133話 クローネ・アームズ
居住可能惑星の周囲には、多種多様なコロニーが存在する。
これは、宇宙にあるすべての国が惑星の開発に関して厳しい制限を課しているから。
惑星には様々な資源があるが、その中でも空気という、ありふれているようで貴重な資源のために、自然環境を保護することが求められている。
惑星によっては、地上に住む人はほんの一部で、大半は宇宙にあるコロニーで暮らしているという場合もあるほど。
人類の活動範囲が宇宙に広がったことで、空気を生み出す星の価値が非常に高くなっているのである。
「そろそろか」
「なんだかんだで、フランケン公爵家の艦隊を放置する形になっています。わたしが訓練を担当しているとはいえ」
「おかげで、そこそこ自由に動けるから助かってるよ」
メリアたちが小型船で向かう先には、宇宙に浮かぶ小型のコロニーがあった。
大きさとしては五キロメートルほどで、長方形をしている。
それは丸ごと一つがクローネ・アームズの支社となっており、外壁部分には社名が大きく記されていた。
「コロニーというか、巨大な船というか」
「重力発生装置があるので形状は些細なことかと。巧妙に隠されていますが、推進機関が存在するので、移動できる拠点としての役割もありそうです」
「ま、あれだけ大きいとシールドは強力だろうし、海賊とかの襲撃を受けても無傷で済みそうだ」
ある程度まで近づくと、コロニーからの通信が入ってくる。
メリアが名乗ると、既に話は伝わっているようで内部に入る許可が出される。
「お待ちしておりました。メリア・モンターニュ様とルニウ・フォルネカ様ですね? こちらへどうぞ」
案内を受けて内部を歩いていくと、ガラス張りの壁の向こうに工場の生産ラインを見ることができた。
それ以外には、何か試験機を作成しているのか、何十人もの技術者が集められているところも。
とはいえ、目的地はあまり遠くないため見学はすぐに終わる。
会議室らしき大きな部屋に入ると、二人の男女がいた。
一人は企業の重役らしき壮年の男性。
もう一人は、ルニウの大学時代の知り合いらしき若い女性。
他には誰もいない。
「初めまして。クローネ・アームズの社長をしているノーマン・リンドバーグです。あ、お二人のことは既に知っているので紹介は必要ありません」
まずは壮年の男性から名乗る。
わざわざ社長が来ていることにメリアはわずかに驚くも、予想の範疇ではあった。
しかし次が問題だった。
「えー、私は会長ということになっているロズリーヌ・プエシュです。そこにいるルニウ・フォルネカの、形式上の友人といったところでしょうか」
ルニウの方を見ながら、やれやれとでも言いたそうにするのは、薄茶色の髪に赤い目をした女性。
やや派手な格好をしていることもあって、企業の会長というよりは、何か別の職業をしていると言われた方が納得できる。
「形式上の友人、ですか」
普通は耳にしない言葉に、メリアは演技を崩すことなく驚いてみせる。
いったいどういう関係なのか、軽く首をかしげてみせることも忘れない。
今は貴族らしく高価な衣服に身を包み、普段の荒々しい言動を隠していた。
なので他人からは、やや活動的な貴族の女性という風にしか思われないわけだ。
「メリア・モンターニュさん。あなたは、そこにいるルニウのことをどう思いますか?」
「え……そうですね、様々なことをそつなくこなせる能力があるものの、やや難儀な性格をしているので少し困る部分が」
どこまで率直な感想を口にするか一瞬迷うメリアだったが、どうとでも判断できる当たり障りのない言葉に留める。
それを聞いたロズリーヌという女性は、軽く何度か頷くと、ルニウを見てからため息と共に頭を振った。
「首を絞めたことは?」
「は? それは、私がルニウの首を、という意味ですか? さすがにありませんよ」
いきなり過ぎる質問に、メリアは思わず素の自分が出そうになるも、なんとか取り繕って否定する。
なお、首を絞める以外のやり方で痛めつけたことはあるが、それについては口にしない。
「ええ。こいつはですね。被虐嗜好を持つ厄介者なんです。大学時代、この馬鹿は私に首を絞めてくるよう要求してきたんですよ」
「それは、また……」
「死にたいなら一人で死ねと言って追い返しましたけどね。何があれかと言うと、ある程度仲良くなってから、そんなことを言ってくるというのが」
昔のことを思い出したせいか、目に見えて不機嫌そうになるロズリーヌ。
この話を以前から聞かされたことがあるのか、近くにいる社長のノーマンはやや苦笑するだけ。
「このルニウは世の中を舐めてて、それでいてどこでも上手くやっていけるから、反省する機会がほとんどない。死にかけたら一時的に反省するも、それも時間と共に薄れていく」
