126話 新たなる動き
都市にいるほぼすべての者が、ビルに設置されているモニターを見ていた。
より具体的には、そこで放映されている戦闘を。
首都星セレスティアに存在する宮殿。
そこは長い月日によってちょっとした都市と呼べる規模になっており、帝国の威容を示すため、一目見てわかる程度には豪華絢爛な限り。
ほとんどの人々が映像でしか見ることのない場所だが、今は戦闘によって火や煙が見え隠れしていた。
「ルニウ、軌道エレベーターで無事なところと駄目になったところをまとめる。手伝え」
「任せてください」
誰もがあり得ない映像に注目しているうちに、メリアはルニウと共に近くのネットカフェへ入る。
自前の端末を使うことを避けるためだが、まさかの騒動のせいで中はうるさく、店員の対応はおざなりなものになっていた。
「いやー、大変ですねえ」
「呑気に言ってる場合じゃないよ。軌道エレベーターが使えなくなったということは、物資の輸送が大変なことになるわけだから」
一つの惑星に設置されている軌道エレベーターは、少ないところでは一桁。多くても二桁だけ。三桁まではいかない。
一応、軌道エレベーターに異常が起きた時に備えて、大気圏内でも運用できる宇宙船はあるにはあるが、かなりの高級品なため数は少ない。
「一般人が見ることのできる範囲では、宮殿に近いところに異常が起きていて、遠いところは無事と」
「これもう明らかに、宮殿で何かするための計画ですよねえ」
「……暴れているのは、運び込まれたフルイドなのはほぼ確実。ただ、その目的がわからない」
「星系から星系へと攻め込むのって、ワープゲートでの移動という制限があるので大変。それをどうにかするため……にしては首都星で暴れる効果ってあるんですかね?」
一般人が確認できる情報だけでは、判断ができない。
そうなると、取れる行動は限られる。
まずはさっさと惑星から離れるか、あるいはフルイドに接触を試みるか。
「軌道エレベーターは……無事なところはすべて混雑してるね」
「予約も無理です。となると、どうします? 状況が落ち着くまで、ここでのんびりとか」
異常事態であることを気にすることなく、ルニウはメリアの体にそっと触れる。
今は個室の中、しかも二人きり。
不埒な考えからそうしたわけだが、すぐに顔を鷲掴みにされるので、それ以上触れることはできなくなる。
「あぐ……」
「こら、今どういう状況かわかってるのか? うん?」
「ファーナのいない二人きりで、しかも周囲から見られない個室。問題が起きてるのは宮殿と軌道エレベーターで、私たちがいる都市とかは無事。これはもう、少しくらい遊んでもいいとは思いませんか?」
何も悪いとは思っていない様子でルニウは言い切るため、メリアは手に込める力を強くしていく。
「遊びの種類がろくでもない」
「顔が痛いんですが」
「おふざけは好きじゃない。前から言っているが」
「なら真面目に言います。お付き合いしませんか?」
「拒否する。誰かとそういう関係になる気はない」
「そんなー」
ミシミシという音が聞こえそうなほどに顔を締め上げたあと、ルニウは解放される。
「うぅ、骨が……」
「お遊びで告白するのやめろ」
「いや、本気ですよ。本気本気」
「…………」
嘘か本当かわからない態度に、メリアはため息混じりに肩をすくめたあと、目の前にある大型の端末を弄り、情報を集めていく。
「さすがに緊急事態だからか空軍が駆けつけてるか」
「四の五の言ってられる状況じゃないですもんね」
基本的に、宮殿上空の飛行にはかなりの制限がかけられている。
だが、戦場となってしまったため、早期に解決しようと大量の航空機が投入されていた。
その中には機甲兵といった兵器も混ざっており、だいぶ急いでいるのがわかる。
「外の様子はわかるが、中がどうなってるのやら」
「帝国が苦戦してるんじゃないですか。宮殿の警備だけじゃ抑えられないところを見るに」
「やれやれだね」
