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111話 囚人という立場からの解放

 さらに何日かが過ぎると、フランケン星系唯一の有人惑星たるヴォルムスへと到着する。

 公爵領のほぼ中心近い位置に存在するこの星系は、他の星系に向かうためのワープゲートが多く存在する交通の要所でもあった。


 「さて、まずはタルタロス関連の手続きからか」

 「宇宙港で地上に。その後、帝国の行政関係の施設へ向かう必要があります」


 それゆえに一時期は海賊に乗っ取られていたが、今はだいぶ掃討が進んでいるのか、民間の宇宙船が航行している数は増えていた。

 手続き自体は、簡単ながらも書くことが多くて面倒。

 とはいえ、星系間を繋ぐ長距離通信により、一日程度で終わる。


 「……ふう、今は何時だい。ファーナ」

 「現在、午後九時になります。十時間以上、手続きのために書いていたという計算に」

 「クソだね」

 「規模はともかく、内戦が起きているという状況ではあります。普段よりも時間がかかるのは致し方ないことかと」


 肝心のタルタロス周辺で戦闘が起きている。

 今のところ睨み合いとなっているが、帝国側のゴタゴタはかなりのものだろう。

 とりあえず、多額のお金と引き換えにタルタロスの囚人ではなくなったため、メリアは不満そうな表情になりながらも軽いため息だけで済ませた。


 「そういえばルニウは?」

 「どこかに買い物へ出ています」


 どこをぶらついているのか、端末を通じて連絡を行うも一向に出ない。

 二度、三度と続けるうちに、メリアの顔はやや険しくなる。


 「出ないね。あの馬鹿、事故か事件にでも巻き込まれたか」

 「わたしはルニウの持っている端末がどこにあるかわかります。それを辿っていきましょう」

 「ファーナならそれができるか。よし行こう」

 「ちなみに、メリア様がどこにいるかも常にわかります」

 「わざわざ言わなくていい」


 惑星ヴォルムスの治安は、海賊が堂々と活動していた時でもそれなりに良好な部類であった。

 そのため、海賊がだいぶ討伐されたあとはさらに安全が増したのだが、それでも治安がよろしくない場所というのは残っている。

 先導しているファーナがそういうところに入り込むと、メリアは自衛用のビームブラスターの調子を確かめ、変装用のサングラスがずり落ちたりしないよう位置を整えた。


 「サングラスだけだとすぐに顔が広まるのでは?」

 「そのために髪型も変えてある」


 アルケミアから降りる前、メリアは軽い変装をしていた。

 長い茶色の髪を軽く束ね、茶色の目を隠すためにサングラスをかけている。

 自分のオリジナルであるメアリの顔が、既にあちこちに広まっているため、無用な騒ぎを避けるためにそうしていた。


 「目を隠して髪型も変えれば、見知らぬ相手からは気づかれない」

 「つまり見知った相手には気づかれると」

 「それについては、その時になってから考える」


 建物と建物の隙間、誰も気にかけない狭い道。

 そういうところを進むと、行き止まりの先に小さな扉が存在した。


 「この建物の内部にいます」

 「……目立たないようにしてある扉。しかも狭い路地を進んだ先。また面倒なところにいるもんだね」

 「一度戻りますか?」

 「その間に何かあっても困る。多少暴れたところで、ソフィアに頼んで揉み消してもらえばいい」

 「メリア様ってば、なかなかに悪人です」

 「はいはい、否定はしないよ」


 扉を開けて中に入ると、強い酒気が鼻をくすぐる。

 一階部分はバーになっており、二階や地下へ続く階段が見え隠れしていた。


 「待ちな。あんたのような……」

 「そのうるさい口にはチャックをしてろ」


 扉の近くには、酔い潰れた者たちが無造作に放っておかれていたが、何人かはちびちびと飲んでいた。

 その中の一人が何か言おうとするも、メリアはビームブラスターを向けて黙らせる。


 「血の気が多いな。撃ち合いだけはやめてくれよ。ここにいるのは殺傷できる銃器を持った奴らばかりだから」

 「忠告どうも」

 「もっと色々聞きたい場合は酒をくれ」

 「……ふむ、どうせなら聞きたいことがある」


 人の多いところよりも、少ないところで情報が得られるなら騒ぎにならない。

 そう考えたメリアは、適当に安いお酒を購入したあと、床に座っている酒飲みに手渡す。


 「もう少し高いのがいいんだが」

 「人の金で酒が飲めるのに、贅沢言うな」

 「で、何を聞きたい?」

 「青い髪をした女性を見なかったか? あたしよりもやや若い感じの」

 「あー、知ってる知ってる。落ち着けるところがないか聞いてきたから、地下ならあると言った」

 「……なるほど。地下には何が?」


 さっきよりはやや高めのお酒を購入したあと手渡す。


 「んぐ……ちょっとした見世物があってな、集中して見られるよう防音の部屋がある」

 「どんな見世物だ」

 「普通じゃない生き物同士を戦わせて、どっちが勝つか賭けるというありふれたもの。表じゃやれないやつさ」

 「とある惑星にいる生き物を、別の惑星に運ぶのは、制限がかけられているわけだが」

