127話 首都星への襲撃
戦況はあまりにも一方的だった。
有機物で構成されているような、もっと言うと生物的に思える奇妙な兵器たちは、帝国軍が迎撃の準備を整える前に奇襲を仕掛け、次々と撃破していく。
「ああ、くそっ。本気で仕掛けてきてるね、これは」
「というか、いくらなんでも強すぎませんか。奇襲仕掛けてるとはいえ」
都市の中は戦場となっていた。
逃げ惑う人々に紛れる形で、惑星各地に建造されているシェルターを目指していたメリアたちだったが、道中では兵器同士の戦闘をよく目にする。
確認できる範囲では、有機的で生物的な兵器が一方的に勝利していくところばかり。
メリアはわずかに立ち止まり、少しばかり観察すると、盛大な舌打ちをした。
「まず、あの異質な兵器たちは、実弾でもビームでもないのを最初に撃ち込んでる」
「……フルイドですか?」
「おそらくは。機械に侵食する特性を持った存在であるから、機械の塊な兵器はあっという間に使い物にならなくなる」
「あー、まともに動かなくなれば、一方的に倒せますか」
「一応、歩兵は頑張ってるようだけど、携行できる火器じゃ限界がある」
結局のところ、戦車だろうが航空機だろうが機械の塊であることに違いはない。
厄介なそれらを初手で無力化できれば、破壊できるし、なんなら乗っ取ることすら可能である。
フルイドという異種族の実力を目の当たりにしたメリアは、一度目を閉じると頭を振る。
「あの鬱陶しいオリジナルが、自信満々な理由がわかったよ」
「宇宙船も何もかも、全部機械だらけですからねえ」
人類は機械に頼った文明を築き上げている。機械なしには宇宙へ進出することはできなかった。
その機械へ侵食できるフルイドは、ある意味天敵とも呼べる存在。
もしメアリという人物と組んでいなかったら、フルイドは人類の敵として討伐されていた可能性がある。
だが、過去の皇帝であるメアリと協力することで、人類の敵ではなく帝国の敵に留まっているわけだ。
「利害の一致、か」
「あの、なんか向こうから一体だけこっち来てますけど」
「うん?」
今までは、逃げ惑う人々のことは無視して帝国軍だけを狙っていたのが、なぜかこっちへ来ている。
ルニウからそれを知らされたメリアは、すぐに周囲を見渡すが、大勢の人々のせいで道が塞がれ、逃げることができない。
そうこうしているうちに飛行する人型機械がやって来ると、メリアとルニウを交互に見たあと、巨大な手で無理矢理に胴体を掴む。
そしてそのまま都市から離れ、空中を移動していく。
「くそ、離せ! こらっ!」
「うぅ、私たちどうなるんでしょう」
都市を出ると、さっきよりも状況がはっきりとわかるようになる。
陸では各種兵器が使い物にならず、歩兵による抵抗があるだけ。それも時間と共に減っていくだろう。
海では多数の艦艇が行動し、近づいてくる異質な兵器を倒すことで、かろうじて集団としての活動を維持している。
空では航空機が奪われていき、たまに海に墜落する。
全体的に帝国軍の劣勢を示す光景ばかり。
「メリアさん、遠くに何か見えてきました」
「……あれは、宮殿」
何時間ほど運ばれていたのか。
あえて速度を落としている、浮遊する人型機械を睨みながらメリアは頭を振る。
とにかくろくでもない状況には違いない、と。
豪勢な宮殿の周囲には、大量の帝国軍が存在していたことを示す残骸が散らばっていた。
別大陸に繋がる大きな橋の方向には、まだ戦闘が続いているが、撤退は時間の問題でしかない。
ガシャガシャ
地上に降りたあと、メリアたちは解放されるが、今度は別の人型機械がやって来る。
それは惑星タルタロスの地下で目にした、光学迷彩を備えたパワードスーツ。
中に入っているのはフルイドなのは明らかだが、一体だけ前に進み出ると言葉を発した。
