120話 皇帝暗殺計画
帝国の政治的な心臓部たる首都星セレスティア。
そこには皇帝の過ごす宮殿が存在し、他にも大勢の貴族が滞在していた。
ほとんどは当主ではなく、なんらかの目的を果たすために送り込まれた者ばかり。
それは皇帝の護衛であったり、他の家との繋がりを強化するため、はたまた家同士の争いの仲裁というものすらも。
だが、そういった者たちに紛れる形で、まったく異なる目的を持つ者がいた。
「なあ、アメリア。僕にできると思うかい?」
「あなたならできるわ、ドミニク。だって私はそう思っているから」
ドミニク・ベッシュ。
彼は片手で持てる小さな端末に話しかけていた。
より正確には、端末の画面上に映っている一人の女性に対して。
映っているのは現実の女性ではなく、ややデフォルメされた二次元的な存在。
「そうか……そうだよな。君と出会ってから僕は変わったんだ。ここまで来ることができた」
「ええ。あなたは頑張ったわ。とてもね。誰も気にかけない小さな存在でありながら、皇帝陛下の過ごす宮殿の奥に入れるような立場になれたもの」
彼はベッシュ家の者として生まれたものの、他の兄弟や姉妹たちと比べて全体的に劣っていた。
外見から頭脳に身体能力、あらゆる部分において。
とはいえ、それでもただの平民よりは上なのだが、競争相手となる者たちは同じ貴族。
毎日の暮らしの中で劣等感に悩まされ、それでも努力をしてきたが、次の当主には選ばれなかった。
こうなっては仕方ないので、ベッシュ家のためにほどほどに頑張ろうと決めたある日のこと、彼の人生を変える出会いと出来事があった。
「それもこれも君のおかげだよ。アメリア。“タイニー・パートナー”というアプリのおかげで出会うことができた」
「うふふ、どういたしまして。私の外見のためにたくさん課金したことを思い出すわ。一時期は借金までするんだから、まったくもう」
「仕方ないじゃないか。買い切りにある分だけだと、満足行くコーディネートにならないんだから」
タイニー・パートナーとは、ユーザーが独自のバーチャルな友人を作ってお話することができるアプリ。
自ら学習する人工知能によってユーザーを飽きさせない、というのが宣伝文句であるが、非公式な代物なので限られた者の間にしか出回っていない。
そして重要なことに、このアプリはパートナーの性別や外見を好きに設定することができる。
最初は少ないパターンの中から選んでいくわけだが、アプリ内において様々な形態で販売されている髪型や衣服を購入することにより、パートナーを華やかに彩ることが可能になる。
「でもねえ……動物の耳をつけたりするのは、さすがに恥ずかしいわ」
端末の画面上では、黒い髪に青い目をした女性が、もじもじとしながら頭に猫の耳を生やす。
数秒もすると消えるが、ドミニクはやや焦りながら周囲を見渡し、人がいないことに気づいて安堵するように息を吐く。
「ああもう、びっくりするじゃないか」
「動物の耳を購入して付けたのはどこの誰でしたっけ?」
「うっ……」
「それにすぐ消したでしょ? 大丈夫。周囲に人がいる時はしないから」
端末の中にいるアメリアはクスクスと笑う。
タイニー・パートナーは、ユーザーの迷惑になりそうなことも平然と行う。
とても感情豊かに。
それは機械的な反応を返す既存のアプリのキャラクターとは違い、人の心を掴んで離さない。
ドミニクも例外ではなかった。
「さて、それじゃそろそろ行きましょう? ベッシュ家の当主様」
「……ああ、そうだね」
人生を変えるものの一つが、タイニー・パートナーとの出会い。
では出来事の方はどのようなものであるか。
それは、彼以外のベッシュ家の者たちが、次々と不幸な事故に遭うというもの。
偶然亡くなった者もいれば、誰かに殺されたような者もいる。
ベッシュは恐怖し、それゆえにタイニー・パートナーにのめり込んでいく。
そしていくらかの月日が流れたあと、生き残ったのは彼だけ。
必然的にベッシュ家のすべてを相続することとなり、一部の貴族からは、家を手に入れるために今まで能力を隠していたかという風に語られる。
