122話 皇族の兄妹
「飲み物の一つや二つはまだかね?」
「兄の言うことは無視してください」
空いている部屋の一つに集まると、早速アンリがサービスを要求してくるが、妹によってすぐなかったことにされる。
この時点で兄妹の力関係がある程度見えてくる。
「ところで、お二方はいったいどのような用件があってこちらに?」
「うむ! それはだな……妹よ、あとを頼む」
「やれやれ。こほん……自己紹介が遅れました。私はエステル・ブラン・セレスティア。こちらにいる頼りない兄の妹になります」
「見知らぬ相手の前なので、もう少し、こう、言い方というものがあるのではないか」
「なら、言うべき内容を事前に頭の中に入れておいてください。兄上」
「む、むぅ……」
アンリとエステル。なんとも形容しがたい兄妹に、メリアはできる限り、呆れたような顔にならないよう努力した。
「伯爵、お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。それで私たちがこのフランケン公爵領へとやって来たのは、身の安全を求めてになります」
「そうですか」
「帝国貴族であるならばご存知かと思いますが、皇族というのも大勢存在していまして」
「……ぶっちゃけた話、皇族同士で潰し合うことがそれなりにあるのだ。次の皇帝になることを考えるなら、競争相手は少ない方がいいということで」
広大な領域を保有するセレスティア帝国。
その皇帝という地位は、たった一つしか存在しない。
それゆえに、次の皇帝としての地位を巡る皇族同士の争いは定期的に起きている。
それは平時であっても、たまに死者が出る程度には激しい。
ならば、有事となった今はどれほど危険であるのか?
とてもではないが、他の者との権力闘争に勝てそうにないため、アンリとエステルの二人は保護を求めにやって来たとのこと。
「もうね、何が最悪かというと、父上がこれといった後継者を決めないまま撃たれてしまったことなのだよ。九十を越えてる癖に四十代の若さを維持しているとか、そもそもどれだけ皇帝で居続けるんだという。長生きする親、その子である我々、君はその気持ちがわかるかい?」
「ええ、まあ、ある程度は。ちなみにですが、お二方の年齢などをお聞きしても構いませんか」
「五十」
「……同じく」
「それにしてはずいぶんとお若い」
メリアはいくらかの本心とお世辞を混ぜつつ頷く。
目の前にいる二人は、二十代半ばという若い見た目をしていたからだ。
「うむ。老化抑制技術の発展もあるが、とにかく大金を注ぎ込んだのであるからな。皇族でなければ、ここまで若さを維持することは難しい」
「お金さえあれば、老いというものから、だいぶ逃れることができる。ですが、それは父上も同じこと。長く皇帝だったものの、そのせいで後継者になれる子どもが多く……」
妹であるエステルは、他の皇族との争いを経験し、それを思い出しているのか、どこか険しい顔でいた。
「ここへ来るまでの間に、何度か軽い小競り合いを経験してきました。幸いにも沈む船はありませんでしたが、もはや帝国はあちこちが危険地帯となっており、それゆえにフランケン公爵による保護を求めます」
「なるほど、理由はわかりました。ですが、実際にどうするかは公爵本人にお伺いしなくては。なのでしばらくは、私の監視下にいてもらいます」
皇族の兄妹と、その二人が率いる艦隊は、一時的ながらも近くにあるコロニーに滞在してもらう。
そこは元々海賊が利用していたところなのだが、少し前に制圧したあと公爵家の艦隊に手伝ってもらって運び出し、今はファーナによって再利用できるよう修繕が進められていた。
「メリア様、公爵であるソフィアからの連絡が返ってきました。皇族の二人を保護するそうです」
「せめて映像通信で、どういう人物か軽く確認するくらいはしといた方がいいだろうに」
「迎えの艦隊を出すそうです」
「そうかい。ならのんびり待とうか」
数日もすれば来るだろうということで、メリアは微妙な実力の艦隊の訓練に目を向ける。
今いるところは、公爵領の最も端にある星系であり、他の貴族の領地となっているところと接している。それも複数。
もし周囲が何かしてくるようであれば、メリアが対応する形になるため、今動かせる戦力の質を高めることは必須であるわけだ。
