119話 落ちこぼれ
「これが巡り合わせというやつか。広い宇宙、まさかまさかの出会いだ」
「このあとも無駄話が続くなら帰ってもらうが」
どこか演技混じりで話すルガーの姿を見て、メリアは顔をしかめると、意趣返しにわざとらしくビームブラスターを弄りながら言う。
殺傷設定にしてあるので、遠回しな脅しでもあった。
「気が短いな。なら次に進めよう。……あんたはどこの手の者だ? 俺は、リープシャウ伯爵だった。当の本人が皇帝陛下に消されちまったがね。生き残った夫人やその子どもたちには、俺の存在は隠されていた。なので新しい仕事を得ることはできないまま」
「今はフランケン公爵からの仕事を受けている。そっちはそのあとどうしていた?」
「溜め込んだ金で細々と食い繋いでいた」
海賊と一口に言っても、様々な者がいる。
基本的には集団で行動するところがほとんどであり、かつてのメリアのようにずっと一人というのは珍しい。
まず単純に、性能が良い船というのはどうしても大きくなってしまい、その分だけ多くの船員が必要になる。
小型船で活動する者も、他の者と協力した方が安全なので必然的に群れる形になる。
警察や軍だけでなく、海賊同士でも争うため、それなりの戦力がないとやってられないという事情があるわけだ。
「豪華客船を襲ってきた時は、ずいぶんとまあ大所帯だったが」
「色々と根回しをして、さあ稼ぐぞという時に、どこかの誰かさんによる邪魔によって、最低限の仕事しかできなかった。その誰かさんは、一般人のふりをしていた海賊だったりするのかもしれないが」
明らかにメリアのことを言っているが、メリアはそのことについては無視した。
「その海賊には、可愛くて優秀なハッカーとかが協力していたりするでしょう」
ファーナは自分が関わっていたことをアピールするも、無視されてしまう。
「む、まさかの無視ですか」
「話の腰を折るんじゃない。……最低限の仕事ということは、ほとんどの奴らは捨て駒かい」
「まあそうだ。それについてはリープシャウ伯爵からの注文も含まれていた。増えてきた海賊をこの際一気に減らすためとのことでね」
「で、元々はどんな仕事を任されていた?」
「あの豪華客船なんだが、ご禁制の品物を密輸していてな。なんと、遺伝子を弄くって形を人に近づけてある犬や猫ときた。おそらくはペット用」
苦笑しつつ語るルガーであるが、動物の遺伝子を弄って人に近い姿にすることは、銀河のどの国であっても違法である。
それもかなりの重罪。
だが、密輸される程度には需要があるため、今もどこかで作り出されていることだろう。
「ペット用として遺伝子を……」
近くで聞いていたルニウは、遺伝子関連ということで険しい表情になるも、話を止めるわけにもいかないため黙ったままでいた。
「気分を害したか? この話にはもっと面白い部分があるんだが」
「ろくでもない部分の間違いじゃないのかい」
「それは人による。でだ、俺が回収したご禁制のペットたちだが、勝手に作り出されたのに勝手に殺すのは、さすがに忍びない。ということで、専用の保護施設がある」
「……ここまでは普通に思えるが」
「ここからが傑作だ。そこは国営の施設なんだが、一日に入れる人数を制限される程度には大勢の見学者が訪れる。……珍しい動物園代わりとしてな。入場料取ってるから、国の方もわかっていてやってる」
メリアは軽く舌打ちすると頭を振った。
勝手に作り出され、見世物としての日々を送る。
どこまでいっても人間に振り回される哀れな動物たちに、どこか同情していた。
自分自身、勝手に作り出されたクローンであるがゆえに。
「誰かに引き取らせるわけにもいかない。だから資金を工面するためには仕方ないこととはいえ、気分は良くない」
「まあ、まだ面倒見て貰ってるから、遺伝子を弄られた動物は救いがある。考えなしに盛り上がる見学者が鬱陶しいのを我慢すれば。……帝国において、救われない存在が何か知ってるか?」
「……その言い方すると、スラムとかに生まれた者以外のことを言いたそうだね」
「ああ。そして意外なことに貴族だ」
「より正確には、求められる能力を満たせなかった貴族」
「なんだ、あんたも元貴族だった口か? 実は俺もなんだ」
ルガーは軽く笑った。ただ、それは口元だけで目は笑っていない。
貴族は、遺伝子調整をしていないことが大前提。
それが例え難病を治すためであっても、遺伝子に何かしたら、それだけで貴族ではいられなくなる。
「貴族の生活ってのは、なかなかに厳しい。よちよち歩きの頃から勉強の毎日。成長で体が出来上がってくれば、運動もしないといけない」
「……人脈を増やすため、さらにパーティーにも参加する必要がある」
「それもこれも、遺伝子調整した平民よりも貴族は上でなくてはならないから。とはいえ、遺伝子調整なしに優秀な者を選別するとなると、当然ながら落ちこぼれる者は大量に出てくる。数人、数十人、場合によっては数百人。当主の座、領地を含めた家の財産、あらゆる物をたった一人に相続させるために」
帝国において、平民と貴族では適用される法律にも細かな違いがある。
遺伝子関連の他に、財産の相続に関することが主なものになる。
平民の場合は、誰にどのくらい相続させるか決めておくことができるが、貴族の場合はたった一人のみしか決めることができない。一切の分割を許さないのだ。
「何も相続できない貴族の落ちこぼれ。その大半は平民に混じって労働している。だが、働ける場所も無限にあるわけじゃない」
