131話 それぞれの動き
アルケミアが待機している星系に戻り、小型船で格納庫に向かうと、帰りを待っていたのか渋い表情をした状態のアンナがやって来る。
その手にはやや大きめな端末が存在し、帝国のニュースが映し出されていた。
皇帝の死と首都星の制圧についてリポーターが真っ青な顔で話していき、やがて皇族たちの姿が現れる。
「我々は問わなくてはならない。セレスティア帝国とは何であるかを」
「かつて一つの惑星からすべては始まりました。偉大なる初代皇帝陛下の手により、人類はこれほどの繁栄を手にすることができたのです」
「我らの父は亡くなってしまった。何年も前に先立たれた母と同じところへ行ってしまい、ただ一つの地位には空白が生まれた」
「そうなると、次の皇帝は誰がなるべきか。悩ましいことに、後継者は決められていない。そこで我々は話し合い、一つの決断を行った。……メアリ・ファリアス・セレスティア。今の我々よりも血の濃い彼女を皇帝とすることを」
メアリに与することを決めた者たちによる、あからさま過ぎる映像に、メリアは無言で頭を振ると、げんなりした様子で目頭を揉んだ。
「ふぅ……なんて茶番だ。見てるだけで目が疲れてくる」
「ひどいわねえ。首都星に滞在されている皇族の方々の、とても懸命な保身であるのよ?」
言葉だけは丁寧だが、そこには隠しきれないほどの侮蔑が混じっていた。
アンナは端末の映像を切り替えると、今度は別のニュース映像が現れる。
「卑劣なる反逆者メアリ、そしてあの者に付き従う皇族の方々。このような過ちは、力ずくでも正さねばならない時が来てしまった。それが尊い方々の血を流す結果に至ろうとも!」
「喜ばしいことに、反逆者に与することを拒否し、我々の戦いを支持してくださる聡明な皇族の方々がおられます」
「我々と共に、正統なるセレスティア帝国を取り戻そう! そして銀河に平穏を!」
あくまでも前皇帝に忠義を捧げる貴族と、それに同調する皇族によって、メアリの討伐が高々に語られているところだった。
「で、こっちはこっちで盛り上がってるわけ。帝国は荒れるでしょうね」
「わかりきってるものを、あたしにわざわざ見せる理由は?」
「安全な共和国に来ない? 私みたいに特別な捜査官になれるよう推薦しちゃう」
「お誘いはありがたいけどね、断る」
「あら、どうして?」
「共和国は、帝国と同じくらいには好きじゃない。それに、自由にやれる方がいい。……悪いことも含めて」
「そう、残念」
帝国が荒れるのを見越して勧誘してきたアンナであったが、メリアがきっぱりと断ると、あっさりと引き下がる。
それを見て今度はメリアから話しかけた。
「それとお願いがある。あのメアリというのを倒すつもりだから協力してほしい」
「まあ! 人の誘いを断っておいて自分のお願いは堂々と言うわけ?」
「共和国からしたら、願ってもない申し出では? 国が直接介入するのは問題が大きい。でも、支援した帝国貴族が暴れる程度なら問題ない」
共和国が直接軍を派遣した場合、争っている帝国の勢力が、外部からの侵入者を追い出すため一時的に停戦して協力してしまう可能性がある。
しかし、支援をする程度ならそこまではいかないわけだ。
「……倒すつもりなら、前の皇帝に忠義を捧げてる貴族たちに混ざるのが一番だと思うけど」
「あたし自身は忠誠心とかないのに、そういうところに混ざったところで、周囲との軋轢が生まれるだけだよ」
「とりあえず、メアリ皇帝に反抗的な貴族に対する支援を行うよう上に働きかけてみるわ。だけど、あまり期待はしないでね? メリア・モンターニュさん」
「気長に待ってる」
アンナは、エマを連れてアルケミアから出ていき、メリアはそれを見送ったあと、ファーナとルニウをブリッジに呼び集める。
「一応、聞いておくけど、あたしのオリジナルを倒すのに役立ちそうな伝手はあるかい?」
「今まで人間社会との繋がりがなかったわたしにはさっぱりです」
「うーん……大学時代の知り合いに連絡はできますけど、出てくれるかどうか」
「試すだけ試したい」
「なら、星系間の通信するので近くの惑星に」
アルケミアが移動していく最中、メリアはさらに自分の配下となった海賊のルガーにも連絡を行う。
「少しいいか?」
「厄介な話じゃないといいんですがね」
