132話 幼い当主
ソフィア・フォン・アスカニア。
元々はアスカニア伯爵家の当主であった彼女は、公爵位を相続することで広大な領地に財産、そして数千隻もの艦隊を自らの物とした。
十歳という、本来ならまだまだ学業などに打ち込むべき幼い身であるが、相続することになったフランケン公爵という代物は彼女の成長を待ってはくれない。
「ソフィア様、モンターニュ伯爵から連絡が届いています」
「どのような内容ですか? フリーダ」
惑星ヴォルムスの地上にある、公爵専用の豪邸。
しばらくの間、誰もいなかった建物はやや傷んでいるものの、今ではソフィアの暮らす場所となっている。
周辺星系の問題に対処するため、専用の通信設備が存在し、公爵はその場を離れることなく各地へ指示を出すことができた。
今は公爵の決裁が必要な書類に目を通していたソフィアだったが、配下の騎士であるフリーダからの報告を受けてその手は止まっていた。
「一時的に共和国へ向かうとのことで、許可を貰いたいと」
「理由は言っていませんでしたか?」
「はい。通信越しでしたので。ただ、ほぼ確実にメアリ……皇帝と戦うための用意かと思われます」
皇族からの支持を受けて、今のところメアリが正式な皇帝となっている。
貴族に仕える騎士のフリーダとしては、さすがにそれはどうなのかとどこか複雑そうな表情でいたが、主であるソフィアはなるほどといった様子で頷くだけ。
「あの人がそうしたいなら、わたくしとしては邪魔をするわけにもいきません。許可を出します」
「……おそらく、ソフィア様にもなんらかの支援を求めるかと思われますが」
「なら、公爵家の艦隊の中から、メアリ皇帝に不満を覚えている者を選抜してください。そういった者たちで編成された艦隊をあの人に預けます」
「厄介払い、ですか」
貴族が所有する艦隊といえども、末端の中には皇帝の方に強い忠義を持っている者がいたりする。
そういった者は、今回の一件においてかなりの怒りを見せており、これといって動こうとしないソフィアに不満を覚えていた。
そんな好戦的な者を排除するには、ただ追放するだけではなく、戦場で散ってもらうのが一番。
そうすれば無用な軋轢を生むことなく、好戦的な者を取り除くことができる。
その理由を、メリア・モンターニュ伯爵を支援するためということにすれば、実力者である彼女からの感謝もついでに得られる。
たった一つの行動で、一石何鳥もの利益を見込めるわけだ。
目の前の幼い当主が、そのようなことをさらっと考えつくことに対し、フリーダは感じ入った様子で頭を下げた。
「すぐに調査します。ですが、規模次第ではだいぶ公爵家の艦隊が減るかと」
「わたくしは内戦どころではないので。戦いたい者がいるなら行かせればいいと思います」
ソフィアは鼻息を荒くすると、目の前にある端末を軽く指でつついた。
画面の中では、数分に一つ処理すべき問題が溜まっていくため、幼い当主の顔には、年齢相応の不機嫌そうな表情が浮かぶ。
「そもそも、せっかくフリーダを首都星に送ったのに、気絶して捕縛された挙げ句、メアリ皇帝にあなたの身代金を求められるとか、どうなっていますか」
処理すべき事柄が増えた件についてソフィアが文句を言うと、フリーダはかなり申し訳なさそうにする。
「そ、それはその、明らかな新兵器らしき存在の襲撃を受けたためでして……」
「生物的な外観をしたその兵器は、地表にいた帝国軍を一方的に倒してしまうほど強いそうですね。一応尋ねますけど、もしこの惑星ヴォルムスが襲撃されたら守れますか?」
「……いえ、不可能であるかと」
フリーダは一瞬だけ言葉に詰まるも、自らの率直な意見を口にする。
首都星セレスティアの宮殿は、皇帝が暮らしていたこともあって要塞並みの設備と防衛力を持っており、攻略にはかなりの戦力が必要。
しかし、生物的な外観をした兵器たちによって早期に陥落してしまう。
当然ながら、ソフィアのいる豪邸はそこまでの防衛能力を持たないため、同じような襲撃を受ければ、すぐさま陥落するのは火を見るより明らか。
