138話 一時的な逃亡
帝国内部のとある星系。
普段は誰も気にしない程度の価値しかないそこでは、三千隻近い規模の艦隊が存在していた。
これは近隣の貴族たちが、ある一つの目的のために集まることで成立した。
その目的は、貴族を襲撃しているという海賊の討伐。
艦隊の進行方向には、数十隻の海賊船らしき集まりが存在し、討伐のための艦隊から逃げるために距離を取っている。
「よくもまあ、あれだけ揃えてきたもんだ」
数十隻の小規模な艦隊には、大型船であるアルケミアが混ざっており、そのブリッジではメリアが頬杖をつきながらモニターを眺めていた。
戦力の少ない輸送船を優先的に襲撃していたところ、さすがに貴族側も我慢の限界に達したのか、討伐艦隊を組織して送り込んできたのだ。
「ファーナ、目標地点まであとどのくらいかかる?」
「一時間ほどです」
敵は多く、味方は少ない。
まさに絶体絶命と呼べる状況。
だが、メリアは焦ることなく、落ち着いた様子でいた。
それには理由があった。
「ひとまず、このエール星系に来たのが三千隻だけでよかったよ。一万とかだったら、ずっと逃げ続けないといけない」
「メリアさんメリアさん、このあとどんな感じで返り討ちにします?」
「……作戦については話したはずだが」
「おさらいですよ。おさらい」
逃げている間することがなくて退屈なのか、ルニウはメリアの近くにやって来る。
「海賊として暴れてる途中、さすがに結構な規模の艦隊が私たちを狙ってきました。これは危ないということで、このエール星系に逃げ込んだ私たち。しかしそれはただの逃亡ではなく、反撃への一歩なのだ!」
まるで役者のように演技しながら語っていくルニウであり、言い終えるとポーズまで取る始末。
「……満足したか?」
「それなりには。というわけでこの続きを」
「そもそも、海賊として活動するには拠点となる場所が必要。とはいえ、各地にある非公式な宇宙港は使えない。あたしたちの規模が大きすぎるから」
公爵であるソフィアからは戦闘艦を千隻と防衛ステーションを三十基、企業であるクローネ・アームズからは輸送船を百隻。
個人の戦力としてはかなりのものであり、それゆえに宇宙港一つだけでは色々と追いつかない。
メリアはどことも組まず、独立して動いている。一応は、反皇帝派に味方している形にはなっているが。
そんな独立艦隊の拠点として、エール星系が選ばれた。
「でもどうしてここに? 他にも色々な星系があるわけですけど」
「有人惑星は一つ。人口は少なく、ここでしか手に入らないような特別な資源はない。まあ、帝国の中では貧しいところだから、だね。選んだ理由としては」
エール星系は人口が少なく、経済規模も小さいため、ここを領地としている貴族はあまり訪れない。基本的に統治などは現地の役人任せ。
そこに付け入る隙があった。
防衛艦隊も小規模であり、こちらから仕掛けない限り遠巻きに見ているだけ。
なので、小惑星が密集している場所において、色々な準備を邪魔されることなく行うことができる。
今逃げているのは、三千隻相手に痛手を与えるための下準備であるわけだ。
「メリア様、報告があります。向こうの艦隊には、フルイドが混じっているようです」
「大まかな数は?」
「百よりは下のはずです」
「優先的に狙わないといけないね」
逃げながらも、討伐艦隊の様子を逐一確認していたファーナからの報告に、メリアはやや険しい表情のまま考え込む。
フルイドが侵食してある艦船の厄介なところは、船体同士が接触した時点で、こちらも侵食されてしまうという部分。
そうなると、専用の対策をしていない場合はそのまま乗っ取られる。
「一番困るのは、通常の艦船が壁となり、その後ろからフルイドが侵食している艦船が仕掛けてくること」
「一応、自爆させること前提の船をぶつければ対抗できなくはないですが」
ファーナによって動かされる無人の艦船。
フルイド対策として自爆用に特化させたそれが、数隻とはいえ存在している。
だが、そもそもの数が少ないのであまり効果は見込めない。
「まあ、とりあえずは事前に決めた通りに、目標地点へ向かうのを優先すること」
「わかりました」
向かう先は、小惑星が密集している危険なところ。
