130話 ファーナの過去
「……このあとどうするかだが」
なんとか逃げ出したはいいが、最も厄介な者は生きている。それはメリアにとって明確な敵となった人物。
メアリ・ファリアス・セレスティア。
彼女は予想外な一手を放ち、帝国における内戦を優位に進めている。
もしこのまま帝国を手に入れた場合、メリアとしては他の国に逃げるしかないが、問題は残っている。
彼女が帝国を支配したあと、他の国へ侵攻するという可能性が。
「どうしますか?」
「どうするんです?」
「あれを、オリジナルを倒すしかない。あたし自身のために」
もはや適当にやり過ごすことはできない。
中立気取りで遠くから眺めている場合ではない。
帝国の内戦に介入する必要がある。
ただし、モンターニュ伯爵家の当主ではあるものの、領地を持たぬ名ばかりの貴族であり、戦力も資産も到底足りない。
「まずはアルケミアに戻る。アンナが待ってるだろうから」
「はい」
「そのあとは……到着してから考える。疲れた」
肉体的な疲労以外に、精神的な疲労も今のメリアを苦しめていた。
空いているベッドに横になると、すぐさま眠りにつくほどに。
少しすると目を覚ますが、目の前にファーナの顔があったので、やや不機嫌そうな表情になる。
しゃがんで目線を合わせていたのだ。
「おはようございます」
「人様の寝顔を眺めるもんじゃないよ、まったく。……何時間経った?」
「まだ三時間ほどです」
「そうかい」
メリアは起き上がることなく、宇宙船の天井を眺める。
無機質なそれは、ある意味見慣れたもの。
宇宙船が違っても代わり映えはしない。
「ファーナ。話しておくことがある」
「なんでしょう?」
「お前と、あのアルケミアという船は、大昔の帝国が作ったそうだ。当時の皇帝だったオリジナルがそう言っていたよ」
「そうですか」
「特に驚きはないみたいだね」
「最初の起動から既に数百年が過ぎていますから。それ以前にもテストはあったはずですが、データが消去されているので、その時が初めての目覚めということで」
「数百年ね……その間、ファーナはどうしていた?」
ろくでもない出会いゆえに、聞き出す機会はなかった。
しかし、今は知りたい気分になっている。
メリアが質問をすると、ファーナはわずかな笑みを浮かべる。
「基本的には、ただ宇宙を漂流していただけです」
「とはいえ、出会いがゼロってわけでもないんだろう」
「はい。どこかから漂流して来た人や、船を奪い取ろうとした人がいました」
「その話を聞きたい」
ファーナは少し考え込む仕草をしてみせると、姿勢を正してから話していく。
「アルケミアにおいてわたしが起動した時、周囲は何もない宇宙空間でした。惑星や星系などの座標はデータベースになかったので、どこを目指せばいいかわからないという有り様です。それから数十年もの間、半分休眠する形でいましたが、崩壊しかけた宇宙船と遭遇しました」
「それが最初の出会いか」
「彼は飢えていました。船内にあった食料はすべて食べてしまい、あとは命が尽きるのを待つだけ」
最初の出会いは、漂流の果てに飢えて死にかけた男性。
ファーナとしては、どうにかしてあげたいと考えていたが、どうすることもできなかったという。
「アルケミアには食料の類いは搭載されていませんでした。なので彼が死ぬまでの数日、その短い間に少しだけお話をしました」
「どんなことを?」
「自分は帝国にも共和国にもいられなくなった。そう言っていました。どこか後悔しているような感じです。詳しく聞こうとしても、言うに言えないのか首を横に振るだけ」
「……まあ、事故以外で宇宙を漂流しているとなると、よっぽどなことがあったんだろうね」
宇宙で漂流するというのは、とても恐ろしい。
食料や水が尽きれば危険なのは当然として、酸素の問題がある。
飲まず食わずでも、多少は生きられる。
しかし呼吸ができなければ数分で死んでしまう。
「それ以外では、崩壊しかけた船に残っているデータが欲しいと言ってみると、わたしの端末に向けて銃を向け、そのあと考え直したのか銃を下ろして首を縦に振りました」
「どんなデータを手に入れた?」
「崩壊しかけていたので、近隣の惑星の座標とかぐらいですね。彼は亡くなる直前に言いました。“宇宙船と共に葬ってほしい”と」