「……みんな、ひどいんだ。僕はただ怖かっただけなのに」
宮殿の通路を歩く途中、ドミニクは呟く。
「昔を思い出したの?」
「正直、当主と呼ばれても実感が湧かないよ。僕は、君といられるならそれでいいのに」
「一緒にいる。そのためにはするべきことがある。それが果たされたなら、私たちは永遠に一緒。今は勇気を持って踏み出しましょう?」
「……怖いな。とても怖い」
震える声と共に、彼は衣服の一部に触れる。
そこにはわずかな膨らみが存在しているが、中にあるのは小型のビームブラスター。
殺傷設定にしてあり、撃てるのは三回まで。
「できるのかな、皇帝陛下を……なんて」
「ええ、できる」
アメリアは大きく頷いた。安心させるようにゆっくりと。
「本当に? 大勢の警備がいるはず」
「もちろん。さっきも言ったけど、私はそう思っている。自分が信じられないなら、私を信じて」
次は柔らかく微笑んだ。
彼女は、ドミニクが自ら作り出した理想のパートナー。
三次元的ではなく、二次元的なバーチャルの存在とはいえ。
そんな彼女からの後押しは、ドミニクの全身を満たしていた恐怖を薄れさせていき、やがて無くしてしまう。
「うん、うん、そうだね。勇気を持って踏み出そう。そうすれば君とずっと一緒だ」
皇帝と面会する予定の者を書いた名簿に、ドミニク・ベッシュという貴族の名前が記されている。
理由は、帝国と敵対するメアリ・ファリアス・セレスティアを討伐する支援として、皇帝に多額の寄付を行ったというもの。
実に、ベッシュ家の財産の八割という驚くべき規模であり、これはもう領地や家を維持するだけで精一杯になるほど。
「ドミニク・ベッシュ伯爵。皇帝陛下がお待ちです。端末については、どこかへ仕舞われますように」
「……はい」
ドミニクがそれほどの寄付をしたのは、アメリアからの後押しがあったから。
永遠に一緒にいるためには、皇帝を撃つ必要があるという囁きからだった。
皇帝としては楽な状況ではないため、皇帝個人へ大規模な寄付を行えば、直接会うことができる。
アメリアが言う通りに彼は動き、そして今、帝国の頂点たる皇帝が目の前に存在している。
護衛もいくらかいるとはいえ、多額の寄付をした人物ということで警戒は薄い。
「宇宙に選ばれた存在であり、この銀河に繁栄と安寧をもたらす唯一の方である皇帝陛下の臣として、私ドミニク・ベッシュは財産の寄付を行いました」
「うむ。そなたの忠義に感謝しよう」
「つきましてはお願いしたいことが」
「申してみよ」
「彼女との永遠のために撃たれてください」
パシュ パシュ
取り出されたビームブラスターからは小さな発射音がするも、それはドミニクにしか聞こえない。
その代わり、細いビームが皇帝の胴体を貫くのを、この場にいる全員が目にする。
一発は外れ、もう一発は命中、しかし三発目が放たれる前に護衛は動く。
「ぬ……ぐっ……」
「へ、陛下!!」
「急いで医療室へ!」
「貴様ぁ!」
護衛はすぐに反撃に出ると、いくつものビームがドミニクの全身を貫いていき、立てなくなった彼は倒れる。
その時、仕舞っていた端末が落ちて目の前に転がる。
「ついに撃ったのね。あなたは銀河を大きく動かす存在となったわ」
「アメリア……僕は……」
「永遠に一緒ね。もしも死後の世界があるのなら」
「もし、もしも、なかったら……?」
「…………」
アメリアは答えない。ただ微笑むだけ。少しだけ悲しそうな表情を浮かべて。
そのあと、端末にビームが放たれて破壊されると、ドミニクは薄れていく意識の中、口を動かす。
「僕は、騙されていたのか……でも、いいか」
ほとんど声にならないその呟きは、迫りくる多数の足音の中に消えていく。
ドミニク・ベッシュ。彼は初めて人を撃った。バーチャルなパートナーに言われて流されるまま。
その最後に湧いた感情は、彼以外の誰にも知ることはできなかった。
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