「そうなると、メアリ皇帝に頭を下げるのがいいのでしょう」
「モンターニュ伯爵には黙って行動をしますか?」
フリーダからの質問に、ソフィアは自分の茶色い髪と目に触れると、やや考え込んだ末に口を開く。
即答しないのは幼いなりに思うところがあるからだが、その答えを聞いたフリーダは驚愕する。
「もしメアリ皇帝側に立つ必要が出てきたら、すぐにそうします。これについてはあとであの人に伝えます」
「それはさすがにやめた方がよろしいのでは」
「こういうのは、嘘をつかずに正直に言う方が上手くいきます」
「……わかりました。その決定に従います」
フリーダが去ったあと、一人残されたソフィアは目の前にある端末に付きっきりとなって決裁を進めていく。
そんなことが一時間ほど続いたあと、夕日で外が赤くなり始めた段階で、今日の分は終わりとばかりに座っていた椅子から離れる。
次は食事の時間であるためだ。
「フランケン公爵、今日の食事に誘ってもらえたことを嬉しく思う。うむ」
「……無礼を承知でお尋ねします。今日こうして呼んだのは、兄と私に何かさせるつもりであると考えてもよろしいですか?」
「いいえ。一人よりは大勢で食べる方がいいからです」
夕食は一人ではなく、他にも二人の男女が同席する。
それは現在、フランケン公爵領内部で匿っている皇族の兄妹。
兄のアンリ・ブラン・セレスティア。
妹のエステル・ブラン・セレスティア。
皇族同士の争いから逃げ出した二人であり、食事の最中にメアリ皇帝の話題が出ると、どちらも仕方なさそうな表情を浮かべた。
「過去の人物だろうが、今の人物だろうが、皇族が争うことにあまり違いはない。なので我々としてはおとなしく結果を受け入れるのみ。……一応、思うところがないわけではないのだぞ?」
「私は……先祖であるあの方のことを羨ましく感じています。あれほどまでに自分勝手でありながら、自らの思う通りに世界を動かしている」
老化抑制技術に大金を注いでいるため、見た目は二十代半ばながらも、実年齢は五十という兄妹。
それなりに長く生きてきた経験は、メアリ・ファリアス・セレスティアという人物に対して、複雑な気持ちを抱くには十分なものだった。
なぜなら、大昔の皇帝である彼女は、ほとんどの時間をコールドスリープによって過ごしており、実際には二十五年ほどしか生きていない。
にもかかわらず、五十年を生きてきた自分たちではできないことを軽くやってのける。
その才能の差は、遠いながらも血が繋がってるいるからこそ、余計に意識してしまうのだ。
「わたくしには、あまりわからない感覚です」
「まあ、フランケン公爵はまだ幼い。我々のような大人にならない未来に満ちているわけだな。……自分で言うと少し悲しくなってくるのだが」
「兄上に同意するのは癪ですが、生きてきた時間が短いからこそ得られる経験はあります。老化抑制技術で、肉体の若さを維持しても、これまでの経験が枷になる場合というのはありますから」
しみじみとした様子で語る二人の姿は、どこか年寄り臭い。
「お二人とも、色々と大変な日々を過ごされてきたようですね」
「いやいや、フランケン公爵こそ、相続に関することで大変だったろうに。あなたが亡くなれば、あの者が相続していたわけで」
「エルマー・フォン・リープシャウ伯爵。彼の噂はこちらにも届いていました。毒蛇のような人物であると口にする者もいたほどです。正直なところ、よく生き残れたものだと思いますよ」
実力が認められていながらも、ろくでもない評判が付いて回る人物。
そんな厄介な伯爵を相手にしながらも、公爵位を相続できたソフィアに、感心する皇族の兄妹。
「良き出会いがありましたから」
どこか自慢そうにソフィアは言うと、食事を再開する。
ただ、叔父であったエルマーの死に関して、やや悲しそうな表情も浮かべる。
彼が生きていれば、ある意味心強い味方であったために。
それを見た皇族の兄妹は、いくら叔父とはいえ命を狙ってきた者について悲しそうにするソフィアに対し、やや困惑したのかわずかに顔を見合わせる。




