108話 戦場からの離脱
「メリアさん、メリアさん」
「こら、いきなり寄るんじゃない」
厄介なオリジナルが去った直後、ルニウが怪しげな動きをしながら近づいてくるため、メリアは警戒しつつ距離を取る。
「ファーナと一緒に、結構頑張ってお金稼いで、色々やってきたんですよ。お礼の一つや二つはあってもいいと思いません?」
「そうだね。あたしがいない間に稼いだ分から、好きに持っていっていいよ」
ファーナとルニウが海賊相手に稼いだ金額はかなりのもの。
それを好きに持っていってもいいというのは、お金以上に後腐れのない物はないとメリアが考えていたから。
しかし、かなり良い条件であるにもかかわらず、ルニウは首を横に振って拒否した。
「お金なんて、あとでどうにでもなります。それよりもっと重要なものが欲しい」
「……言うだけ言ってみな」
「肌の触れ合い、とか」
「ファーナ、こいつを別室に追い出せ」
「いやいやいや、待ってください待ってください。なにも変な意味じゃないです。ちょっと抱きしめてみたいなーと」
「はぁ……まったく。頑張ったことだし、特別に認めよう。ただし、変なことをしたと感じたら、お仕置きするからね」
メリアが渋々といった様子で認めると、ルニウは嬉しそうに真正面から近づいて抱きしめた。
「ふむふむ、改めてこうしてみると、メリアさんって私より大きいですよねえ。身長に、それ以外も」
「だからこそ、今まで上手くやってこれた。身長が低いよりは、高い方が舐められない」
「宇宙海賊やるとなると、宇宙服で色々隠せる分、身長辺りはどうしても普通より見られますからね。実際に作業すると小さい方が便利ではあるんですが」
「宇宙服と生身で状況は変わるし、一概には言えない」
もうそろそろいいだろうと考えてメリアは離れようとするが、ルニウはそうではないのか力を込めて抵抗する。
「離れろ」
「いやあ、できるならもう少し」
「そうかい」
言葉だけでは動かないのを見て、メリアは軽く息を吐いたあと、全身に力を込めて相手を抱きしめる。
より正確には、締め上げると言った方が正しいが。
ミシミシ……
「あっ!? 骨、骨が……!」
「聞き分けが悪いからこうなる」
「うぅ、あぁ、体が、いたたた……」
ルニウは離れると、立っていられないのか近くの座席に向かい、しばらくの間うめき声をあげていた。
「ひどいですよ~」
「離れろと言ったのに離れないからだ」
「それでは、次はわたしの番です」
「なに!?」
堂々と前に出てくるファーナ。
ルニウは横から援護するように言う。
「そりゃまあ、私とファーナで一緒にお金を稼いだんですよ? というか、結構ファーナの活躍の割合が大きくて」
「最低でも、ルニウ以上のことをします。文句は聞きません。なにせ、わたしには自分の“意思”がありますから」
「堂々と言うな」
自ら思考し、自分自身の意思を持つ人工知能。
それは規格外とも思える存在だが、今のメリアからすると凄さよりも鬱陶しさの方が上回っている。
「ですが、意思のない人工知能よりは、意思のある方がいいですよね? 多少、適当な指示でも、こちらで上手く解釈したりできますから」
「はいはい、わかったよ。よっぽど変なことじゃないなら受け入れよう」
監獄惑星にいて何もできない間、代わりに頑張っていたことは、アルケミア内部から確認できる資産を見たら納得するしかない。
メリア自身の資産とは別々に表示されているため、説得の材料として事前に用意していたというわけだ。
こうなっては拒否し続けることもできないため、メリアは小さな舌打ちをしたあと両手を広げるが、それでは駄目なのかファーナは首を横に振る。
「お待ちください。それではいけません」
「何がだ」
「お互いの身長の差です」
「……ああ、ルニウよりも小さいんだったね」
ルニウは二十を越えた大人であり、女性の中では平均よりもやや上の身長。
それに対してファーナの分身とも呼べる少女型の端末は、当然ながら大人よりも小さい。
そのため、メリアが立ったままでは抱き合うことはできないわけだ。
「さあ、わたしを受け止めてください」
「……わざわざしゃがみたくない」
「強情ですね。正面からが嫌なら背後からでも構いません」
無駄な抵抗のあと、メリアはファーナを背負うことに。
立って歩くことはなんとかできるが、体力的に数分が限界。
なので一時的に船内の重力を弱めるよう要求するも、断られてしまう。
「ああ、くっそ重い。人間じゃないロボットってのは」