なかなかに辛辣な評価であるが、出会いから今までを考えると、メリアとしては同意するしかない。
しかし、その意見に不満を覚えたのか、今まで静かにしていたルニウは口を開く。
「いやいや、待ってくださいよ。大学の時のあれこれについては、私が納得できるだけの相手じゃないのが悪いと思います」
「あんたねえ、帝国の最高学府たるファリアス大学は大勢の貴族がいるってのに、その中で遺伝子調整した平民がそんなこと言うとか、まともじゃないっての」
「でも、売られた喧嘩はすべて買って返り討ちにしたし。そのおかげで一目置かれたし」
「あのね、私を含めた何人もの平民が手を貸したから返り討ちにできたんでしょうに」
ロズリーヌからすると、大学時代は頭が痛い出来事ばかりだったのか顔をしかめる。
そのあと、腕を組みながら言う。
「ルニウ……当時の知り合いに連絡かけたけど、ほとんどは駄目だったでしょ? 出たのは私だけ」
「う、それは、その」
「私も無視してやろうかと思ったけどね、帝国の状況が状況だから、わざわざ出てあげたの」
「それはやっぱり友人だから?」
「ちょっと黙ってて」
これ以上ルニウと話す気がないのか、ロズリーヌはそう言うとメリアの方を見た。
「んんん……失礼しました。ずいぶんと話が逸れてしまいましたが、本題に移りたいと思います。我々クローネ・アームズは、セレスティア帝国が生まれる前に存在した、クローネ連邦という国をルーツに持つ貴族が中心となって設立されました」
宇宙に進出する前、人類は一つの惑星で暮らしていたが、そこにはいくつもの国々が存在した。
クローネ連邦はそんな国の一つであるが、その時代の国のことを覚えているのは、ルーツを持つ一族か、歴史に関するテスト勉強中の学生くらい。
一つの惑星時代にあった国のことは、今ではほとんどの者の記憶から消え去っている。
記録には残っているが、それも膨大な歴史の合間に埋もれつつあった。
「帝国と共和国に分裂してからしばらく経ったあと、双方にいるクローネ連邦をルーツに持つ貴族が、共同で出資したのが始まりです。時の流れと共に、経営陣も貴族ではない者ばかりとなりましたが」
会長となっているだけあって、ロズリーヌはクローネ・アームズという企業の歴史をすらすらと語っていく。
そのあと、頃合いと見たのかノーマンは口を開く。
「ロズリーヌさんは、若いながらもやり手の人物でしてね。合法か非合法かを問わず、様々な手段によって株式の半分を所有するに至りました」
「そのようなことを社長が口にされるということは、色々と期待してもいいのでしょうか?」
メリアの質問に対し、ノーマンは大きく頷いた。
「もちろんです。共和国で商売している企業というのは、大きくなればなるほど表では言えないことに手を染めているものですから。有名なのは、アステル・インダストリーでしょうね」
「というわけで、我々クローネ・アームズは、メリア・モンターニュ伯爵に対して支援を行う用意があります。具体的には、資金と兵器、そして実験部隊を含めた戦力の提供を」
「対価は?」
無償の支援はありえない。
人道的な理由ならまだしも、帝国の内戦へ介入をするのだから。
「大規模な実戦におけるデータの提供をお願いします。できるならば、当社の製品を利用して多少の活躍をしてくださると、さらに喜ばしいと考えています」
「内戦において、クローネ・アームズ製の兵器の宣伝をしろと」
「はい。メリアさん、あなたがルニウという厄介者が懐くほどの人物であるからこそ、多少の投資を行う気になりました」
「……なるほど」
ルニウを基準にするロズリーヌの判断は、率直に言うとまともではない。
だが、社長であるノーマンも同意しているということは、個人の暴走ではなく組織としての方針であるわけだ。
「あとはまあ、フルイドという存在を手に入れてくださるなら、追加の支援を行うことができます」
「むしろ、本命はそちらだったりしませんか?」
「それについてお答えできません。ただ、共和国中の企業が、フルイドに関して興味を持っているとだけ」
帝国の首都星における戦闘は放映されていた。当然ながら、共和国の方でも見ている者は大勢いる。
その中には、フルイドという存在が影響しているだろう生物的な兵器も映し出されており、圧倒的な強さを見せつけていた。
兵器を開発している企業からすれば、フルイドはあまりにも魅力的な存在。
手に入れたいと考えるのはおかしくない。
「努力はしますが、期待はしないでください」
「無理強いはしません。それでは、提供する兵器や部隊の紹介を行いたいので、場所を移しましょう」
話し合いをしていた会議室から離れると、次は生産ラインのある区画へと移動することに。




