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113話 早期の鎮圧

 「……これはどういうことだ? なぜ部外者を?」

 「彼女が言うには、地下にはキメラという生体兵器が存在しているとのこと」


 兵士たちの視線がメリアに集まったあと、隊長らしき男性が前に進み出る。


 「興味深い話だが、まずはそのサングラスを取ってもらいたいな。顔の見えない人物の話を信じるほどお人好しではなくてね」

 「そうなるとは思った。ただ、あまり騒がないでほしいけどね」


 メリアはサングラスを外す。

 すると、この場にいる半数近くが驚いたような声を出した。

 周囲に聞こえないよう抑えていたものの、驚いた理由は明白だった。

 皇帝に対して宣戦布告したメアリという人物と同じ顔をしている。

 そのせいか、一部の者は銃を構えようとするほど。


 「待て待て、撃つ許可は出していないのに撃とうとするな」

 「隊長殿は理性的で助かるよ」

 「まず、あなたのお名前をお伺いしたい」

 「メリア・モンターニュ。モンターニュ伯爵家の当主をしている。とはいえ、日は浅いので知らないとは思う」

 「ほう、貴族ねえ?」

 「疑ってるなら……フランケン公爵辺りに聞くといい」

 「時間がないのによく言うもんだ。真偽はあとで調べる。……ジスラン・アルニエだ。アルニエ伯爵家の者だが、実家とはほとんど縁が切れている。なにせ、他の兄弟とかと比べて出来が悪いせいで、地上の陸軍に無理矢理送り込まれた」


 肩をすくめつつ言う姿からは、ある意味清々したという感情が読み取れる。


 「どうやら、そちらの家はずいぶんと教育熱心な様子」

 「ふん、公爵家の方々に比べたら可愛いものさ。まだこっちは、子どもを育てているという感覚が残っているから。公爵家ともなると、次の当主として相応しい者を生産するため、品種改良しているような勢いだ」


 人工子宮を利用することで、肉体に負担をかけずに子どもを生み出すことが可能となった。

 それは多くの子どもを作ってその中から選別することへと繋がる。

 彼が口にした人間の品種改良というのは、それなりに的確な例えだった。


 「そこまでやるなら、いっそのこと遺伝子調整してしまえと言いたい。不出来な息子としては」

 「しかし、それでは遺伝子調整していないという貴族のブランドがなくなってしまう。庶民に遺伝子調整を許しながらも貴族には許さない。遺伝子調整した者の高い能力や見目麗しい外見を、していない身でありながらも持っているというのは大きい。だからこそ、帝国は今になるまで存続してきた」


 メリアが語ったことは、帝国の貴族が学ぶ基本的なもの。

 平民と貴族の間には、見えないながらも確かな壁が存在したが、そこに遺伝子調整の有無という新たな壁を設けることで、その立場を、地位を、より強固なものとするわけだ。


 「……もうお腹いっぱいだ。それ以上は聞きたくない」

 「なら、そろそろキメラという生体兵器へどう立ち向かうかの話がしたい」

 「キメラ、か。おおよその情報を確認したことがあるが、今ある装備じゃ仕留めるのは難しいな」


 威圧用の戦車が一つ。機関銃の付いた装甲車が二つ。あとは人間が携行できる銃器と、各種グレネードだけ。

 兵士の人数は三十人。

 元々、軍隊ではなく犯罪組織を相手することが想定されていたため、このような編成になっていた。


 「空軍などの応援を呼ぶことは?」

 「今の段階では難しい。もう少し経って、キメラの姿がはっきりと現れたら動くとは思うが」

 「唯一効果がありそうなのは戦車砲。ただ、都市の中では撃つに撃てない」

 「外した時が怖いからな。そもそも数発しか弾を用意していない」


 都市の中での戦闘は、行動が大きく制限される。強力な兵器になるほど、流れ弾の問題が大きくなるために。

 だからといって、キメラが暴れるのを見過ごすわけにもいかない。


 「透明な相手を見ることのできる装備は?

 「ある。念のため、全員が光学迷彩に備えている」

 「戦車は隠しつつ、装甲車は分散して配置。兵士は包囲する形で待機し、隠してある戦車のところに追い込む」

 「待て。部外者が勝手に話を進めるな」

 「フランケン公爵から、指揮権を一時的に譲ってもらっている」

 「馬鹿な。そのようなこと……」


 ジスランは大急ぎで上層部に確認を行う。

 いくらなんでも論外だと考えたからだが、数分後、かなり苦々しげな表情を浮かべてメリアの方を見た。


 「……嘘であって欲しかったが、どうやら一時的に委ねる状況になってしまったようだ」

 「上の方にはいくらか伝わってるとなると、空軍を寄越すように連絡を入れてもらいたいね。爆撃までは求めない。機甲兵が搭載できて、空中から狙撃できる程度でいい。できるならビーム系統の兵装のを」