基本的に、宇宙船にはデブリなどから船体を守るシールドが存在しているとはいえ、短時間で多くぶつかるとさすがに損傷してしまう。
なので入る直前に大きく減速するが、それは討伐艦隊との距離が縮まることに繋がる。
「敵艦隊の動きは?」
「散発的な攻撃をしてきました。距離があるのであまり命中率はよくないですが、当たるものもあるので危険です」
「小惑星を盾にしつつ奥へ」
小惑星が密集しているとはいえ、人間の視点からすると割と隙間はある。数隻程度ならそこまで周囲を気にせずに済む。
しかし、艦隊という規模になると、艦船同士の位置も考えないといけないため、だいぶ注意を払う必要があった。
「一隻の離脱もなく侵入できました。このまま相手に合わせて移動をしていきます」
「ここからが大事だ。何か罠があると思われてるだろうが、鬱陶しい海賊を討伐するチャンスでもあるわけで。向こうからしたら、数で大幅に上回っているから、多少の犠牲が出ようともごり押してくるはず」
「そこをドカン、ですね」
「だから、あたしらが巻き込まれたりしないように気をつけないといけない」
大規模な艦隊が動くのは難しい小惑星帯。
そこには、メリアの仕掛けた罠が存在していた。
「海賊たちは密集地帯に逃げ込んだようです。司令官、いかがなさいますか?」
「……罠、だろうなあ」
貴族たちが集まってできた討伐艦隊。
それを率いるのは平民だった。
彼は元々、とある貴族が保有する艦隊を率いる立場にあり、急遽この寄せ集めな艦隊の司令官として抜擢されたという経緯がある。
そのため、能力的には求められる水準を満たしているが、彼の指示を受ける形になる貴族からはいくらかの反感を買っていた。
「ここは他の星系に繋がるワープゲートを確保したまま、地道に小惑星を破壊していく方法を取りたい」
「他の貴族の方々は、迷惑な海賊をさっさと潰したいと言っておりました。その作戦に従わない者が出るかもしれません」
「はぁ、公爵閣下もひどいことをなさる。貴族同士の集まった艦隊を、よりによって自分に任せるのだから」
帝国における平民と貴族の壁は、ある意味絶対的なものとして存在している。
それは司令官が公爵家から派遣された人物であっても、多少は舐められる程度には。
「レーニンゲ公爵はこうも言っていました。“言うことを聞かない貴族は減ってくれた方があとが楽になる”と」
「……まあ、あの方の命令なので頑張りますが、それにしたって、ねえ?」
司令官は、近くに控えている部下に対し、どこか愚痴るように言うものの、部下はこれといって表情を変えずに言い返す。
「我々はあくまでもレーニンゲ公爵家に仕えているので。命令を聞かない貴族がどれだけ亡くなろうと知ったことではありません」
「やれやれ……どこも一枚岩じゃないのは悲しいねえ」
まずは事前の通り、地道で時間のかかる作戦を全体に通達する。
しかし、時間のかかる作戦に対して反発する貴族により、千隻ほどが独断で動き始めた。
相手は数十隻、多少の罠があろうとも食い破れるという自信から。
それを見た司令官は、無言で驚いてみせたあと、近くの部下に声をかける。
「あー、フルイドの方々に、小惑星帯の方に警戒するよう連絡を。ついでに、先走った方々の支援もほどほどに行うから、艦隊を前進させろ」
「了解です」
討伐艦隊は足並みが揃わないでいたが、それでもその数は圧倒的。
小惑星が密集する地域に接近しても、これといった出来事は発生しない。
「小惑星を盾に攻撃はしないか。となると中に入ったあとが怖い」
「先走った方々は既に半分ほどが入っています。我々も続きますか?」
「いや、ここで待つ。レーダーが微妙に効かないところに、大勢がぞろぞろ入るのも馬鹿らしい」
ひとまず様子見を行う司令官だが、並行して周辺宙域へ偵察機を大量に派遣する。
内部で何か動きがあってもすぐ対応できるように。
だが、その警戒は無駄に終わる。
数十分後、レーダーのあまり効かない前方で戦闘が発生したからだ。
「逃げ道を作るために、近くの小惑星を攻撃。海賊がこちらに来た場合に備え、機械に頼るだけじゃなく、人間の目も使え」
即座に命令が下されると、討伐艦隊は慌ただしく動いていく。