「大したことじゃない。捕虜にしてるフルイドの一体がいるだろう? そいつは今どうしてる?」
「今のところ、怪しげな動きはしてません。時々、あれが足りないこれが足りないと言って食べ物を要求する程度で」
「フルイドと軽く話がしたい。会う用意を整えておいてほしい」
「……わかりました」
惑星に向かう途中のアルケミアに、ルガー率いる小規模な艦隊が合流すると、監視のついた中でメリアはフルイドの一体と面会する。
元々は粘液の塊のような存在だが、今は市販のおもちゃと一体化しているのか、やや奇妙な光景がそこにはあった。
「話とは?」
「種族間で意識の伝達ができるだろう? お仲間を通じて、そちらが協力してるメアリにメッセージを届けてもらいたい」
「距離があるので経由する必要がある。そのため、一つ伝えるたびに数分ほどの時間がかかる」
「問題ない。まず一つ目は、一対一で決闘するから出てこい」
数分後、それはできないという返答が来る。
断られることは予想済みなのか、メリアはすぐに次の言葉を口にした。
「二つ目は、その首を洗って待っていろ」
この言葉に対する返答は、楽しみにしているよというもの。
「もういい。いきなり呼んで悪かったね」
「解放してもらえるのはいつになるのか」
「帝国の内戦がどうにかなったら」
「なら仕方ない。のんびりと待とう」
捕虜にしたフルイドとのやりとりはこれで終わる。
ルガーによってコロニーに運ばれるのを見届けたあと、メリアの近くにファーナがやって来る。
「決闘は、本気だったのですか?」
「一応はね。大規模な艦隊戦と比べれば、死人や怪我人は少なくできるし、あたしが勝てばいいだけだから一番手っ取り早い。さすがに向こうは乗ってこなかったが」
「さすがに無理があると思います」
「言わないよりは言った方がいい。さてと」
惑星に近づくのをスクリーンから見ていくと、メリアは手持ちの端末を操作して衣服に関する店、それも高級店のサイトを開き、色々と確認していった。
「新しい衣服ですか」
「ここからしばらくは、面倒な人付き合いが続く。貴族らしい身なりを整えないと、会うことを拒否するような相手がいたりする」
「それは、過去の経験から?」
「忌々しいことにね。十いくつの時だったか……面倒臭がりでズボラな貴族がいた。その者は、とある貴族のパーティーに参加しようとしたが、一目見るなり追い出されてしまう。ちなみに、そんなやりとりを近くで目にすることになった当時のあたしは、子どもながらも身なりに気をつけようと思ったわけだ」
「メリア様の子ども時代のお話をもっと聞きたいです」
「気が向いた時にね。わざわざ話すようなものでもない」
やがてアルケミアは惑星に到着し、ルニウは大学時代の知り合いに片っ端から連絡を行うも、半分以上は通じなくなっている。
「あーあ、死んだのか、過去を断ち切ったか。これは困りましたよ。いやほんとにもう」
「まだ残っているところは?」
「この分だとあまり期待は……」
そのあとも試していくが、軽く話しただけで切断する者、既にメアリ側についてるから協力できないと伝える者ばかり。
首都星の一件は、貴族に対して大きな影響を及ぼし、帝国の内戦でメアリが勝利する可能性を大きく高めた。
「……まいったね。保身のために皇族が味方についた結果、多くの貴族もそれについていく。こうなると、倒すに倒せないわけだが」
「あ、一つ連絡つきました」
「どういう人物?」
「ええとですね……クローネ・アームズという企業を作った一族の一人と言いますか」
企業の設立において、複数の国の人間が関わることはそれなりにある。
クローネ・アームズは、帝国と共和国の人間が共同で出資して始まったところであるが、今では売上の大半を共和国が占めており。帝国ではあまり上手くいっていない。
その状況を改善するため、独自に話し合いを行いたいとの提案がされる。
「どうします? 貴族ではないですが、株の半分を持ってる大金持ちって感じです。クローネ・アームズ自体は、結構な規模なので」
「せっかくの提案だからね。受けるとも」
話し合いの場は、共和国の星系の一つ。
地図で見ると国境になっているところであり、そこにあるクローネ・アームズの支社の座標が送られてくる。