 「……へいへい、了解しました」


 ジスランはもう一度連絡を入れると、メリアの要求をそのまま伝える。

 キメラがいることについては半信半疑といった対応をされるが、許可がなんとか出る。

 到着については十数分後となる予定。


 「さて、臨時の上官殿。お次は?」

 「さっき言った通りに配置を。地図を見る限り、通路として進めるのは二ヶ所。残りは他の建物に遮られている」

 「トカゲみたいに建物の壁を進む可能性については?」

 「ハッキングとかを見逃してくれるなら、対処する方法はある」

 「……そこのロボットがやるわけか?」


 ファーナへ一時的に視線が集まる。


 「そうなるね。遠隔操作できる機械を使い、建物から引き剥がす。金銭的な被害はそれなりに出るだろうが、生体兵器が都市の中で暴れ続けるよりはマシなはず」

 「……まあ、視界の中に生体兵器にいたなら、どこかの誰かがハッキングしようがそれどころじゃない」

 「よし、動こうか」


 犯罪組織とキメラの戦闘はまだ続いているのか、地上にこれといった動きは見られない。

 その間に準備を済ませるため行動していく。

 警察に関しては、周辺の避難や封鎖に力を入れるよう求めたあと、メリアはファーナと共に戦車の隠れている方面に立っていた。

 自分たちを囮にし、キメラがやって来た瞬間、横合いから戦車が撃つという形を取ったのだ。


 「こちらジスラン。包囲の形成は完了した。ただ、そちらの武装はろくなものがないように思えるが」

 「だから、キメラはこっちに来るだろうね。銃器を構えた怖い兵士たちがいない方向へ」

 「率先して危険な役割を引き受けてくれることには感謝する」


 話しているうちに、半壊していた建物はとうとうすべて崩れ落ちた。

 戦闘の余波か、それともただ耐えきれなくなっただけか。

 それはともかく、瓦礫を押し退けるように、地下から見覚えのある異形の姿が現れた。

 エア・カーに匹敵する大きな体躯をしているが、よく見ると表皮にわずかな傷がある。

 地下で起きた戦闘の影響なのだろう。


 「ファーナ、他の建物に行った時の備えは?」

 「できてます。いざとなったら、自走できるゴミ箱とかを窓から突っ込ませて、無防備なお腹を狙ってやります」


 キメラはこちらを認識したあと、数秒ほど見つめてから透明になった。

 移動のたびに瓦礫が動くので、今はまだ肉眼でも位置がわかる。


 「こっちに来てるか」

 「反対方向じゃないので、すぐに済みそうですね」

 「油断はするべきじゃないよ」


 歩みに遅さからして、警戒しているのは明らか。

 ならどうするべきか?

 メリアはまず、わざとキメラから離れた場所を撃った。

 当然、当たるはずがないものの、そのあと演技をする。


 「くそっ、あのデカブツはどこにいる!? おい、そちらで撃てる者は撃て!」

 「なんだと? ……いや、了解した」


 離れていても意図を理解したのか、ジスランたちによって散発的な銃撃が行われる。

 それにより、瓦礫の上を移動していたキメラの動きに変化が出てくると、メリアの方向へと加速していく。


 「来た。ファーナ、戦車の方に情報を共有」

 「はい」


 当てずっぽうな射撃をしながら後退していくメリアは、予定された地点で立ち止まった。

 もはや瓦礫から離れたキメラの位置はわからないため、ファーナの目を頼るしかない。


 「正面、十メートル……五メートル……三メートル……一メートル」


 ドン!


 大きな音のあと、メリアのすぐ目の前で何かが弾けた。

 血しぶきと肉片が散らばり、透明でいられなくなったキメラが出現すると、ふらつきながら地面に倒れる。


 「倒したか」

 「ひどい格好になりましたが」


 メリアとファーナのどちらも、キメラの血を全身に浴びてしまっていた。

 あまりにも凄惨な姿に、合流したジスランたちも思わず驚くほどだったが、ひとまず都市における生体兵器の鎮圧は完了する。

 犯罪組織の残党への対処は警察に任せる形となり、状況が一段落したあと、汚れを落としに立ち去ろうとするメリアだったが、ジスランは呼び止める。


 「待った。陸軍のお偉いさんが会いたいとのことだ」

 「あたしがフランケン公爵と繋がりがあるからか」

 「……まあ、その、そうだ。キメラによる被害が出ないままどうにかできたことを祝うためとか言っていたが」

 「明日か明後日でいいかい? 今日はもう遅い」

 「部屋なら用意するとのことだが」

 「待たせてる相手がいる。それにこの格好じゃあね」

 「ああ。わかった。あとで場所を教えてくれ。そこに軍からの迎えが来る」


 ジスランたちと別れたあと、メリアはルニウと連絡を取る。

 そして軌道エレベーター付近にある宿へ、タクシーで向かう。


 「お客さん、その姿はいったい」

 「余計な詮索はなし。ほら、これだけあれば足りるだろう?」

 「おっと、これは失礼を」


 タクシーの運転手に口止め料を払うと、メリアは窓から外を眺めた。

 混乱は広まっていないのか、ありふれた日常が続いている。

 都市の中に生体兵器が存在していたというニュースが放送されたら、多少は変化があるだろうが、それでも数日もしないうちに元通りとなるだろう。

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