 「なんたらかんたらっていう条約だな。それもあるが、もっと危ないものだ。遺伝子弄くった見世物用の生き物同士を戦わせるから、まあ凄惨な光景が出てくる」


 表ではやれない見世物について語る酔っぱらいは、話を一度中断すると酒瓶に意識を向けた。


 「その言い方からして、見たことがあるようだね」

 「……まあな。最初は楽しめていたが、なんか可哀想になっちまってな。賭けに勝って金は稼げたから、今はこうして飲んでばかり。ほら、長話してると目立つ。行った行った」


 奥にいる者たちのいくらかが、こちらを見つめていた。

 これはよくないということでメリアは地下への階段に向かう。


 「宇宙港からそれほど離れていないところに、秘密のお店があるというわけですね」

 「あまり喋らない方がいい」


 メリアが示した先には、監視カメラがあった。

 場所によっては、盗聴するための機材が設置されている可能性があるため、ファーナは軽く頷くと口を閉じた。


 「あの馬鹿はどこにいるのやら」


 緩やかにカーブした通路が現れるので、しばらく歩き続けると、円形なのか降りてきた階段へと到着する。

 その間にいくつもの扉があるが、まさかすべて開けながら確かめるわけにもいかない。


 「詳しい位置は?」


 メリアからの質問にファーナは無言で歩く。

 やがて立ち止まるため、そこにある扉を軽く叩いてから開けた。


 「あ、どうしてここに?」

 「連絡したのに出ないからだよ」


 中はやや狭いながらも個室となっており、テーブルに突っ伏しているルニウの姿が存在した。


 「調子が悪いなら病院にでも行け。金がないならこっちで出す」

 「いや、そこまでのじゃないんで。もう少し時間が経てばよくなりますよ」

 「そもそも、どうしてこんなところに?」


 メリアが軽く視線を動かすと、闘技場らしき場所を映し出すモニターが設置してあった。

 血を流しながら戦う生き物の映像が流れており、もうすぐ決着がつきそうな状況だった。


 「趣味なら、あまりとやかくは言わないが」

 「いえいえ、さすがにこれを好きで見てる人ってやばいですよ。しんどい時は、無理矢理にでも刺激の強いものを見るんです。そうすると多少は治りが早くなるので」

 「難儀なものだね。生まれが影響してるのか」

 「さあ?」


 返答にも元気がないので、何か言う気にならないメリアは、ついでのように室内を捜索する。

 盗撮や盗聴がされていないかどうか調べているのだ。

 そして問題ないことを確認したあと、喋る許可をファーナへ出した。


 「ようやく話せます。こういうところでは、あまり話せないのが難点ですね」

 「動かしてる人型の端末が、頭部はほぼ人で、あとはロボットというのが問題。もっと別のに入る気はないのか?」

 「必要に迫られる時以外はありません」


 きっぱりと言い切るファーナであり、メリアはなんともいえない表情を浮かべた。


 「実はこの端末はお気に入りなのと、各種センサーが搭載されていて人に近い感覚を得られるからです」

 「適当な機械じゃ駄目、と」

 「その通りです。それに、メリア様と唇を重ねたのは、他に予備がある中でこの機体だけですから」

 「嫌なものを思い出させるんじゃない」


 言い合っているうちに、ルニウから無言の抗議として腕を引っ張られる。


 「私の前で痴話喧嘩とかひどいですよ」

 「何が痴話喧嘩だ、馬鹿」

 「ふへへ、ここはお詫びとして、メリアさんは一日ほど私の看病を……」


 ややおふざけ混じりに言うルニウだったが、途中で言葉は止まる。

 モニターの方を見て固まっているため、メリアもついそちらを見た。

 するとそこには、見覚えのある異形の姿が映し出されていた。


 「メリアさん、これって」

 「……色んなところに広まってるとは思っていたが、まさかここで目にするとはね」

 「キメラ、のようです」


 遺伝子操作により作り出された生体兵器。名称はキメラ。

 以前、生身で戦った時は、かなり危うい状況に陥った。なにせ、人間が携行できる兵器ではこれといったダメージを与えることができない。

 上空からの援護によってなんとか仕留めることができたほどには、強力でしぶとい存在。

 それが見世物として扱われている。


 「よくもまあ、従えているもんだ」

 「制御できなかったりして」


 ルニウがそう言うと、突然警報が鳴り響く。

 それは闘技場で戦わせる予定の生き物たちが脱走したというもの。


 「……おいこら」

 「いやいやいや、ただの偶然ですって偶然」

 「言い合うのはそこまでにして脱出を。戦う生き物の中にキメラがいたということは、留まるのはかなり危険です」


 慌てて謎の店を出ていく二人と一体。

 客らしき者も大慌てで出ていくところからして、かなり危険な状況のようだった。

 それを裏付けるかのように、武装した者たちが逆方向に走っていくのを見ることができた。

 おそらくは軍や警察に知られる前に鎮圧するためなのだろうが、メリアは彼らに同情してしまう。

 他の生き物はともかく、キメラがいるならば彼らの全滅は免れないために。

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