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121話 一ヶ月

 セレスティア帝国の皇帝が撃たれる。一人の伯爵によって。

 この重大なニュースは瞬く間に広まっていき、帝国貴族の間でいくつかの動きが発生することに繋がる。

 あくまでも帝国に忠を尽くす者。

 メアリが次の皇帝となることを見越して接触する者。

 今後どう動くことが利益になるのか右往左往する者。

 もはや、距離を置いて嵐が過ぎ去るのを待つことはできない。

 帝国そのものが嵐となってしまったがゆえに。


 「ファーナ、艦隊の状況はどうなっている?」

 

 銃撃事件から一ヶ月。

 フランケン公爵領内において、メリアはスクリーンに映る艦隊を眺めていた。

 それは公爵位を相続したソフィアが所有する戦力にして私兵。

 一部の貴族は独自の戦力を保有しているが、維持するだけでもかなりの費用がかかる。

 とはいえ、フランケン公爵領は豊かな部類であるため、それなりの規模の艦隊を編成できるのだ。


 「一言で表すとなると、微妙。これだけです」

 「はぁ……頼もし過ぎて涙が出てくるね」


 公爵領は広く、今見えているのは一部だけ。

 五百隻もの艦船が宇宙空間で陣形を整えているのは結構な威容を誇るが、少し目を凝らすと陣形のあちこちに歪みがある。

 艦船同士がぶつかるまではいかないものの、もし同規模の相手と戦うことになれば、大きな被害が出てしまうだろう。


 「帝国の情勢が目まぐるしく動く中、公爵が所有している艦隊の一部を任されたが……もう少し使い物になる奴らがよかったよ」

 「それについては、使い物になる艦隊は重要なところに置いていて動かせないという話ですから」


 フランケン公爵領には、面倒なことに共和国と接している星系が一つある。

 帝国が混乱している時にちょっかいをかけられても困るため、威圧を含めてある程度の戦力が必要だった。

 それ以外に、有力な貴族と接している星系にも戦力を置かないといけないため、最終的に使い物にならない者が余ってしまうわけだ。


 「……まあ、微妙な実力とはいえ五百隻は大きい。というわけで訓練だ」

 「まずはしっかりと陣形を維持できるように。ですね」


 公爵たるソフィアは、今のところ大きな動きを見せてはいない。

 共和国が何かしてくる場合に備える必要があると言って、内戦にはあまり関わりたくないという意思をそれとなく示した。

 帝国政府は、この動きにやや不満そうな文章を送ってくるも、他の国が何かしてくる可能性はかなりの確率であり得るため、追認するしかなかった。


 「あのー、メリアさん、少しいいですか?」

 「どうした、ルニウ」


 アルケミアのブリッジで話していた時、ルニウがやって来る。

 大きな端末を抱えており、衝撃を与えないよう慎重に床へと置く。


 「それは?」

 「海賊だったルガーに頼んで、色々と情報を集めてもらいました。通信とかで送れない内容のが、ここに入ってます」

 「ふむ、これはまた凝った代物だね」

 「表向きは惑星から惑星を渡り歩く貿易商をしてたみたいで、売り物の中に紛れ込ませてたらしいです」

 「とりあえず、あいつが集めた情報とやらを見てみようか」


 これから行われる訓練は基礎的過ぎるものであるため、メリアたちは情報を見る余裕がある。

 大きな端末がブリッジの一部に接続されると、すぐ近くの画面上に大量の文字と数字が表示されていく。


 「オリジナルの方は、じわじわと拡大してるか」


 皇帝が撃たれて表に出ない間、メアリは新たに一つの星系を確保した。

 帝国軍は浮き足立っていて、付け入る隙ができたからなのだろうが、メリアとしては顔をしかめるしかない。

 長引けば長引くほど、状況は読みにくくなる。

 メアリがさっさと勝つか負けることが、帝国の内戦を早期に終わらせる道だが、今のところそれは叶わないだろう。


 「他の貴族も色々と動いているようですね。大々的に戦力を用意しているということが書かれています」

 「今後を考えるなら、じっとしているわけにはいかない。……海賊とかが雇われて、そういう伝手からルガーが情報を得てるのは、正直まずいけれども」


 ルガーがそうやって情報を得られるということは、他の者も海賊の繋がりを利用して同じようなことができてしまう。

 それは帝国をますます混沌とした状況へ導く可能性があるものの、メリアたちにはどうすることもできない。


 「メリアさん、メリアさん。これ」

 「うん?」


 ルニウが示した部分には、星間連合と接する星系の大まかな状況が書かれている。

 皇帝が表に出なくなってから、普段は見かけない犯罪組織が動き始めているというもの。


 「これ、セフィちゃんのいる学園コロニーとか大丈夫ですかね? 星間連合の星系も危なくなったりして」

 「多分、大丈夫だろう。おそらく、帝国の混乱を好機と考えて、星間連合から移って来たような奴らばかりだろうし。あとはまあ、星間連合はそういう連中をあえて送り込んだりしているかもしれない」

