125話 救出の完了
「着替えと水とその他色々買ってきました」
「まずはこいつらを縛る」
「紐をどうぞ」
買い物によって必要な物は一通り揃っている。
気絶させた三人の手足を縛って身動きできないようにしたあと、メリアは血に染まった服を脱ぐ。
「こら、じろじろ見るな。他人が来ないよう見張りをしてろ」
「はーい」
使い物にならなくなった衣服は密封できる袋に入れたあと、体には水をかけて血を洗い落とす。
首都星だけあって、気候は温暖そのもの。
冬じゃないことも含めて、外での活動で苦労する部分は少ない。
「ルニウ、もういいよ」
先程まで着ていた服と比べ、やや安物な服に着替えたあと、ルニウを呼び、気絶させた三人のうちリーダー格の者を叩き起こした。
「う……」
「色々聞きたいことがある」
脅すように、ビームブラスターで相手の頭を小突く。
「お前、どこに雇われた奴だ?」
「そっちが言うなら、こっちも言おう」
「……俺が言えることは少ない。雇い主は余計な質問を嫌っていたからな」
「なら重要なのを一つ。何を運んでいた?」
「…………」
「言わないと撃つよ。まずは手足の指。そこから徐々に胴体に近づくように撃っていき、最後は心臓だ。言えば解放する。だからこうして殺さずに済ませたんだからね」
「…………」
縛られて身動きできない状況にあっても、簡単に情報を漏らしたりはしない。
そんな相手を見て、メリアはわずかに顔をしかめた。
海賊紛いの傭兵程度が、そこまでするということは、雇い主はかなりの大金を積んだのだろう。
「相手は貴族だろう? 食事の最中、そこにいる一人が口にしていた」
「ちっ、この馬鹿のせいで……」
「言えば解放する。大金を抱えたまま死にたくはないだろう? 金は使ってこそだ」
メリアはとても優しく言う。
人によっては、脅しているようにしか聞こえないが。
「……素直に話したところで、生きたまま解放されるとは思えない」
「それだけやばい代物を運び入れた、と」
「そうだ」
「安心していい。帝国に何をしようが、こちらは関知しない。本来の仕事と関係ないなら」
「本来の仕事?」
「エマ・ファーノンという人物を探している。他の組織に確保される前に確保したいと考えている」
救出しに来たとは言わず、確保したいとだけ言う。
それを受けて勘違いしたのか、リーダー格の人物は納得するように頷いた。
「そうかい。エマ・ファーノンとやらだが、居場所を知っている」
「どういう関係だ?」
「……運んでいる荷物の中身を見られた。だから気絶させてとある場所に監禁している」
「なるほど。死んではいないんだね?」
「ああ。俺たちが惑星から出ていったあと、騒いでもらうと好都合だからな」
「荷物の中身は? 教えてくれるなら、惑星を出る手伝いをしてやってもいい」
「中身を知っても言えるのか? 信じられない」
そうまで言うとは、どれだけ厄介な代物なのか。
メリアはわずかに表情を険しくするが、ここは相手に信じてもらう以外の道はない。
ただ、少し不安もあった。
大抵のことは見過ごすつもりであるが、もしも見過ごせない代物だった場合どうするべきか。
「……なら、お別れだ」
カチャ
相手の頭部に銃口を当てて、ゆっくりと指を動かしていく。
「言う。言うから撃つな。運んでいたのはフルイドという代物だ」
「どれくらい?」
「コップ一杯分のを何度か繰り返して運んだから、バケツ一杯分くらいはあるんじゃないか」
「……気になりはするが、それなら見なかったことにする。まずはエマという人物のところへ案内してもらおうか」
運び込まれたフルイドがどういう行動をするかは不明だが、わざわざ止める理由もないのでメリアは無視することにした。
生体兵器たるキメラと比べ、人死にを出さずに盛大な嫌がらせをするだろうからだ。
ルニウは視線だけで、いいんですかと疑問を投げかけるが、メリアとしてはどういうやり方でフルイドが帝国に揺さぶりをかけるのか少し気になる部分もあり、問題ないことを伝える。
「まずは拘束を外してくれ」
「ああ。ルニウ、ライフルを破壊しておくように」
「はいはいー、非殺傷設定にしたビームブラスター以外は、警察に目をつけられますからねー」
相手の武器を奪い取ったあと、ブラスターで銃身などに穴を空けて破壊する。
そのあとメリアはアンナに連絡を取る。
「もしもしー、何かあった?」
「目的の人物の手がかりを得た。ホテルからそう離れていない路地裏にいる」
「少し待ってて、今向かうわ」
連絡が済んでから数分後、アンナが到着する。
やや息が乱れているが、これは走ってきたから。
証人となる三人の姿を目にしたあと、納得するように両手を叩いた。
「ふんふん、なーるほどねえ。理解したわ。それじゃ、そこの殿方三人、私たちをパーティー会場に案内してくださる?」
「……けっ、どこの組織の者だか知らないが、ずいぶんとお気楽なようだ」
