143話 戦闘の前に
首都星セレスティアの周辺宙域には、複数の艦隊が集まっていた。
片方は首都星を防衛する艦隊。
フルイドの奇襲から始まり、メアリに与することを選んだ皇族たちが指揮している。
規模としては七千隻ほど。
艦艇の増産が行われたものの、一つの惑星ではどうしても限界があるため、この規模に収まっている。
「さすがに多いね」
もう片方は、反皇帝派による大規模な艦隊。
前皇帝の重臣たちが中心となっており、帝国内部における最大勢力なこともあって、かなりの数を揃えてきている。
規模としては二万隻ほど。
そしてこれとは別に、メリアが率いる三百隻の艦隊もあるが、これは以前提供されたソフォラという基地建設システムのテストを兼ねているため、艦隊決戦を行えるような戦力ではない。
「メリア様、通信が来ています」
「こっちに出してくれ」
アルケミアのブリッジには、いくつものモニターがある。
外を映し出す大きなものから、様々なデータを表示させてある小型のもの。
メリアが座っているところには、可動式のモニターが存在しており、それは正面に向かい合うよう動いていくと、他の艦船からの映像通信が表示される。
「メリア・モンターニュ伯爵。よくぞ来てくれた! 私はヴィクトル・リウヴィル伯爵。ここに集まった艦隊を率いることになった者だ」
「わずかな戦力であるため、基地の建設による支援しかできませんが、できる限りの努力はします」
「なに、あなたはワープゲートの一つを押さえてくれればいい。ただ、長距離攻撃できるのを優先的に建造してもらい、それによって注意を分散させてもらえると助かる」
リウヴィル伯爵は、宇宙服の上からでもわかるほど筋肉質な肉体を持つ若い男性であり、見ている側からすると暑苦しく思えるほど。
思っていても口には出さないメリアだったが、リウヴィル伯爵は鬱陶しさを感じるほどの笑みを浮かべた。
「ふっ、言わずともいい。わかっているとも。この鍛えられた肉体が、艦隊戦の指揮にどの程度影響するのか気になるのだろう?」
「……いえ、別にそんなことは」
何か勘違いしているようで、メリアがそれとなく否定しても、画面の向こうにいる伯爵は腕を曲げたりして自らの筋肉を確認しつつ会話を続けようとする。
「まず第一に、長期間の指揮には体力が必要だ。戦場における緊張というのは、意外と肉体を蝕む」
「それについては理解できます」
海賊として過ごしていた経験から、メリアは頷く。
一人で集団を相手にする機会は何度もあり、一度倒してもその後の報復に警戒しなくてはいけない。
艦隊の指揮とは違う緊張ながらも、一つの戦場には違いない。
「第二に、弱そうな見た目よりは強そうな見た目の方が、兵士たちは不安になりにくい」
「はぁ……そうですか」
「冷たい反応だ。これはふざけて言っているのではないぞ? 見知った者よりも見知らぬ者の方が多いのだから、見た目というのは重要だ。この銀河、宇宙において、大規模な戦いは長らく起こっていなかった。戦いがあったとしても小規模なもの」
帝国が経験した一番大きな戦いは、共和国の独立戦争であるが、それですら数百年も昔の出来事。
小競り合い程度の戦闘を経験している者はいても、数千隻もの艦隊がぶつかり合うほどの規模となるとまったくいない。
シミュレーターによる訓練はできるが、どうしても実戦とは違うため、帝国の内戦は経験不足な者同士がぶつかる状況となっている。
「帝国貴族というのは、誰しも見目麗しい者ばかり。それはその方が統治に都合が良いから。君も貴族であるから、子どもの頃に学んだだろう?」
「ええ、そうですね。当時はよくわかりませんでしたが、大人になって実感するようになりました」
同じ能力を持つ人間が複数いれば、その中でより見た目が優れている者が選ばれる。
その繰り返しによって貴族は見目麗しい者ばかりとなっているが、それは意図的なもの。