 「ええっ!? そんなことってあります?」


 メリアの語ったことは、なかなかに恐ろしい内容。

 ルニウは思わず否定するも、当のメリアはどこか渋い表情で文章を見つめていた。


 「星間連合は、元々はいくつもの国の寄せ集めに過ぎなかった。帝国という強大な相手がいたからこそ、対抗するための同盟がかろうじて成立した。なので、表向きは中央政府に従っていても独自に動くところばかり」

 「そうなると、犯罪組織を送り込むのはどうしてなのか気になります」

 「簡単だよ。国内にいる厄介な犯罪組織を正面から討伐するとなると、かなり大変だ。どこにどういう繋がりがあるかわからない」


 悪党には悪党なりの伝手がある。

 かつてのメリアが、海賊の利用する宇宙港でディエゴという人物との伝手を持っていたように。


 「まあ、逃げられたら意味がないですね」

 「そこで、帝国という混乱した地域に送り込み、内戦に巻き込ませて消してしまおうという考えが浮かび上がる」

 「……それって、帝国が討伐する形になるじゃないですか」

 「帝国の混乱を長引かせることができる。それに自国の治安を改善することもできる。……星間連合からすれば、良いことずくめってわけだ」

 「うーん、厄介なことになってきました」

 「あのオリジナルが目覚めた時点で、厄介な限りだよ。あとは、ほぼ確実に共和国も何かしてくることが予想されるわけだが」


 そちらについての情報はないか見ていくも、目ぼしいものはない。

 判明しているのは、国境となる星系の軍備を増強している程度。


 「今は、共和国の方はあまり警戒しなくていいか」


 ひとまず、訓練の方に集中するメリアだったが、アルケミアのブリッジから見ることができる五百隻の艦隊は、実戦に投入するには不安な動きのまま。

 一度、ファーナが動かす無人機の大群と戦わせて無理矢理にでも経験を積ませるべきか考えるが、それはそれで他の貴族の注目を集める。


 「安全な日々がどれだけ続くのやら」

 「もう終わるかもしれません。こちらに接近する艦隊の姿が」


 ファーナからの報告を受けて、メリアがスクリーンの一つを見ると、三百隻ほどの艦隊がまっすぐに近づいて来ていた。

 向こうは攻撃はせずに通信をしてくるため、どこからの艦隊か首をかしげつつも対応する。


 「どちらさまですか?」

 「君、その反応は冷たくないかね? いきなりやって来たから、こちらもあまり強くは言えないが」


 映像通信によって現れるのは、貴族らしき若い男性。

 内側に巻いたやや特徴的な髪型をしており、メリアの姿を見るとわずかに驚愕していた。


 「ううむ、あの反逆者と同じ姿をしているとは、君がモンターニュ伯爵であるか」

 「……ええ。そうなりますね」

 「おっと、どうやら君は私のことを知らぬようであるから名乗ろう。セレスティア帝国の第十皇子、アンリ・ブラン・セレスティアである。敬ってもよいぞ」


 両手を腰に当てて堂々と名乗る姿は、若い見た目もあってやや滑稽さが目立つ。

 相手が相手なので、メリアは思ったことを口にせず、黙ったままでいた。

 その時、アンリを蹴飛ばして通信画面から追い出す女性の姿が現れる。


 「……兄が失礼しました。メリア・モンターニュ伯爵。生身での会話を所望したいのですが、よろしいですか?」

 「ええ。もちろんです。皇族の方々が望まれるならば、それを実現するのが帝国貴族でありますから」


 皇族の兄妹という、まさかの大物がやって来たため、このまま追い返すわけにもいかない。

 通信が切れたあと、アルケミアへ一隻の艦船が近づいてドッキングしようとする。


 「はぁ……これはとんだお客さんだ。ファーナ、急いでソフィアに連絡を」

 「はい」


 あちらの目的がフランケン公爵であることは間違いない。

 だが、伯爵である自分を相手に、わざわざ通信ではなく生身での会話を求めるということは、いったいどんなことが語られるのか。

 メリアは軽くため息をついたあと、厄介なお客のところへと向かう。

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