いったい何を目的として宮殿を襲うのか。
それが判明する頃には、情勢がさらに動くのは間違いない。
メリアは何か食べようと個室を出るが、その時警報は鳴る。
「んん? 火災の奴じゃない。となると……」
疑問はすぐに解決する。
窓から見える建物の外に、異質な兵器が現れたからだ。
それは有機物で構成されているような航空機に、戦車、そして見覚えのあるパワードスーツを着た歩兵。
どこかに潜んでいたフルイドが、宮殿以外の場所でも行動を開始したことに他ならない。
「ルニウ、急いで出るよ。建物の中だと万が一がある」
「まさか都市の方でも……。これ他の都市でも似たようなことがあるんじゃ」
「なんらかの陽動かと思いきや、惑星自体を取りに来たか……?」
誰もが遠い宮殿の状況を眺めながらも、自分たちは安全だろうと思っていた。
しかしそれは崩され、首都星セレスティアの各地において戦闘が発生していく。
豪華絢爛な宮殿。
セレスティア帝国の威容を知らしめるために建造されたその建物は、権威を示すため、他の貴族が似たような建築物を作ることに制限をかけている。
そんな宮殿の主たる皇帝は意識不明のままであり、全体を取り仕切っているのは、彼の息子や娘たち。
「ええい、なぜ鎮圧できぬ。戦力差は圧倒的だろうに」
「喚かないでください。皇族であるのに見苦しい」
「普段は仲悪いものの、今回ばかりは協力しましょう。でないと状況がまずくなる」
「ええとですよ? いっそのこと宮殿ごと爆撃してしまうのは」
「待て待て待て待て。なんということを口にする。父上に影響があったらどうする!?」
「いやあ、今になっても目覚めない時点でもう……」
宮殿の安全な一角において、何人もの皇族が、突如現れた武装勢力へどう対抗するか話し合うものの、これといった方針は決まらない。
今のところ、警備の責任者が部隊の指揮をしているため、皇族が揉めていてもそれほどの問題にはなっていない。
ただ、その光景をなんともいえない様子で眺める者がいる。
「……厄介なことになりました」
ソフィアに仕えている騎士、フリーダ・セレウェル。
彼女は、一向に進まない目の前の話し合いを前に、内心ため息をついていた。
元々、主であるソフィアから自分の代わりに首都星で活動するよう命じられたため、情報を集めたり、主と顔を繋ぎたい他の貴族との予定を取り持ったりしていた。
それがまさか、政治的な中心地である宮殿で戦闘が発生し、その対応に追われることになるとは。
これで自分がある程度の戦力を持っているなら、退屈な皇族のやりとりから逃げることができるが、そうではないので護衛代わりに立っていることしかできない。
「緊急報告! 皆様、すぐにお逃げください! そちらに敵が……!」
突然の通信、そして切断。
これを受けて皇族たちは怪訝そうな表情になるが、すぐに通信の意味を理解することになる。
強固に建造された宮殿の壁が破壊され、そこから人型をした飛行物体が現れたからだ。
「パワードスーツ? いえ、あれは……」
その場にいた兵士たちが迎撃する中、フリーダは銃を撃つ合間に観察をする。
パワードスーツに専用のバックパックを装備させれば、重力下においても短時間ながら飛ぶことはできる。
しかし、視界の中にいる相手は、重力がないかのように空中を舞うことで銃撃を回避し、兵士を一人また一人と倒していく。
手加減しているのか、非殺傷設定のビームブラスターで。
「どけどけ、早く逃げなければ!」
「私が先です」
「逃げるなら、協力して早く、ほら」
浮遊する何者かは、皇族たちへ攻撃しなかった。
逃げるのを見送ったあと、反撃しようとするフリーダを確認し、ビームブラスターを撃ち込み無力化する。
「う……あれは、機械ではなく、まるで生きているかのような」
フルイドが侵食した機械とは違う。
むしろ、そこから発展させていった何かである。
フリーダはそこまで考えるも、意識を保てずに気絶してしまう。