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110話 戦いから離れた場所にて

 「どっちが勝つと思います?」

 「いきなり何を言うかと思えば……」


 フランケン公爵領へと移動しているアルケミアの内部、具体的には食堂においてルニウは退屈そうにしながらメリアへ質問した。

 気が抜けたからなのか、人前では見せられないほどだらけており、水色の髪はテーブルの上に広がっていた。


 「ファーナ、タルタロス周辺の映像を出してくれ。今は有人惑星が近いから、ニュースとかが見られるはず」

 「少々お待ちを」


 自作の料理を食べていたメリアは、常に近くをうろちょろするファーナに端末を持ってこさせる。

 やや大きめの物がテーブルの上に設置されると、ファーナも食事のために席に座り、遠隔操作によって画面が切り替わった。

 多少ノイズが走ったりするが、ただ見る分には問題ない。


 「今のところ数百隻もの艦艇がぶつかるような大規模な戦闘は起きていません。膠着状態というところでしょうか?」

 「小規模な戦闘はありましたが、それはワープゲートを通じてやって来た少数の艦艇への攻撃だけとなります。そのあとは、唯一安全なワープゲートからやって来ることに終始しているため、最終的には数で上回る討伐艦隊が勝利するかと」


 既に数日が過ぎているが、現地に訪れているリポーターによって、離れていてもある程度の状況を知ることができた。

 帝国だけでなく、共和国や星間連合の者たちも存在していることから、今回の一件は非常に注目されていると言っていい。

 そもそも歴史の教科書に載っているような古い時代の皇帝が現代に復活し、しかも人類以外の知的生命体と手を組んでいるというのだから、これはある意味当然の成り行きだった。


 「大まかな状況は、現地にいるリポーターが言ってる通りだろうね」

 「時間と共に増えていく討伐艦隊。どこかの段階で勝負を決めに行くんでしょうかねー」

 「ルニウ、物を食べる時はもう少しちゃんとしろ」


 メリアは注意するものの、ルニウはテーブルに突っ伏したまま動こうとしない。

 放映されているニュースをつまらなそうに見ている。


 「年に何回か、物凄くやる気がなくなることがあって、今がその時なだけです。そのうち治るので放っておいてください」

 「そうかい。それなら放っておく」

 「あ、でも近くにいてくださいよ。寂しいので」


 ゴツン


 メリアの軽く握られた拳が、ルニウの頭へ弱めにぶつかる。


 「痛い」

 「痛くならない程度に弱めてあるが」


 その後メリアは食事を済ませるが、今度はファーナが話しかけてくる。


 「わたしが食べ終えるまで待ってください」

 「ロボットは食事いらないだろうに」

 「そうは言いますが、スナック菓子や甘い炭酸飲料といった、人体には必要ないものを人間は摂取したりするわけです。メリア様が作った食べ物というのは、わたしにとってはそれらと同じ」

