114話 陸軍からのお迎え
一般の労働者が利用する平凡なホテルの一室。
そこではベッドに横になっているルニウの姿があった。
「……長い」
室内にある浴室の方を見ながら、小さな呟きが漏れる。
少し前、血のついたメリアとファーナがやって来ると、すぐさまシャワーを浴び始めた。
既に二十分が過ぎているが、一向にシャワーの音が途切れないため何かあったのか心配になってきたが、まず身体にタオルを巻いたメリアが出てくる。
「ようやくですか」
「少し時間が経ったせいで簡単には洗い流せなくてね。ファーナはじっくりと洗うからまだ残るそうだ」
「水道代が結構な金額になりそう。まあ、ここはホテルなので、よっぽどじゃないと問題はないんですけど」
ごろんと寝返りを打つと、やや大きな窓から外の景色を見ることができる。
「いやー、平和ですねえ。遠い宇宙の、いくつか星系を挟んだ先じゃ、帝国の今後を決める戦いが進んでるってのに」
「惑星一つでも、だいぶ距離が離れたら戦争は遠い世界の話になる。星系ともなればなおさら」
「で、どうするんです?」
「何が?」
「皇帝とメアリのどちらにも味方しない。とはいえ、どちらが勝とうともそれなりの勢力を持ってないと困るわけで」
ルニウからの質問に対し、メリアは軽いため息をつく。
「本当にどうしようもなくなったら、他の国に逃げる。貴族といっても名前だけ。こっちは身軽なんだ」
「ま、そうなりますよねえ。死ななきゃ、案外なんとかなるわけで」
「その場合、家族とかには会えなくなる。念のため、今のうちに会った方がいい」
「そういうメリアさんこそ、昔育った家を見に行ったりはしないんですか?」
「……お前が行ってみたいだけだろ」
「いけませんか? ファーナも似たようなこと言うと思いますけど」
「余裕があれば行くよ。余裕があればね」
夜遅いので話は途中で切り上げられ、しばらくの間、濡れた髪の毛を乾かすためにドライヤーが作動する音が続いた。
翌朝、ホテルの朝食を口に運んでいたメリアのところに来訪者が現れる。
それは兵士であるジスラン。
やや寝不足な顔であるところからして、だいぶ朝早くに起きたのだろう。
「おや、一日も経ってないのに来るとは」
「お偉いさんが熱心でね。そのせいで、昨日は夜遅くに寝たのに、こうして朝早くに駆り出されることになった」
「兵士は大変だね。生体兵器なんて代物を都市の中に持ち込んだ馬鹿が悪いとはいえ」
「本当にな。食事が済んだら言ってくれ」
「いや、待たなくていい。今済ませる」
半分ほどになっていた朝食を、メリアはやや礼儀を無視してすぐに食べ終えた。
それを見たジスランはわずかに表情を変える。
「……これまでの間に何をやってた? まるで海賊や軍の兵士のような早食いだ。貴族らしさからは離れている」
「言う必要があるのかい?」
「いや……個人的な好奇心から聞いたことだ。失礼した」
呼ばれているのはメリアだけということで、ファーナはルニウと共に留守番となる。
軍関係者に性能などを知られると面倒なので異論はなかったが、その際にファーナはウインクしてみせた。ジスランに気づかれない形で。
ほぼ確実に適当な機械に入り込むのだろうが、表沙汰にならない限りは、メリアとしては何か言うつもりはなかった。
「予定としてはどのくらいの時間が?」
「さあね。お偉いさん次第だが、二時間か三時間ほどだろう」
送り迎えのために用意された車両の中、大まかな予定を聞くものの、メリアはわずかに表情を変える。
「忙しそうなのに、それだけの時間を捻出するとは」
「年若い公爵様に自分のことを覚えてもらい、さらに上の地位を……ってな。そのために、フランケン公爵と繋がりのある人物をもてなすわけだ」
「そういう期待には応えられないんだがね」
「文句は上にどうぞ。俺は下っ端なので」
しばらくすると、都市の近くにあるやや慌ただしい基地に到着する。
慌ただしいのは、キメラという生体兵器の存在が影響しているのだろうが、場所によっては落ち着いていて静かなところもある。
「軍はそこまで大変じゃなさそうだ」
「どこかの誰かさんのおかげで、早期にキメラを倒せたからな。もし一般人に被害が出ていたら、もっと警戒した状態でさらに慌ただしいことになっていた。……今は警察の方が大忙しだ。他にもいるんじゃないかと戦々恐々としている」
都市の中に持ち込まれたキメラという生体兵器が一体だけなのか? それとも他にも存在しているのか?
