147話 教授の考え
犯罪組織というのは幅広い種類があるが、基本的にどこも末端の者には情報を制限している。
そうしないと、芋づる式に逮捕者が出る可能性があるからだ。
オラージュという組織も例外ではなかったが、そこのトップである教授とメリアが知り合いであるため、あまり手間取ることなく会合の場所が伝えられる。
指定された先は宇宙港の中。
関係者以外は立ち入り禁止と書かれた扉の奥にある広い一室。
メリアがファーナとルニウを連れてそこに向かうと、見覚えの姿が既に存在していた。
「やあ、久しぶりだね。こんな形で会うととは思わなかった」
「ふん、それはこっちのセリフだよ」
椅子にはメガネをかけた初老の男性である教授が座っており、そのすぐそばには彼が信頼しているサイボーグ犬たるルシアンが、警戒しながら侵入者を見ていた。
「さて、立ち話もあれだ。君たちも椅子に座るといい」
テーブルを囲むように椅子が存在し、それに全員が座ったあと、教授は軽く頷いた。
「メリア・モンターニュ君。私がどうして帝国に入り込んで活動しているのか、知りたいのだろう?」
「無駄な前置きは省いてくれると助かるけどね」
「なら、無駄じゃない前置きから行こうか。君たちと休戦したあと、私はオラージュという組織を立て直すことにした。それ以外の選択肢がなくなっているのも理由だが」
「まあ、そうなるだろうさ」
教授が組織のトップでいることを良く思わない者たちが反旗を翻し、ブラッドという薬物の影響もあって目的を果たせぬまま死んでいった。
人数はかなりのものであるため、オラージュという組織は嫌でもその規模を縮小するしかないわけだ。
「そのあとはひっそりと隠れながら、組織の中身を見直していき、ほんの少しずつ規模を拡大していった。目標としては、数年ほどかけてゆっくりと進めるつもりだった」
「だった?」
「数ヶ月もしないうちに、とんでもない出来事が帝国で発生した。メアリ・ファリアス・セレスティアという人物の復活、人類以外の知的生命体の存在の証明、そして内戦の発生。どれも君が既に知っていることだ」
教授が口にするとんでもない出来事の中身に対し、メリアは渋い表情を浮かべる。
「確かに、とんでもないことばかりではある。で、それを知ったから帝国を荒らすことを決めたのか?」
「いやいや、それはきっかけではあるがね。まず帝国で内戦が発生したあと、星間連合はとある政策を実行に移した。驚くなかれ、国内にいる犯罪組織に対して支援してくれたのだよ。宇宙船や兵器の供給、あるいは他の組織との交渉の場を整えてくれたりも。何重にも偽装してあるから、政府が関わっていることに気づけるのは私以外に数人程度だろう」
「はっ、そういうことかい」
星間連合は、国内にいる犯罪組織をどうにかしたいと考えているが、オラージュのように独自に戦力を保有しているところもあるため、正面から討伐するのは色々な意味で大変。
そこで帝国の内戦を利用することにした。
平和な時期でも治安が不安定な星間連合とはいえ、内戦が起きている帝国に比べれば安全な部類であり、犯罪組織からしても仕事をしやすいところへ向かいたいという気持ちがある。
あとはその後押しをするだけ。
多少、国のお金を使ってでも犯罪組織を帝国に送り込むことで、帝国の混乱を長引かせ、それでいて自国の治安の改善もできる。
被害を受ける帝国の民衆のことを考えないなら、星間連合にとっては良いことずくめな政策。
「オラージュ以外にはどの程度来ている?」
半ば吐き捨てるような言い方となるメリアだったが、これは予想していたことの答え合わせが済んだせいで苛立っているのが大きい。
「機嫌が悪そうだ」
「悪くもなる」
「ふむ? 君も私のような悪党だというのに。とっくに悪党として汚れているのに、綺麗になろうとしても、なれるものではないよ」
「それよりもこちらの質問に答えてほしいが」
「詳しいことはわからない。ただ、かなり来ているとだけ」
教授は軽く肩をすくめてみせると、現時点で自分が把握していることを語っていく。
やって来た犯罪組織のほとんどは、ろくな活動もできずに消えていった。驚くことに、帝国内部にいる海賊からの襲撃を受けて。
「これにはさすがの私も驚いた。同業者同士で争うことは、まあそれなりにある。だが、帝国内部にいる一部の海賊は、何か明確な目的を持って動いているように思えるわけだ」
「……なるほど。星間連合の目論見はある程度達成された、と」
話を聞いていたメリアは、どこか険しい表情を維持したまま呟く。
いくらか前にルガーという海賊から聞き出したことを頭の中で思い返していたからだ。
