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141話 反皇帝派の者たち

 皇帝の座を奪い取ったメアリ・ファリアス・セレスティア。

 あくまでも前皇帝に忠義を捧げる者たちにとって、彼女の存在は許しておけるものではなかった。

 メアリが皇帝となったあと、彼女に反感を覚える前皇帝の重臣たちによって正統セレスティアが組織される。

 その勢力は帝国内において最大であるものの、内部では非常に重大な問題が起きていた。

 それは、どの皇族を担ぎ上げるべきかというもの。


 「お集まりの皆様。何度目になるかわからない話し合いですが、貴族として相応しい振る舞いをお願いします」


 とある惑星の豪勢な屋敷。

 実用性よりも、持ち主の趣味が前面に出ている大きな建物の中では、数十人もの貴族の男女が集まっていた。

 全員、帝国における有力な貴族であり、程度の差はあれども前皇帝との関わりがそれなりに深い者たちである。


 「はてさて、話し合うよりも手っ取り早い方法があると思いますが。イネス・ジリー公爵、我らが代表たるあなたが名乗り出ればよろしい」

 「何を言うかと思えば……そのようなことはできません」


 最初に口を開くのは、だいぶ高齢な男性。加齢によるものか、髪の毛は真っ白であり、身体中に深いシワが刻まれている。

 彼の意見に対して険しい表情で言い返すのは、イネスと呼ばれた女性。

 彼女は、二十代後半という若さながらも公爵家の当主となっており、それゆえにこの場における主導権を握っていたりするほどの有力者。


 「いやいや、何も酔狂で言っているのではありませんぞ。皇帝にならなかった皇族は、有力な貴族と結婚をしてその家の者となるわけですが、既に亡き皇帝陛下は、大量の子を作りました。そして様々な貴族が、陛下の子らを家に迎え入れた。貴族同士の争いで優位に立つために」


 わずかにあった囁き声は消え、話し合いの場となっている広い一室は完全に静まり返る。

 高齢な男性はそれを確認すると、軽く頷いてから話を続けた。


 「例えば……ジリー家の当主であるイネス殿は、前当主であった父と、皇族であった母から生まれましたな」

 「継承権については、何十番目というほどに遠いのですよ。そもそも陛下の子である方々は未だに生きているわけですが。この正統セレスティアに協力してくださっている方が、どれほどおられるのか理解しての言葉ですか?」

 「もちろんですとも。継承権を無視すれば、数百人ほど。しかし、継承権を気にするなら、数人程度しか頼りになりそうな方はいない」


 あまりにも恐れを知らぬ高齢な男性の言葉に、周囲は無言で気まずそうに顔を見合わせる。

 イネスという女性は軽くため息をつくと、男性に対して言い返した。


 「我々の結束を乱すような言葉は慎んでもらいたいのですが」

 「これはとんだ失礼を。ですが、継承権上位の方々は首都星にいて、襲撃のあとメアリとやらを支持してしまっている。こちらにいるのは、継承権が低いために各地へ散らばっていた方々であるわけですから」


 皇帝の住居たる首都星セレスティアの宮殿は、すべての皇族が滞在できるわけではない。

 継承権の高い者から優先されるため、低い者たちは独自に居場所を作る必要がある。

 帝国の中心にいた皇族は保身混じりとはいえメアリを選び、各地に散らばっている皇族は正統セレスティア側についてメアリを倒すことを選んだ。

 そしてそれゆえに苦しい部分が生まれている。

 血の正統性を訴えるのが難しいのだ。

 メアリは過去の人間であるため、今を生きる者よりも血が薄まっていない。

 継承権で上位の者たちが向こうについているのも痛い。


 「……結局のところ勝てばよろしい。違いますか?」


 勢力としての弱みに頭を悩ませているのか、イネスは重々しい口調で言う。


 「まあ、そうです。その考えは正しいと言えば正しい。とはいえ、勝てるかどうかという問題が。あのフルイドとやらが厄介過ぎるわけでしてね」


 話の途中でフルイドという単語が出てくると、辺りはざわめきに満ちていく。

 人類が初めて出会った、人類以外の知的生命体。その特異な性質は、機械に頼る文明を築いた人類にとって天敵とも言える。

 機械に侵食して動きを止めるだけでなく、侵食を続けて乗っ取ることもできてしまうゆえに。

 そんな存在が、メアリという簒奪者の味方となっている。


 ドン!


 少しずつ重苦しい空気が満ちていくが、それを振り払うかのようにテーブルを強く叩く音が響いた。


 「やれやれ、何を弱気になっておられるのか。貴族の当主が揃いも揃って」


 テーブルを拳で叩いてから声を発するのは、若い男性。

 だいぶ鍛え上げられた肉体を持っており、貴族としての礼服を着ていても、その上からわかるほど。

 彼は辺りを見回すと、さっき叩いた部分を指でなぞる。


 「フルイドとやらは厄介で恐ろしい。首都星に奇襲をかけて、陥落させることができてしまうのだから。しかしながら、帝国軍は惑星上の大規模な戦闘というのを経験していない。そういう側面を無視してもいけません」


 海賊や共和国と宇宙で小競り合いをし、時には貴族同士でも争うことがある。

 しかし、それで経験を得られるのは宇宙の戦力ばかり。

 陸、海、空、これら三つの軍は惑星上に展開しているが、宇宙と比べれば平和であり、軍よりはむしろ警察の方が忙しい。

 訓練はしていたものの、惑星上での大規模な戦闘……いやそもそも実戦自体、あれが初めてという者が大半であるため、フルイドという未知の相手であることも合わさり不覚を取った。

 そのような説明がなされたあと、一つの意見が出てくる。


 「フルイドとやらが厄介であるのなら、いくらか生け捕りにして研究するというのは? 惑星タルタロス周辺での戦闘を見る限り、体当たりからの侵食、そして停止と乗っ取り。こういった特性への対策は必要です」

 「それで、どのような意見がありますか?」

 「有志による襲撃部隊を組織し、フルイドの生け捕りを目指すべきでしょう」


 フルイドの生け捕りを目的とした、襲撃部隊の編成。

 これについては、異論の出ないまま認められる。

 結局のところ、何をどうしようが勝利しないと始まらない。

 勝利さえすれば、悩みの大部分は解消される。

 どの皇族を担ぎ上げるべきか、決めるに決められない答えを、先延ばしにする意味合いもあった。


 「ああ、それともう一つ。エール星系において、モンターニュ伯爵が勝利したというのは耳にしていますが、彼女にはメアリに付き従う者を相手してもらい、注意を集めてもらいたいと考えています。わかりやすい形で援助を送り、彼女のところで戦闘が起こるようにしたい」

 「……よろしいでしょう。打てる手は打っておくべきなので」


 それから他にもいくつかの話題に移っていき、やがて話し合いは解散となる。

 皇族についてはまた別の機会に決めることとなり、人がいなくなった広い一室の中で、イネス・ジリー公爵は一人ため息をついていた。


 「また、決まらないまま終わってしまいました。明確な者がいないままでは、宣伝にも差し支えるというのに」


 前皇帝の息子や娘、さらには自分のように孫にあたる人物も正統セレスティアには集まっているが、それゆえに主導権争いも水面下で行われているという有り様。

 メアリを打倒したあと、皇帝の座を得るのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 「イネス様、予定が詰まっていますのでお早めにお戻りください」

 「……わかっています」


 配下からの言葉を受け、イネスは険しい表情を崩すことのないままその場から立ち去る。

 心のどこかに言葉にできない不安を覚えていたからだが、それを正直に言える相手はいなかった。

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