それを調べるだけでも一大事なのは理解できるため、メリアは車両の中から外を眺めつつ苦笑した。
「なるほど」
「だから、面倒な仕事を減らしてくれたという意味でも感謝するだろうな」
やがて車両は止まるので、メリアはジスランに案内される形で基地の中へと入る。
すれ違う者からの視線を集めるが、兵士であるジスランが同行しているからか、特に何か言ってくる者はいない。
エレベーターに乗って五階に。そして大きめな扉を越えた先には、数人の男女がいた。
「初めまして。私はバジル・ラフォン。この惑星ヴォルムスにおいて、陸軍の少将を任せてもらっています」
「メリア・モンターニュです。昨日は大変でした」
「ええ、まったくです。どこの誰が、あのような恐ろしい代物を持ち込んだのやら」
バジルと名乗った壮年の男性は、わずかに険しい表情となった。
宇宙からどんな物が運ばれてきても、まずは宇宙港で様々な検査が行われる。
それをクリアした場合のみ、軌道エレベーターで地上へと送り届けられるのだ。
だが、それを突破したということは、犯罪組織に協力する者がいることに他ならない。
「まあ、暗い顔をしていても仕方ありません。幸いにも、今のところ見つかったキメラは一体のみであり、それもメリアさんのおかげで被害が出る前になんとかすることができた」
「共和国のアステル・インダストリーが作り上げたキメラという生体兵器は、勝手な予想ですが結構な値段がするはず。……ラフォン少将、心当たりなどはありませんか?」
メリアが真面目な表情で尋ねると、少将は目を閉じて考え込むような仕草をしながら、近くの者から端末を受け取った。
「それが、なかなかに難しいのですよ。これをご覧ください」
「これは……他の惑星の状況のようですが」
それは帝国の様々な惑星におけるニュース映像がまとめられたものだった。
放送局の違いはあれど、共通する出来事が書かれている。
都市においてキメラが暴れたというもの。
メリアは思わず目を見開いたあと、バジル・ラフォン少将の顔を見る。
「なんとも厄介なことに、同時多発的にキメラが出現しました。あらかじめ示し合わせていたかのように」
「……どのような犯罪組織でも、これだけ広範囲に生体兵器という代物を運び入れることは容易ではない。つまり、犯罪者よりも強固な組織がこれらを成し遂げた」
「メリアさんはそう予想しますか。こちらとしても、そう遠くない判断ですが、そうなると恐ろしい事実が浮かび上がります。……帝国貴族がこの件に関わっているというものです」
帝国貴族。
その単語が出た瞬間、先程までの穏やかな雰囲気は消え失せ、重苦しい沈黙が満ちていく。
もし貴族が関わっているとなれば、いったいどれだけの者たちが関係しているのか、想像するだけで頭が痛くなる。
メリアは顔をしかめたあと、改めて少将の方を見る。
「少将の危惧を、フランケン公爵にお伝えするために私は呼ばれたと考えても?」
「半分ほどは。貴族ではない者が今のようなことを言ったところで、どれだけ聞き入れてもらえるかわからないものでして。あとは感謝の気持ちをお伝えしたくて呼びました。他の都市では、死者こそ出なかったものの負傷者は多数。しかしながら、私の管轄している範囲においては、負傷者すら出さないままキメラをどうにかできた」
そう話す姿はやや嬉しさが漏れ出ていたが、出世を考えると今回の一件がもたらす影響は大きい。
そのため、感謝しているという言葉は心からのものであるのだろう。
「わかりました。ここを出たあとにお伝えします」
「おや、もうお帰りになられますか? 祝うための席を用意していますが」
「基地の中では、他の者へ示しがつかないかと。それに、フランケン公爵へ伝えるのは早ければ早いほどいい。違いますか?」
「それでは無理に引き留めるわけにもいきませんな」
基地からホテルに帰るため、来た時と同じようにジスランが運転をする。
少しすると、何か聞きたいのか彼は呟いた。
「よかったのか?」
「というと?」
「ヴォルムスはフランケン公爵領の中でも豊かな惑星。陸軍とはいえ、仲良くしておいた方が得だったはず」
「それよりも大事なことがある」
「キメラについてか」
「その通り。偶然、都市の中で現れたわけじゃない。なんらかの強力な組織が、様々な惑星に仕込んでいた。……何か重要な目的のために」
「まあ、キメラは大きい。それを大量に用意するだけでも大変で、しかも同じくらいの時期に暴れさせるとなると、いったいどこがやったのやら」
ただのペットなどではない。
生きている兵器。しかも大型ときている。
購入、維持、拡散、隠蔽、そのどれをとっても多額の費用がかかることは間違いない。
「考えられるのは大雑把に三つ。国内の貴族、共和国、星間連合」
「まいったね。タルタロスでの戦闘を含めて、帝国は大変な時期に差し掛かったか」
ホテルに到着したあと、ジスランは軽く敬礼してからその場を離れた。
メリアはファーナやルニウと合流すると、急いでフランケン公爵であるソフィアへと連絡を行い、キメラについて予想され得ることを大まかに語った。