「メアリ・ファリアス・セレスティアがあなたと話したいそうだ。メリア・モンターニュ」
「だからわざわざ捕まえたって?」
「あなたを発見していなければ、このような行動を取る予定はなかった。メアリへ知らせると、ぜひとも捕まえてきてほしいと頼まれた」
「……くそったれ、とだけ伝えてほしいね」
「苛立つ気持ちは理解できるが、とりあえず彼女の話し相手になってもらおう。我々はまだすることがあるゆえに」
案内役となったフルイドの一体についていく形で、メリアとルニウは宮殿に入る。
その豪勢で贅沢な作りに、ルニウは感心するような呆れるような反応を見せた。
「わーお。いったいどれだけのお金があればここまでのを作れるんですか」
「さあね」
宮殿の内部は静かだった。
とても広く、かなり高い。それで昔ながらな精緻な装飾が施されている。
大勢の人々を内包していたのが、今では誰もいないというのは、帝国の象徴たる場所がフルイド側の手に落ちたことに他ならない。
「ここは帝国にとって最も重要な場所。警備はかなりいたはず。どうやって攻め落とした?」
「あなたが我々の側につくのであれば教える。そうでないなら、話すことはできない」
「なら無理には聞かない」
所々が破損していても、移動にはこれといった支障がない。
途中、奪い取ったと思わしき車両に乗ると、宮殿の中心部を目指して加速していく。
「ここから先は、あなた方だけで進むといい。我々は中に入らず外で待つ」
明らかに特別な部屋に通じているような扉の前で車両が止まると、案内役からそう言われるので、メリアはルニウを連れて奥へと歩く。
「あのー、ここってもしかして、皇帝陛下が偉そうに座る場所だったり? 平民向けの広報に写真がありました」
「……そうなるね。しかし、どこにも通信機の類いが」
辺りには誰もいないし、機械の類いも見当たらない。
メリアが首をかしげていると、豪勢で普段使いには向かない椅子の裏から、茶色い髪をした女性が現れる。
あまりにも見覚えのある姿に、メリアはすぐさまビームブラスターを構えた。
「おやおや、私のクローンはずいぶんと好戦的だ」
「それは、帝国と戦ってる誰かさんに似てるのかもしれない。……本人? それとも似せただけの別の代物か」
現れるのは、帝国を騒がせている張本人。
メアリ・ファリアス・セレスティア。
これはいったいどういうことかメリアが警戒を解かないまま尋ねると、メアリらしき存在は肩から腕を外した。
断面から見えるのは、機械の部品。
「これは私を模しただけのロボット。今は遠隔操作中でね。さすがにそっちまでは行けないからさ」
「で、どのような用件で連れて来られたのかお聞きしたいところですが」
「ははは、もっと気を抜いて話をしよう。その方が、お互いに本音を語れるかもしれない」
「……くそったれなオリジナルに言っておきたいけどね、何かするにしても、あたしを巻き込むな」
「いやいや、君が居合わせるのが悪い。私は私で、圧倒的な戦力差をどうにかするために動いているだけだからね?」
メアリ、もとい彼女の操作する精巧なロボットは、皇帝が座る豪勢な椅子に腰かけると、背もたれの部分を手で叩いた。
「ここは帝国の権力の源泉たる場所。数百年も前の時は私が座っていた」
「昔話を聞かせるために呼んだのか?」
「気が早いねえ。ここは昔話に耳を傾けてもいいのに」
「勝手に連れて来られたら、気が早くもなる」
「そう。なら手短に行こうか。メリア・モンターニュ。君には私の仲間になってほしい」
「断る」
拒否されることを予想していたのか、メアリは肩をすくめると苦笑した。
「やれやれ、しょうがない。それなら私の計画を話そう。さすれば、君は私の仲間にならざるを得ないから」
深い笑みだった。慈愛に満ちていると言っても過言ではないほどに。
それゆえに、どこか不気味でもあった。