「しかしですね、だからこそ役に立つ場面があるわけです。生身の人間とは違うというのは、色々な意味で重要とは思いませんか?」
「それには一応同意できる。むかつくけど」
「むかつくとはなんですか。メリア様はもっと素直になった方がいいですよ」
「なら素直に鬱陶しいという気持ちを言葉にするが」
「そういう気持ちは黙っておくものです」
「人工知能のくせによくもまあ言うもんだ。あたしとしては、騒がしいったらありゃしない」
「でも一人きりの時よりは楽しいのでは? わたしは頼れる存在です。一応ルニウも」
「…………」
「否定しないということは、肯定として扱いますが」
「はいはい、それでいいよ」
ある程度話し続けたあと、ファーナは勝手に頬擦りしてこようとしたため、メリアは無理矢理ながらも床におろした。
「調子に乗るんじゃない」
「もう少しだったのに残念ですが、また別の機会があるので我慢します」
反省の色は一切ない。
何か文句を言いたくなってくるものの、外部から通信が入るので意識はそちらに向いた。
「どこからだ?」
「フランケン公爵領の派遣艦隊からです。旗艦なので、ソフィア自身からかもしれません」
「出してくれ」
距離が近いので映像通信が行われる。
アルケミア内部にあるスクリーンから、見覚えのある少女の姿が現れるも、メリアの姿を見た瞬間どこか挙動不審な様子となった。
「その、お久しぶりです」
「そんなに月日は過ぎてない。まあそれはとにかく、うちのファーナの求めに応じてくれて助かった。ありがとう」
軽く頭を下げてお礼の言葉を口にすると、ますます挙動不審な様子はひどくなる。
「……何か調子が悪いのなら、あたしたちなんかとの通信を切り上げたらいい」
「いえ、あの、実は古い時代の皇帝であるメアリ様とお会いしたのですが……」
それだけの言葉でメリアはすべてを理解した。
「有線での通信はできるかい?」
「ワープゲートに向かう途中で、そちらに近づけば」
「ならそうしてくれ。できるなら、ソフィア個人とだけ話したい」
「それなら、こちらから直接乗り込みます」
話はまとまり、囚人たちを乗せた輸送艦と共に一同は他の星系へ繋がるワープゲートを目指す。
移動している間にアルケミアと大型戦闘艦がドッキングすると、護衛も連れずにソフィアがやって来た。
「まさか一人とはね」
「何人か騎士を連れてきた方がよかったですか? この方が、面倒が少ないはず。騎士たちからは難色を示されましたが」
「なら、心配してる騎士の方々のためにも、あたしの秘密を手短に語ろうか。これは、ソフィアがメアリという人物に直接会ったからこそ、話すというのを覚えていてほしい」
「はい」
「メリア・モンターニュは、メアリ・ファリアス・セレスティアのクローン。もう一度言っておこうか。あたしは、あの女のクローンなわけだ」
「……そ、れは」
ソフィアという少女からすれば、それは驚くべき事実であった。
自分を助けてくれた女性が、大昔の皇帝のクローンであるのだから。
まさかという言葉は、喉元まで来てもそれ以上は出ない。出せなかった。
「まったくもって、ろくでもない。クローンを作ってどこかの貴族の養子にして、必要なくなったら処分ときた」
「あの、わたくしもクローンだったりしますか?」
「知らない。ただ、茶色い髪と茶色い目を持ってるとはいえ、あの女のクローンではないことは確実。なにせ、小さい頃のあたしとは全然見た目が違うから」
「ちなみに、小さい頃はどんな感じでした?」
「……歴史の教科書か何かで、メアリ皇帝の小さい頃の姿でも探せばいい。クローンなせいか、そっくりだったから。ちなみに、当時の友人とはそれをネタに盛り上がることはあった」
「そ、そうですか」
自分のオリジナルであるメアリのことを話すメリアは、端から見てもわかりやすく機嫌が悪くなっていくため、ソフィアとしては適当なところで話を切り上げるしかない。
そうしてソフィアがフランケン公爵領の艦船に戻っていったあと、帝国軍の討伐艦隊とすれ違う形でワープゲートへ到着する。
「いよいよか」
「大規模な戦闘……どちらが勝利しても帝国は揺らぎますね」
「まあ、私たちからすれば、どっちが勝ってもメリアさんの変装をどうするかが課題なわけで」
ワープゲートに到着するまでに時間がかかり、その間に討伐艦隊は数を増していく。
総数が二千隻を越えたあと、アルケミアの番が訪れる。
戦場から逃れる形で、その巨体は一瞬にして消えた。