誰もが注目する帝国の行く末。これの鍵を握るのは、大勢の貴族たち。しかし大事な者たちが忘れられている。
それは海賊、より正確には海賊に落ちぶれた元貴族。
「メリア・モンターニュ君。私は帝国の内戦に深入りするつもりはないから安心するといい。星間連合からの支援を貰い続けられるように、国境付近を少しばかり荒らしたりはするがね」
「……深入りして、消えてくれてもいいんだけどね」
「おっと、ひどいことを言うものだ」
教授は苦笑すると、サイボーグ犬たるルシアンを軽く撫でる。
その部分だけを見れば、犯罪組織のトップではなくただの一般人にしか思えない。
「とりあえず、君の聞きたいことはこれで全部かな?」
「……どうせなら、ついでに一つ聞きたいことがある」
「なにかな?」
「帝国の内戦は、どちらが勝つと思う?」
「おやおや、これはずいぶんと面白い質問が来た。うーむ、どう答えたものか」
メリアからの質問に笑みを浮かべたあと、数秒ほど目を閉じて考え込む。
そしてやや真面目な表情になると、内戦の勝利者について語っていく。
「状況だけを見るなら、首都星を取り戻した反皇帝派が勝利するように思える。しかし、私個人の考えとしては、親皇帝派、もっと言うとメアリ皇帝が勝利するように思える」
「そう思う理由は?」
「それはもちろん、フルイドという知的生命体の存在。機械に侵食して無力化できるというのは、とても厄介で恐ろしい。……そしてもう一つ、メアリ皇帝が大昔に生きていた人物であること」
「それはどういう……」
「これ以上は自分で考えるべきだとも。お互い、一度は敵対した身なのだから、懇切丁寧に教える義理はない。無論、君が私と仲良くしたいのなら話が別だが」
「それは、嫌だね」
「ははは、そう言うと思った。それじゃ、私はこれで失礼させてもらうよ」
教授は立ち上がると部屋から出ていく。
今までずっとおとなしくしていたルシアンは、一度振り返ったあと、飼い主を追いかけていった。
残される二人と一体だが、最初に口を開いたのはルニウだった。
「私、わかっちゃいました!」
「なんだなんだいきなり」
「ほら、勝利する理由に、メアリ皇帝が大昔に生きていた人物であること、とか言ってたじゃないですか。つまり、帝国が一つだった時代を生きていたということが重要なはず」
「……共和国が分離独立する前を知っている者が、皇帝となっている。それはつまり、共和国からしたら恐ろしい相手になるわけだね」
今を生きている者なら、今更になって帝国と共和国を一つにしようとする考えは思い浮かばない。もし内心思う者がいたとしても、口には出さない。
星系間の移動にはワープゲートを使うしかなく、大軍を一気に投入するなんてことは不可能であり、そもそも現実的ではないからだ。
長期戦を行う覚悟があるなら話は別だが、そのための態勢を整えるのは並大抵のことではない、
「うん? 二人とも待ってください。話の流れからすると、むしろ共和国はメアリを倒す方ではないのですか?」
ファーナが首をかしげると、メリアは少し考え込んでから盛大な舌打ちをした。
「くそっ、今理解した。反皇帝派が圧倒的な勝利を得ない限り、帝国の“内戦”はメアリが勝つ。このあと起きるだろう戦いで痛み分けとかの結果じゃ駄目だ」
「なぜならば、外国が介入してくるから。ですよね? メリアさん」
ルニウの言葉にメリアは頷く。
「反皇帝派が駄目そうだとわかったら、共和国はなんらかの行動に出るだろう。もしかすると、星間連合も巻き込むかもしれない」
「メリア様、それは非常にまずいのでは?」
「まずいどころじゃない。……あたしのオリジナルは、まだいくつかの手札を残している。それを使ってきたら、反皇帝派は圧倒的な勝利を得ることはできない。痛み分けどころか、敗北する可能性だってある」
各地にいるだろう支持者、そして元貴族の海賊。これらを使えば、反皇帝派を揺さぶって自分たちの有利な戦場に誘導することは容易い。
その後、外国が介入する事態になれば、内戦どころではなく、反皇帝派も渋々メアリを受け入れて介入してきた国との戦いに身を投じるだろう。
「……あとは、介入してきた外国相手に勝利すればいい。首都星を襲撃した時のように、フルイドを利用した謎の新兵器を投入してゲリラ戦を続ければ、やがて相手は撤退して帝国は勝利する」
「どうします?」
「急いで伝えるために戻る。どれだけの意味があるかはわからないが」
反皇帝派に伝えるため、メリアたちは大急ぎで戻ることに。
そのことが決まった際、両親と会わずに済んだルニウはどこかほっとした様子でいた。




