124話 謎の私兵たち
帝国の首都星たるセレスティアだが、意外なことにメリアが以前訪れた時と変わらない賑わいを見せていた。
軌道エレベーターで地表に降り立ったあと、無人のタクシーで目的地へと移動する。
「ふう……ずいぶんとまあ、平穏に思える」
「確かにねえ。この惑星で撃たれたというのに」
「それはおそらく、宮殿からだいぶ離れてるのが大きいのかもしれません。同じ距離でも、宇宙と地表じゃ感覚が違いますから」
内戦が始まっているにもかかわらず、警戒は強くない。
どこか拍子抜けしたような様子のメリアは、高速で移動していくタクシーの窓から外を見る。
宇宙港付近はこれといった建物はなく、大陸間を繋ぐ巨大な橋と、広大な青い海がその存在を主張していた。
「大陸が違えば、対応も違うか」
「実際問題、地表すべてに人員を置き続けるのって大変だもの。当然ながら、惑星以上に広大な宇宙空間では、主要なところ以外は監視できてない。だから、宇宙海賊がそれなりに活動できるのよね」
「ちょっと視線が痛いんですが。というか私だけじゃなくてもう一人いるわけで、そっちも見てくださいよ」
人間からすれば、惑星の地表という限られた部分でさえ広大なものであり、宇宙空間ともなればなおさら。
距離というものが及ぼす感覚。
それは様々な問題において、大なり小なり影響を与えている。
「目的のホテルに到着したあとどうする?」
「のんびりするわ」
「のんびり、ねえ?」
果たしてそうする余裕がどれだけあるのか。
メリアが内心疑問に思いながらも、数時間かけてタクシーは目的地となる都市に到着した。
料金を支払うと、無人のタクシーは次の客を求めて去っていく。
「まずは腹ごしらえといきたいが」
「そうねえ……ホテルにあるレストランにしましょう」
「うひょー、高級ホテルのところって美味しいですからね、楽しみですよ」
「ルニウ、遊びに来たんじゃないんだぞ……」
「大丈夫ですって。調査と食事を並行して行うので」
表向きには他の惑星から訪れた旅行客として振る舞いつつ、ホテルの部屋を借りる。
そしてホテル内部にあるレストランへと向かうのだが、一部の客によるものか少しばかり騒々しい。
やや離れた席に座りつつ、それとなく騒がしいところに目を向けると、高級ホテルには似つかわしくない集団が食事をしていた。
簡単な言葉で表すなら、海賊紛いの傭兵たち。
「これはまた、珍しい客がいるもんだね」
「メリアさんメリアさん、あの人ら地味に法律違反っぽい銃器あるんですけど」
「……どこかの貴族の私兵辺りか」
ライフルなどの大型の銃器が存在し、それでもなお警察に捕まったりしていないのは、どこかの貴族の私兵と考えるのが妥当。
そう判断するメリアは、向こうに気づかれる前に視線をメニューに移す。
「アンナ、あれはお前の仕事に影響ありそうか」
「どうかしら。ないとは言い切れない」
メリアとアンナは慣れた様子で注文していくが、ルニウだけは悩んでいるのかなかなか決まらない。
「そろそろ決めないと、こっちで勝手に決めるよ」
「待ってくださいよ。こういうお高いところは、来る機会があまりなくてですね。大学時代、知り合いの金持ちに奢ってもらったりとかはあるんですが」
慌ててルニウは注文していき、あとは料理が来るまで待つことに。
「アンナ、連絡がつかなくなった相手をどう探す?」
「……ホテルのシステムに入り込んで情報を。なので、ちょっとした騒動があると嬉しいかも」
「騒動ね。手頃なのがあそこにいるが、どうしたもんだか」
さすがにホテルの中で喧嘩は問題がある。
そうなると言い争うぐらいがちょうどいいのだが、どういう話題にするかという問題が生まれる。
「二人とも、少し静かにしてほしい。向こうの話が聞こえないか試す」
メリアは盗み聞きするために意識を集中させると、なんとか聞き取ることができた。
「いやあ、まさかこんな良いところで食えるとは」
「というわけで、料理のおかわりを」
「ちっ、食い過ぎたら仕事の最中に問題出るぞ。ほどほどにしとけ」
「そうは言いますがね、普段の自分たちじゃ、こういうお高いところに来れないわけで」
「兄貴、どうせ仕事は夜が近づいたらだろ? まだ明るいし大丈夫だ」
「……節度を守って飯を食え。スポンサー様のおかげで、俺たちみたいなのがここで好きなだけ食えるんだからな」
話の内容からは、何者かに雇われた者たちであることが理解できる。だが、どういう目的かまではわからない。
「わかってますよ」
「ある荷物を、都市の中に運び入れるだけ。それで大金が貰えるとか貴族様々でさあ」
「馬鹿が。ここでその話をするな」