「皇族が逃げ出すほどとは、ここから向こうはずいぶんと揉めてるようだね」
「若作りをして、まだまだ皇帝を続けるつもりだったはずが、いきなり撃たれて意識不明に。親がそうなったなら、何十年も待ち続けた子どもたちからすれば、自分こそが次の皇帝になる絶好の機会。それはもう、水面下で激しい争いが起きていることは確実です」
ファーナの話は恐ろしいものだった。
ただでさえ帝国が混乱しているというのに、皇族同士で権力争いをするというのだから。
そうなると気になるのは、メアリの動きだ。
「ファーナ、ルニウを呼んでこい。いくらか考えたいことがある」
「わたしだけでは駄目ですか?」
「こういうのは、何人もいた方がいい」
「わかりました」
ルガーに関しては、コロニーの方にいるため今回の話し合いには参加しない。
アルケミアのブリッジにて全員が揃ったあと、メリアはルガーが入手してきた情報にもう一度軽く目を通す。
「多分、ほぼ確実に帝国の将来を左右するだろう反逆者についてのことだが……あいつはあたしに対してどう動くと思う?」
「む、これはなかなかに難しい問題です」
「確かに。クローンとオリジナルという関係性ですから、まず間違いなく、なんらかのちょっかいはかけてくるかも」
反逆者として、帝国の内戦を引き起こしたメアリ。
オリジナルである彼女がこのまま勢力を拡大していくなら、やがてクローンであるメリアに何かしてくることは確実。
それを考えるだけで、自然と表情は険しくなってしまう。
「あたしの予想だが、皇帝が撃たれた件に関してあいつは関わっていると思う。というか、これまでに帝国で起きた問題のいくらかは、あいつが仕組んだんじゃないかと思えて仕方ない」
「可能性は高いです。帝国軍との戦力差は圧倒的であり、事前に様々な工作をしていても不思議ではありません」
帝国が一つにまとまれば、いくらメアリが優秀な人物であっても勝ち目はない。
だが、帝国の内部がバラバラになってしまえば、敵対する時に色々と楽になる。
「うーん、その工作が、私たちのいるフランケン公爵領で炸裂しないといいんですけど」
「既にいくつかの工作はあったかもしれないが、今のところ危険な状態にはなっていない。注意するべきは、海賊の存在だ」
今はまだ、帝国内部において宇宙海賊がメアリに合流したなどの話は耳に入らないものの、その準備は着々と進められているだろう。
つまり、より決定的な場面でそれは行われる。
海賊の蜂起と、多方面における戦闘が。
「とにかく、海賊らしき存在を見つけたらすぐに捕まえる。そして倒すか他の星系へ追い出すかする」
「なぜ追い出すのですか? 倒す方が手っ取り早いと思いますが」
ファーナの質問に対し、メリアはやや声を抑えて答える。
「……オリジナルであるあいつはむかつくけどね、だからといって積極的に敵対したいわけじゃない。正直、帝国もあんまり好きじゃないしね」
「ふむふむ。では続きを」
「向こうが仕掛けて来ないなら、こちらから仕掛けたりはしないという意思を、それとなく伝えるためだ」
「しかしメリア様。この内戦を早期に終わらせるには、どちらかに積極的に味方することが必要です」
帝国は依然として強大であり、対するメアリはフルイドという異種族を味方につけているものの戦力や基盤が乏しい。
「もし、あたしが領地を持ってる貴族だったら、内戦に積極的に関わることもあっただろう。だけどそうじゃない。名ばかりの貴族でしかなく、いざとなれば他の国へ逃げてしまえる。大事な物はすべて一つの船に揃ってるからね」
「メリア様、ところでその大事な物に含まれている存在をお聞きしても? 例えば、アルケミアという大型船を動かす、とある存在とかだったりしませんか?」
「鬱陶しい質問には答えないよ。しっしっ」
どういう答えが出るか、あからさまに誘導しようとしているファーナに対し、メアリは追い出すように手を振った。
「では、ここで私が質問を」
「あ? 給金下げるよ」
「な、なんでもないです」
それを見てルニウも便乗しようとしたが、お金という脅しを受けてすぐに引き下がった。
それから三日が過ぎると迎えの艦隊が到着し、皇族の兄妹が率いる艦隊と共に、公爵領の中心部へと去っていく。