崩壊しかけた宇宙船を棺桶代わりにし、どこか遠くへと放った。
そのあと再び休眠状態となり、長い時間が流れた。
ファーナはそこまで話したあと、自らが動かす少女型の端末を見る。
「メリア様、わたしが自分の分身として動かすこの端末をどう思いますか?」
一見すると白い髪に青い目をした少女。
しかしながら、ロボットであることをこれ以上なく自覚させる無機質な手足。
メリアは体を起こしてから軽く見つめたあと、大きく息を吐いた。
「趣味が悪い」
「む、そう来ましたか」
「オリジナルが作らせたから、オリジナルの趣味ってことになるわけだ」
「便利ではありますよ」
「見た目で相手が油断してくれるから?」
「はい。昔、襲ってきた者をあっという間に返り討ちにできました」
「どんな感じだった?」
「そうですねえ……」
ファーナは立ち上がると、近くにある時計をハッキングして時間を弄ってみせる。
「休眠状態にあったわたしは、侵入者に気づいて目覚めました。とはいえ、船全体の起動をするべかどうか、まずは端末で確認しに行きました。途中までは、メリア様と会った時と似たような感じですね」
「……それで?」
「入ってきたのは五人。ちょっとハッキングして会話を盗み聞きしてみると、軍から逃げた先でこんな船を見つけるとは運が良いと口にしていましたね」
「どう始末した?」
「いきなりはしませんよ。まずは会話をしようと集団の前に出たところ、銃を向けられました」
そりゃそうだろうとメリアは思ったが、口にはしない。
船内に空気がない状態で宇宙服を着ないまま出てくれば、むしろ警戒しない方がおかしい。
「何者かと聞かれたので、この船を動かす者だと答えました。すると、外にいる宇宙船に連絡してアルケミアを攻撃するではありませんか。これは排除するしかないということで、まずは目の前にいる五人の宇宙服の生命維持装置をハッキングして呼吸を止めます」
「……あの時、よくあたしは殺されなかったものだと思う」
さらっと物騒なことを口にするファーナに、メリアはため息をつく。
空気のない場所において、宇宙服の生命維持装置をハッキングしてくる人工知能。それはとても恐ろしい存在であるために。
「それについてはまたあとで。それで侵入者をどうにかしたあと、外の船へ対処することにしたのですが、シールドの内側に潜り込まれていたため、砲台を起動させてもすぐに狙われてしまいます。そこで端末を取りつかせたあと、殴ったり蹴ったりで地道に破壊していきました」
「端末によって砲や推進機関を無力化したあと、アルケミアの砲で仕留めたか」
「そうなります。そしてわたしは一つ学びました。まずは相手の自由を奪ってからお話すればいいと」
「…………」
既に犠牲となった者がいたからこそ、あの時の対応に繋がる。
それについてメリアはなんともいえない表情になる。
ろくでもない出会いだが、あれでもマシになっていたということに。
「ナノマシンは打つ必要なかったはず。というか、なんのための認証だったんだ」
「ナノマシンについては、人間を死ににくくする物というデータがあったので、とりあえず」
「とりあえずで打つんじゃない」
「認証についてですが……」
ファーナは途中で言葉を切る。
ベッドに座るメリアを押し倒し、のしかかるような姿勢になると、先程よりも小さな声で言う。
「一目見て、欲しいと思いました。他の誰かを登録するよりも今ここにいるあの人にしよう、と」
「それは、あたしがあいつのクローンだから、そう思っただけじゃないのか」
「どうでしょう? 二人並んでいたら、交互に確認することもできるのですが」
ファーナは首筋に顔を近づけると、匂いを嗅いだり柔らかな皮膚に触れつつ、からかい混じりに言う。
「安心してください。メリア様以外は選びませんよ」
「喜ぶべきやら、悲しむべきやら」
「嫌われるよりは良いと喜びましょう」
「……変なことしながら言われてもね」
数分後には自由の身となったメリアであるが、大きく息を吐いた。
拒絶しながらも以前より受け入れている自分がいる。
それはなんとも複雑な気分になるものだが、どう向き合うかは後回しになる。
まずは、自分のオリジナルをどうやって倒すかが最優先であるゆえに。




