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148話 短期決戦への方針転換

 反皇帝派の中で最も有力な貴族である、イネス・ジリー公爵。

 二十代後半という若さながらも、実力をもって公爵家の当主となった彼女は、険しい表情で目の前に集まっている貴族たちを見回す。

 辺りは今までとは違ってすっかり重苦しい雰囲気に満ちている。

 何度も見慣れた顔の中に、一つだけ見慣れない顔が存在していた。

 それは茶色い髪と茶色い目をした美しい女性であり、この場に集まっている貴族たちが暗い表情を浮かべることになる原因でもあった。


 「メリア・モンターニュ伯爵。あなたの言葉を信用すべきかどうか、私は悩んでいます」

 「まあそうなるのは当然でしょう。確たる証拠はなく、あくまでも予測でしかありませんから」

 「あなたの予測の通りに物事が動いたとする。それは我々の敗北を意味することを理解していますか?」

 「ええ、もちろんです」


 若く美しい伯爵は、これ以上なく理解している様子で頷いた。

 それを見たイネスは、軽いため息のあと言葉を続ける。


 「犠牲がありながらも首都星を取り戻しました。その際、フルイドの捕獲にも成功したわけです。……失った戦力の回復、フルイドへ対抗するための研究、正統性を訴えて味方を増やすこと、どれもこれも時間が必要であり、性急な行動は相手を利するだけ」

 「時間は相手にとっても味方します」

 「そうですとも!」


 二人が話しているその時、立ち上がって大きな声を出す者がいた。

 それは首都星を巡る戦いで艦隊を指揮していたヴィクトル・リウヴィル伯爵。

 彼はやや固い表情のままイネスの近くにまで向かうと、軽く頭を下げる。


 「ジリー公爵閣下。失礼を承知の上で申し上げたい。研究段階でしかなかったバリア弾が実用化されているため、時間が経てば経つほど、さらなる新兵器が投入されます。それは、フルイドという未知の存在と合わさった時、予想できない効果を生み出し、我々を苦しめるかと」

 「……今すぐ決戦を行うつもりでいるのですか? 他の星系に艦隊を移動させるだけでも大変だというのに」


 ワープゲートしか星系間を移動する手段がないとはいえ、それでも艦隊戦を行うことはできる。

 まず、少数の艦船を送り込み、星系の外側となる宙域に少しずつ集まらせる。気づかれないようデブリなどに偽装した上で。

 そしていざ行動を起こすという時、ひとかたまりの艦隊となって目的となる場所へ進む形だ。

 そのため、実際に戦うまでには何日か、あるいは何週間もの時間をかける必要がある。


 「一つ、考えがあります。モンターニュ伯爵にも協力してもらう必要がありますが」

 「……リウヴィル伯爵。ここに集まっている者の中で、実戦の経験はあなたが一番豊富です。そのあなたが口にする内容次第では、私もそれに同意するかもしれません」


 首都星という政治的に重要な場所を奪還した実績が、リウヴィル伯爵にはある。無論、彼一人の手柄ではなく、他にも多くの者が関わっているとはいえ。

 そんな人物がわざわざ口にすることならば、耳を傾ける価値があるし、周囲も納得しやすい。

 納得というのが重要であることは、公爵として人を動かしてきたイネスが自然と学んできたである。


 「短期決戦を目指す形になりますが、メアリ皇帝を強襲する方法を」

 「ふむ、それはどのような方法で?」

 「今現在、メアリ皇帝は惑星タルタロスを拠点とし、周囲の星系にはたまに出かけている状態です。そしてここが重要なのですが、まず隣接している星系を含めた全域で攻撃を仕掛けます。それによって敵戦力を誘引し、本命となるメアリ皇帝の守りを薄くするわけです」