 「また褒めてるのか貶されてるのか微妙なことを言うもんだね」

 「この場合は褒めてる文脈になります。というわけで、おかわりを」

 「自分で取りに行け」

 「わかっていませんね。自分ではなく、メリア様だからいいんです。それに、フランケン公爵領に到着するまですることはないはず」

 「……やれやれ、ほら、食器」


 そこまでの手間ではないため、ファーナによるおかわりの要求を叶える。

 そのあと放映されているニュースに目を向けるも、特にこれといった動きはない。

 なのでメリアは、近くの戦闘艦にいるだろうソフィアへと通信を行う。

 もし他にも人がいるなら、また別の機会にするところだが、個室にいるのか一人だけだった。


 「はい、どうしましたか?」

 「今後の動きについて、少し話したいと思ってね。あたしと同じ顔をした、かなりの有名人がいるから」


 銀河中が注目する有名人、メアリ・ファリアス・セレスティア。

 彼女のクローンであるメリアからすると、素顔を晒して行動するのはかなりの困難がつきまとう。

 それを理解しているのか、画面の向こうにいるソフィアも難しい顔をする。


 「うーん、どうしましょう。ずっと顔を隠して生きるのは大変です」

 「まあ、後ろ暗い世界に戻ればあまり問題はない。とはいえ、やっと表の世界で暮らしていけるというのに、それを捨てるのは惜しい」

 「開き直ってしまうというのは?」


 皇帝の働きかけにより、メリア・モンターニュという貴族として帝国に登録されている。

 モンターニュ伯爵家の当主として堂々と振る舞い、たまたま似ているだけだと開き直るのは、それはそれで一つの手ではあるだろう。

 しかし問題があった。


 「あたしの貴族としての立場は、今の皇帝によって作られた。出来立てほやほやなこともあって、色々と不安が残る。……つまり、誰が勝者になるかという問題が」


 あまり表立って皇帝が負けるということを口にはできないため、やや遠回しな言い方になるも、ソフィアは理解した様子で頷く。


 「ええと、わたくしとしては、誰が勝者になろうとも大丈夫だとは思います」

 「ふうん? その根拠を聞いてみたいね」

 「帝国には大勢の貴族がいます。伯爵だけでも数百万人。なのでモンターニュ伯爵家は他の大勢の中に埋もれてしまうかと」

 「他の貴族からしたらそうだろうね。問題は、一番上の奴らにあたしのことが知られてるという部分」


 帝国の皇帝、そして皇帝を排除して自分がその立場になろうとしているメアリ。

 この両者に、自分のことはしっかりと認識されている。クローンであることも含めて。

 メリアは舌打ちしたくなるが、それを我慢する。


 「どういう展開でも普通の貴族じゃいられない」

 「それならば、いっそどちらかに肩入れするというのは?」

 「勝てばいいが、負けた時が怖い。ところで……フランケン公爵はどちらを応援するつもりでいますか?」


 わざと後半だけ丁寧な言葉で質問するメリアに、ソフィアは数秒ほど沈黙したあと呟く。


 「あえての中立……。叔父上が亡くなったため、領地の問題に対処するだけで精一杯です」

 「こちらも中立を選ぼうと思う。なにせ、領地も資産も自前の艦隊も何もない。あるのは爵位だけ。打てる手は限られてる」


 わずかな戦力はあるものの、それだけでどうこうできるものではない。

 数十隻という規模の戦いならともかく、数百隻ともなると、いっそ戦いから逃げた方がいい。

 これまでに稼いだ資産を使い、海賊を傭兵として集めるという手段もあるにはある。

 だが、それはそれで別の問題が起こるので使えない。


 「では、中立を選んだ者同士ということで、わたくしのことを手助けしてください。モンターニュ伯爵」

 「どういう手助けが必要かによる」

 「まずは、あの時急いで騎士にした者をどうにかするところから」


 建設途中のスフィアにおいて、労働者を助けるためにとりあえず公爵家の騎士としたのだが、その後の対応で困っているという。


 「叔父上が生きていれば、色々任せることができたのですが」


 エルマー・フォン・リープシャウ。

 ソフィアの叔父である彼が、皇帝によって殺された当時の出来事から、まだそれほど経っていない。


 「どんな感じで問題なのか」

 「騎士に求められるのは、貴族の護衛としての能力です。生身での戦闘から、様々な乗り物を使った戦闘、あとは礼儀作法も少々」

 「ただの労働者じゃ、基準を満たせる者は少なかったと」

 「はい。数人程度でした。ほとんどはスフィアの建設に戻りましたが、残りの方々はどうしてもあそこで働くのは嫌だとのことで、どこか手頃な職場を探しています」

 「まあ、気持ちはわかる」


 皇帝がやって来て、エルマーを殺した。その際に警備員たちも死んでいる。

 ついでのように労働者たちも消されようとしたが、そこはソフィアによって事なきを得た。

 とはいえ、同じところで働くのは嫌だという意見が出るのはどうしようもない。


 「なんでも屋をしているそうですね? 千人ほど雇うつもりはありませんか?」

 「いきなり千人はちょっと困る。食べさせていくだけの仕事の問題が」

 「こちらで宣伝するのでそこは大丈夫です。貴族が会社を経営するのは普通で、知り合いの貴族が宣伝するのも普通ですから」

 「それはありがたいね。ただ、抜けてる部分がある。実力が伴っていないと、宣伝した貴族の顔に泥を塗る形になるので、意外と宣伝してもらう貴族は少ないわけだが」


 貴族同士の付き合いというのは、基本的に一族での付き合いになる。

 そのため、どう対応するかで色々と大変であるわけだが、幸いにもメリアとソフィアは大勢の一族がいたりはしない。

 個人的な付き合いだけで済む。


 「まあ、その申し出を受けることにするよ。あのエルマーが雇っていた者たちだ。騎士としてはともかく、一般人としては使い物になるだろうしね」

 「ついでに、わたくしの領地の海賊退治などは」

 「しない。まだ書類上ではタルタロスの囚人ではあるから。それをどうにかしてからになる」

 「わかりました。到着したあと手続きがすぐできるよう取り計らいますね」


 帝国の命運が決まるような戦いとは離れたところで、自分たちの今後のために動いていくメリアとソフィア。

 しかしながら、戦況がどうなるかについては目を光らせていた。

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