人工子宮などの技術により、既に少子化は遠い世界の話となる。ここに老化抑制技術の発展が合わさる。
人が減り続けているならともかく、多少の増減はあっても安定しているため、そうなるとどうしても仕事にありつけない者は出てきてしまう。
「食っていくため、ご覧の通りの結果となるわけだ」
ルガーは自らを指差してから肩をすくめる。
「まあ、家のために働くという手もあるんだが、兄弟姉妹の誰かが当主となったのに、そいつに忠義を捧げるなんてできるものかよ」
「……他人だったらできる。だが家族であるせいで耐えられない。そんなところか」
「そうだ。家族だからこそ耐えられないことはある。あんたはどうなんだ?」
「あたしは……色々あって海賊をして、今は足を洗って伯爵家の当主となった」
クローンという出自、処分という危機、それからの日々に、ろくでもない人工知能との出会い。
過去を思い返すメリアは、一度目を閉じた。
ろくでもない出会いの部分で少し顔をしかめそうになったためだ。
「そいつは羨ましい。俺は、不幸にして幸運な伯爵様に仕えたいが、どうだろう? フランケン公爵からは討伐するよう頼まれたはずだ。しかし、俺を殺さずに使うなら色々な使い道がある」
「なんだ。命乞いか」
「そうだ」
「なら、そろそろ銀河中で一番熱い話題について聞きたいね」
帝国に反旗を翻した古い時代の皇帝。
そんな彼女について、目の前にいる貴族崩れの海賊がいったい何を知っているのか。
メリアは内心首をかしげつつも、話すように促した。
「さてさて、誰もが注目する帝国の行く末。これの鍵を握るのは、大勢の貴族たち。……これが一般的な認識だ」
「そうだね」
「しかし、最も重要な者たちが忘れられている」
「それは? 平民か?」
「いいや。海賊たちさ。具体的には、海賊に落ちぶれた元貴族」
「……詳しく聞きたいね」
「その前に、俺をあんたの配下にしてくれ。討伐するのではなく。そうすれば続きを話す」
「ふん、これ以上周囲に迷惑をかけないなら見逃してやる。あたしも人様のことをどうこう言えない海賊であったわけだし」
ルガーはそれを聞いてほっとしたのか、少し体に力を抜いたあと、話の続きを口にする。
「海賊やるにも頭の良さは必要だ。まあ善悪抜きに、組織ってのはそういうものだとして。そうなると、幼い頃から厳しい教育を受けてきた元貴族が、大きな海賊団を率いることが増えてくる」
「それで? それがあのメアリ皇帝とどういい関わりが?」
「……あのメアリという人物が実質的な宣戦布告をしたあと、俺のところに仲間にならないかという勧誘があった。メアリの支持者と名乗る者から」
「それはまた……厄介なことだね」
「俺は迷った。帝国ってのは強大で、遠回しな自殺になるんじゃないかと。悩んだあと断ると、どこかに行ってしまった」
「他には?」
「ない。俺が知っている範囲での、元貴族の海賊に声をかけているようでな。だから俺は潜伏することに決めたのさ。帝国が慌ただしい時に、わざわざ討伐にやって来るような物好きがいたせいで破綻したが」
面倒なことからは遠く離れて隠れるに限る。
その考え自体はいくらか理解できるメリアだったが、それを口にしたりはしない。
「残る海賊を討伐する予定だが手伝え」
「その前に一つ。あんたの名前と、どこの伯爵様なのかを教えてほしい」
「……メリア・モンターニュ。モンターニュ伯爵家の当主だ」
「これはこれは……。かしこまりました、伯爵様の仰せのままに」
わざと言っているのが明らかなルガーだったが、メリアは相手のおふざけに付き合わず、こちらの大型船についてくるようにとの指示を出す。
そのあとの討伐だが、時間がかかるだけで苦労はない。
見つけるまでが大変で、そのあとは軽く蹴散らせるからだ。
出発から十日ほどが過ぎたあと、フランケン公爵領の中心地たる惑星ヴォルムスへと帰還し、ソフィアへと報告を行うも、通信画面に映る少女の顔は深刻なものになっていた。
「海賊の討伐はご苦労でした。報酬はあとで振り込みます。ただ、非常にまずい問題が」
「いったい何が?」
「数十分前のことです。……首都星セレスティアにおいて、皇帝陛下が何者かに撃たれました」
「なっ……!!」
それは驚くべき出来事だった。
どういう形であれ、帝国はもう元通りにはならないことが確定してしまったからだ。
「生死は不明とのことですが、そのような発表となる時点で、長くはないかと」
「公爵閣下はどうされるおつもりで?」
「どうしましょう?」
「…………」
あまりにも気の抜けた返事に、メリアはなんともいえない表情になる。
「せめて一年か二年あれば、他の有力な貴族との繋がりができているのですが、今はまだありません。こういう厄介な事態に対応できそうな叔父上は死んでしまいましたし」
「そろそろ旗色を鮮明にする時が来たわけだが、どっちに味方する?」
「どっちにも味方せずに、勝った方ととりあえず仲良くしたいです。わたくしは公爵領だけで手一杯なので」
「また難しいことを……」
「なので、もうしばらくお手伝いをお願いします。報酬は弾みます」
「……権限が増えないと、対応できることには限りがある」
「では周囲の状況を見ながら相談ということで」
帝国の内戦は、その規模を拡大することがほぼ確実となった。
長引かないことを願うメリアだったが、疑問も浮かぶ。
誰がどうやって皇帝を撃ったのか? 厳しい警備を突破してまで。
いくらか考えるものの、これといった答えは出ないまま時間が過ぎていく。