合計六人での移動となるが、徒歩では遠いとのことなので、都市の中をうろついている無人タクシーを使う。
人が動かさないことを前提としているため、前に三人、後ろに三人という組み合わせで乗ることができる。
「どのくらいかかる?」
「数分程度」
信号で止まったりしながら、都市の一角で降りると、そのまま高層のビルへと入る。
警備員らしき者は、一瞥するだけで止めたりはしない。
「見慣れるほどに利用してるのか」
「それなりに。基本的には、表の綺麗な仕事を優先していた」
「汚い仕事については、大金が積まれた時ぐらいか」
「そうなる。首都星セレスティアでやらかせば、貴族次第だが勝手に罪状を作り上げられる場合があるからな」
エレベーターに乗り、地下五階のボタンが押される。
少しして扉が開くと、照明が弱っているせいで薄暗い通路が全員を出迎える。
固い床を歩くことによる足音だけが響く中、やや錆びの浮かぶ扉が開けられると、すぐに照明がつけられて明るくなった。
「ホテルのスタッフさん。あんたを迎えに来た奴らがいる」
「んー……むー……」
「ああ、外さないと喋れないか。ついでに拘束も外すが、暴れたり叫ぶのはやめてくれ」
先程まで真っ暗だった部屋には、ベッドが一つと、その上に縛られて寝かせられている女性の姿が存在する。
メリアは無言で横にいるアンナを肘でつつく。
それは目の前にいるのがエマ・ファーノン本人であるかどうかの確認。
アンナは数秒ほど見つめたあと、軽く頷いた。
「そら、あんたらのお目当ての人物だ。俺たちはもうこの惑星から出る」
「しかし兄貴、最後まで見届けないと後払い分の金が」
「黙ってろ。より安全な方を選ぶ。金は持つだけじゃ意味がない。使ってこそだ」
「……待った。去るついでに、どこに荷物を運び入れたのか聞いても?」
「俺たちが言わなくても、荷物の方から現れてくれるさ。そもそも、俺たちとは別の奴らが、違うところに持っていったからな」
「……役割を分担してるってわけか。案内ご苦労だった。行っていい」
メリアがそう言うと、そそくさと立ち去っていく。
まだ外は明るいため、急げば今日中には惑星から離れることができるだろう。
「……あなたたち、どこの者?」
「この横にいる共和国の捜査官殿の、現地協力者。一応は」
「特別犯罪捜査官アンナ・フローリンです。エマ・ファーノンさん。連絡が途絶えたあなたを救出するために来ました」
「……そう。わざわざご苦労なことだけど、それは無駄足に終わってしまいましたよ」
「首都星で危険なことが起こるとの報告がありましたが、何を目にしたのですか?」
エマという女性は、縛られていた手足を軽くさすったあと、ため息混じりに目にした物を語る。
「フルイドと呼ばれる存在。星系をいくつも挟んだ先にいる、メアリ・ファリアス・セレスティアという人物が組んでいる人類以外の知的生命体。それが、首都星に集まっている」
「どのように危険なことになると?」
フルイドという種族は、人間からすれば未知に溢れた存在。
機械に侵食するという特性の時点で、とてつもなく厄介。
宇宙船に侵食できるなら、それよりも小さい他の兵器はすぐに侵食して操れるだろう。
しかし、その程度であれば早急に鎮圧できる。
首都星だけあって、駐屯している軍の規模はかなりのものであるから。
アンナがさらに尋ねると、エマは顔をしかめてから頭を振った。
「運び込まれたのはフルイドだけではありません。フルイドの細胞を利用した兵器もあるとのことでした」
「それを知ったため、監禁されたと」
「はい。口が軽い男性が語っていたのを偶然耳にして」
「色々と詳しい話を聞きたいところだけど、まずは惑星から離れて安全を確保」
「わかりました」
そのあとアンナはエマと共に、軌道エレベーターから宇宙港へと向かう。
なお、首都星に来たんだしせっかくだから買い物したいとルニウがわがままを言うせいで、メリアは地上で買い物に付き合うことに。
「あらあら、大変ねえ。私は一足先に星系を出るから、あの大型船で合流しましょ」
「ああ、すぐに追いつくよ」
あっさりと救出任務が完了したため、メリアの心のどこかに油断があった。
その油断が、ルニウの買い物を許可することに繋がったが、すぐにその判断を後悔する出来事が発生してしまう。
「ん? なんだ?」
高層ビルに設置されている、普段は様々な企業の宣伝が放映されている巨大なモニター。
それが突如切り替わると、深刻そうな表情をしたアナウンサーが現れる。
「緊急ニュースです。宮殿において謎の武装勢力が現れました。現在、警備部隊が対応に当たっています。さらに、軌道エレベーターの半数に異常が発生し、停止しました」
淡々と語っていくが、それは首都星セレスティアにおいて、前代未聞の事態。
宮殿での戦闘、そして地上と宇宙を繋ぐ軌道エレベーターの大規模な異常。
メリアはそれを耳にしたあと、盛大に舌打ちをした。
つまり、メアリの仕掛けた策が発動した以外に考えられないからだ。