「す、すんません」
リーダーらしき人物に注意されたからか、そのあとは黙ってばかりで静かになった。
時々、この料理が美味しい程度は口にするが、メリアからすれば意味のある会話はなくなってしまったため、盗み聞きを中断する。
「アンナ、食事が済んだら一時的にお別れだ。少しあいつらに聞くことができた」
「あらあら、準備は大丈夫?」
「問題ない。ルニウ、人手がいるからついてくるように」
「メリアさんにそう言われては、行かないわけないじゃないですか。嫌だと言ってもついていきます」
少しすると注文した料理が運ばれてくる。
ゆっくりと食べながら、どこかの私兵らしき者たちが席を離れるのを待ち、お腹がいっぱいになったのかレストランを出るのを見届けると、メリアはルニウを連れて席を立つ。
「ルニウ、装備は」
「非殺傷設定のビームブラスターのみ。防具とかはなくて、ただの服しか着てないので気をつけないといけません」
限られた装備なため、真正面からやり合うのは厳しい。
とはいえ、ここは都市の中。
あまり大暴れすれば警察がやって来るため、私兵の方は、人目が多いところでは行動が制限される。
それにあちらはたくさん食べたが、メリアたちはそこまで食べていない。
なのでメリアたちが特段不利というわけでもない。
「……おい、そこのあんたら。なぜ俺たちを追いかける?」
途中から尾行に気づいたのか、私兵のリーダーらしき人物は道を変えた。
そして薄暗くて人の寄りつかなそうな路地裏に入ると、振り返ってから言う。
その手には銃を構えた状態で。
「興味深い話を耳にした。なので一つ仕事を頼みたいと思っている。これでは不満?」
「物好きな貴族か。長生きできないぞ」
「帝国貴族というのは、兄弟や姉妹で争った果てにたった一人だけが当主の座を得る。遺伝子調整に頼らず、優れた者を選ぶために」
「……ふん、本物の貴族であるわけか。どんな仕事を頼みたい?」
メリアが、帝国貴族の間における熾烈な選別について口にすると、しばらく観察されたあとに銃は下ろされる。
それでも警戒はされているが、銃を向けられたままよりはかなりの違いがある。
「情報収集か、荷物の運び屋。報酬は、電子の方でこれくらい。実物の持ち合わせはないので」
「……悪くはない。だが、今はお得意様がいるんでね。他の仕事は受けられない」
「そう。なら次は無理矢理にでも」
その瞬間、私兵らしき者はリーダー以外の二人が撃ってくる。ビームと実弾の両方で。
回避しようとするメリアだが、何発かは当たってしまうも、倒れることなく非殺傷設定のビームブラスターを相手の顔面に放つ。
一人に当たり、もう一人には避けられるも、そこはルニウが追撃することで命中させた。
「なに!? 直撃したのに死なないだと!?」
「あたしじゃなく、水色の髪の方を狙えば勝ち目があっただろうね。まあ後の祭りだが」
残るリーダーも無力化したあと、メリアは盛大に舌打ちしながら地面に座り込む。
「メリアさん。だ、大丈夫ですか?」
「くそムカつく話だけどね、ファーナに打ち込まれた謎のナノマシンの影響で、そう簡単には死なない体になった。ただ、血を洗ったりする必要があるから、適当な店で水とか買ってこい」
「は、はい。急ぎます」
ルニウが去って、意識を保っているのが自分だけになると、メリアは服のポケットから小さな記録媒体を取り出した。
「……ファーナが大急ぎで届けた、海賊によるフルイドの輸送という情報。知っていなかったら、危うくこいつらを見逃すところだった」
首都星セレスティアに到着する前、メリアのところにファーナの動かす小型船が訪れる。
急造なのか見ているだけで不安になる代物だったが、人間が乗ることを前提にしなければいくらでもやりようはある。
ファーナから記録媒体を受け取り、ヒューケラの操縦室で再生すると、一連の情報を知ることになったわけだ。
「……ああ、痛い。でも死なないならどうにでもなる」
綺麗ではない建物の壁に背を預けながら、ため息をつく。
撃たれたのは肩、腹部、大腿部。
そのうち腹部はビームが貫通し、普通は致命傷になるはずが、そうはならずにこうして生きている。
「はぁ、ファーナはいったい、どこでなんのために作られたのやら」
思わず疑問が口から出てくるも、その答えを得る方法はない。
異常な人工知能、工場を内包した大型船、人に似せながらも違う少女型の端末、そして人を死ににくくする謎のナノマシン。
明らかになんらかの目的があって作られた。
だが、誰がなんのために?
考えても答えがわからない気持ち悪さに、メリアが顔をしかめていると、遠くから大量の荷物を持ったルニウが戻ってくる。