 「我々は数で上回っている。確かに効果はあるでしょう。しかし……本命を担当をするのは誰が?」

 「それについては、私、ヴィクトル・リウヴィルにお任せを。それと、モンターニュ伯爵にも同行してもらいたいと考えています。……急な話ですが、お願いしてもよろしいか」


 外国の介入という問題をどうにかするためには、これよりマシな方法はない。

 メリアは仕方なくといった様子ながらも、メアリに対する襲撃に加わることを決断する。


 「加わります。あまり多くの戦力はありませんが」

 「そしてここからが重要なのですが、まずモンターニュ伯爵に先行してもらいます。以前提供した基地建設システムと共に」

 「……簡易基地によって相手の注意を集めて戦っている間に、反対側のワープゲートからリウヴィル伯爵の艦隊が侵入する、と」


 要は囮であり、それを提案した伯爵に対してメリアはわずかに冷たい視線を向ける。


 「申し訳ない。気分を害されるとわかっていても、あなたでないといけない」

 「まあ、私とあの人は姿が似ていますから。積極的に食いつくでしょう」

 「それと、長期戦をするならジリー公爵の計画が最も手堅く確実なため、短期決戦となると、このような方策しかない」


 研究段階であった技術の実用化と投入、外国の介入の懸念、様々なものが混ざりあった結果、ジリー公爵が認める形で短期決戦の方針が取られ、周囲の貴族たちもそれを支持した。

 誰も彼もが大急ぎで行動していく中、メリアはイネスに呼ばれて別室に。


 「なんでしょうか?」


 護衛もいない二人きり。

 わざわざそうするのはなぜなのか。

 メリアが疑問の声を出すと、イネスは何度か表情を変えたあと、口を開く。


 「モンターニュ伯爵。あなたは何者であるのか。それを話してもらえますか?」

 「何者、と言われましても」

 「前皇帝と今の皇帝のどちらとも関係がある人物。しかも片方とそっくりな姿をしている」

 「奇妙な巡り合わせが、今に至るまでの道を作っただけです。姿については、帝国人は数百億もいるので他人の空似であるかと」


 なぜ今になって疑いをかけてきたのか。

 内心疑問に思いながらも誤魔化すメリアだったが、イネスは十秒近く見つめたあと、軽く息を吐いてから小さな端末を取り出した。


 「とあるところから、驚くべき情報が届けられました。それは、あなたがクローンであること」


 誰の、とは言わない。

 答えは端末の画面上に記されていた。メアリ・ファリアス・セレスティアと。


 「……いつ届きましたか?」

 「数時間前ですね。おそらく、我々の内部に潜んでいるメアリ側の間者か何かが、わざわざ教えてくれました」

 「それを知ってどうします?」


 メリアはわずかに警戒を強める。

 いざとなれば、目の前にいる女性を人質にすることも選択肢に入れた上で、少しずつ距離を縮めていく。


 「何も。何かするつもりであれば、先程の場でしていました。そもそも作戦の参加も認めません」

 「……なら、なぜここに呼び出しを?」

 「なんとなく、でしょうね。この情報を握り潰したままでよかったのに、こうして話をしているのは」


 イネスは端末をしまうと、近くの調度品に手を触れる。


 「自分が他人のクローンであることを知った時、どう思いました?」

 「…………」

 「貴族としての暮らし、しかしそれは途中で消えた。色々あって伯爵となったようですが、その間の日々にこそ、あなたの本質が作られているわけで」

 「……くだらないお喋りはやめましょう」


 幼い頃から海賊として過ごしてきた。

 その日々はどこまでも血に染まって汚れている。

 それに同年代の少年少女と一緒にいられなかったことも合わさり、メリアにとってはあまり触れられたくない部分であった。


 「そうですね。モンターニュ伯爵。あなたの過去がなんであれ、今はこちらの味方でオリジナルと戦うつもりであるのですから」

 「立ち去る前に一つ。海賊には注意を。メアリ側に与する者はそれなりにいるはず」

 「ご忠告ありがとう。リウヴィル伯爵とあなたによる、メアリへの攻撃が成功することを願っています。もし失敗すれば、我々は和平に大きく傾くでしょう。外国が直接介入してきたなら、嫌でもメアリと協力することになる」

 「あら、これはまた責任重大なようで」


 部屋を出る時、軽くふざけてみせるメリアだったが、扉が閉まったあと緊張から手を強く握る。

 近いうちに、どうあっても決着はつく。

 それが勝利か敗北かはわからないものの。

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