば返り討ちにあうだけ。
「まあいいさ。こっちは注意を集めて耐えるだけ。主力となるヴィクトルの艦隊が来ればどうにでもなる。ファーナ」
「はい」
「基地建設システムであるソフォラは、シールド関係の優先度を高めで、一部に長距離攻撃できるユニットを」
「移動はどうします? 一応、推進機関を取りつける改造はしていますが」
「無人の戦闘機をいくつかブースター代わりに」
「わかりました」
相手が近づいて攻撃してくるまで、まだいくらかの時間はある。
その間にソフォラを稼働させ、資材を投入して各種基地ユニットを作成し、連結していく。
並行する形でメリアが率いる艦隊も続々と到着し、戦闘が始まる前に用意は整った。
「こちらルニウ。今は格納庫で発進の準備中。実験部隊の面々も、機甲兵などに搭乗して準備ばっちりです」
「よし、まずは移動だ。ワープゲートのない部分へ向かう」
広大な宇宙の中に存在するいくつもの星系。
三次元的な空間の中に存在していながらも、恒星や惑星の配置は実に平面的なもの。
そのため、ワープゲートも平面的な配置となっている。
メリアが目指すのは、ワープゲートがなく、惑星なども存在しない漆黒の宇宙空間。
例えるなら、水面よりも大きく上か下に移動する形。
アルケミアを筆頭に千隻の艦隊が動いたことで帝国軍も動いていくが、その時、通信が入ってくる。
「メリア様、映像通信です。送ってきたのは、ソレイユという船からのようです」
「……出してくれ」
画面上に現れるのは、自分そっくりの姿をした美しい女性。
厳密に言うなら、クローンである自分の方が相手にそっくりと言うべきところだが、メリアとしては目の前に出てきた顔に握った拳を叩き込んでやりたい気持ちでいっぱいだった。
「やあやあ、元気にしているようでなによりだよ」
「…………」
「通信に出たなら、無言じゃなくて何か話してほしいなあ」
「とぼけた態度だけどね、今どういう状況かわかっているのか」
「もちろん。帝国を二分する内戦の真っ最中。今は反皇帝派が全面的な攻勢に出ているところだよ。メリア、君は私の命を狙いに来たんだろう?」
「目の前にいる皇帝陛下には、ぜひとも亡くなっていただきたいものだけどね」
「そのお願いは聞けない。私を殺したいなら、君の手で成し遂げるしかないのだから」
メアリは皇帝としてではなく、個人として話すつもりなのか、だいぶ足を崩した座り方になると、両腕を広げた。
「さあ、私という悪党を倒してみせろ。君という悪党なら、それは不可能じゃない」
「……お互いに悪党ではあるか」
一人は皇帝、一人は海賊。
オリジナルとクローン。
同じ姿をしていながらも、違いはあらゆるところに存在する。
どこか演技をすることを楽しんでいる皇帝を睨むメリアだったが、少しだけ苦笑すると、頭を振った。
「決着をつけよう。そうすれば、新しい人生を始めることができる」
「ああ、そうだ。それでいい。自分の生き写しからの敵意。これは普通では味わえないから」
これで通信は終わるが、このまま突撃したりはしない。
相手は未知に溢れた船。
まずは調べることが優先される。
メリアは一度目を閉じると、深呼吸する。
そして一つの命令を出した。
小手調べとして、まずは無人機による攻撃を行うことを。