「悲しいかな。醜い者より美しい者の方が、様々な場面において有利となる。成功は喧伝されやすくなり、失敗は庇われやすくなる。……もし、貴族が美しい者ばかりでなかったら、帝国はとっくの昔に崩壊していてもおかしくはないとも」
統治する側にいる貴族が、美しい者ばかりであるからこそ、帝国は今に至るまで存続してきた。
無論、能力的にも優秀な者を選んでいることが大前提であるとはいえ。
「結局のところ、艦隊を率いる私のことを、多くの者は詳しく知らない。なので見た目が及ぼす影響は大きい」
リウヴィル伯爵は、自らの筋肉を確認するような動きをしながら話していたが、途中で少しだけ悲しそうな表情を浮かべる。
「皇族の方々と戦うことになるのは残念だ。もしかすると命を奪ってしまうかもしれない」
「しかし、内戦の勝利のためには避けて通れない」
「ああ。ここだけの話だが、皇族の方々と戦うことを渋る者ばかりでな。そこで私が艦隊を率いて戦うことになった」
反皇帝派は、正確には反メアリ派と言っていい。
前皇帝の重臣たちが中心となっているため、皇族に対して敵対することに複雑な思いを抱いているわけだ。
ヴィクトル・リウヴィル伯爵は、皇族相手でも戦うことができることを見込まれて選ばれたと口にするが、メリアとしてはそのことに不安が浮かんでくる。
「……勝てますか?」
「君は失礼なことを言う。だが、今は必要な言葉だ。もし、通常の戦力だけなら勝てるだろうが、向こうには異質な戦力がある」
「フルイド、ですか」
「惑星タルタロス周辺での戦闘を見た。圧倒的少数であるにもかかわらず、勝利してみせた。それは恐ろしいことだ」
「あの時とは違って、フルイドの戦力は少なく、我々はいくらかの情報も持っています」
機械に侵食できるという、フルイドが持つ種族としての特性。
それは艦船が入り乱れる状況になれば、最大限に効果を発揮する。
対抗策としては、近寄らせずに長距離から一方的に攻撃すること。
「果たして上手くいくだろうか? 二万隻の戦力があるとはいえ、七千隻が一直線に進んできたなら混戦状態となる。それは致命的な状況に繋がるだろう」
「後退しながら射撃するというのは? 二万隻もあるので、一万ずつに分かれて、攻撃と移動をしていけばフルイドと接触せずに済みます」
「それは考えた。だが、相手の方をよく見るといい」
そう言われたメリアは、ブリッジ内部にある別のモニターに目を向ける。
かなり遠くに艦隊と首都星が映し出され、今はズームされて表示されている。
そこには艦船以外に、惑星の軌道上に防衛衛星が多数存在しているのを確認することができた。
「かなりの数の防衛衛星がありますね」
「ここを取ったあと、急いで作っていたようで、計算したところ千以上の数がある。あれの厄介なところは、完全に無人なので様々な運用ができるという部分」
「艦隊の突入と同時に突っ込ませたなら、こちらに手痛い被害を与えてきそうですね」
「今のところ、向こうの艦隊は防衛衛星から離れようとしていない。こちらから近づいて仕掛けるしかない」
「もっと味方が増えてから仕掛けるというのは?」
「他の戦場に影響が出てくる。小競り合いは各地で発生しており、この二万隻がすぐ動かせる戦力ということになる」
これ以上の話し合いで時間を減らすわけにはいかないということで、通信はこれで終わる。
メリアは背もたれに背中を預けると、少しばかり天井を眺めた。
「ファーナ、ルニウ」
「はい」
「なんですか?」
「いざという時、リウヴィル伯爵のところに増援を送る用意を。無人機と、それを運ぶ小型船だ」
「フルイド対策に自爆できるのを揃えます」
「運び屋みたいな感じですか。頑張ります」
それから数十分後、ソフォラが広範囲に影響するシールドシステムを建造したと同時に、二つの艦隊による戦闘が始まった。




