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107話 オリジナルとクローン

 悲劇の若き皇帝として名前の残る女性、メアリ・ファリアス・セレスティア。

 教科書の中の人物であったはずの彼女が、現代に復活し、驚くべきことに今の皇帝の座を得ようとしている。

 その衝撃はあちこちに大きな反応を引き起こすが、最大の反応を示したのは帝国の現皇帝である。


 「動かせる艦隊をすべて出せ! あれは帝国という秩序に対する明確な敵である!」


 即座に命令が出され、様々な星系にいるいくつもの艦隊が動き始めた。

 合計で数千近い規模だが、これは即座に動ける数でしかない。時間と共に規模はさらに膨れ上がる。

 しかし、合流して戦闘できる用意が整うまでには何日もの時間がかかるため、その間に惑星タルタロスでも動きがあった。


 「君が私と最初に会う貴族になるようだ。よろしく、フランケン公爵」

 「よ、よろしくお願いします」


 タルタロスの軌道上において、数百ほどの輸送艦が存在し、それを率いるのは十隻ほどの大型戦闘艦。

 これらの艦船はフランケン公爵領から訪れているが、それは統治している幼い公爵の指示によってここまでやって来ていた。元々の予定とは異なる形ではあるが。


 「さてさて、このタルタロスにいる囚人たちを引き取りたいとの申し出だけど」

 「帝国は、あなたを討伐するために大軍を送り込んでいます。数日もしないうちに、星系内にあるすべてのワープゲートから大艦隊が現れるでしょう。流れ弾などによる巻き添えを受け、無駄に命を散らすことのないよう、こちらで引き取るつもりでいます」


 公爵位を相続したソフィアだが、今は船同士を繋ぐ連絡通路において、メアリという女性と向かい合っていた。

 お互いに少数の護衛を連れているが、今のところ争う気配はない。

 話している内容は、事前に配下の騎士と共に決めていたもの。


 「なるほど、人道的な面からか。君のような貴族がいることを私は嬉しく思う。しかしながら………タルタロスにいる囚人たちを引き取るには、いささか規模が足りないのでは?」


 古い時代の皇帝であったメアリは、ソフィアという幼い貴族のことをどこか値踏みするように見ていく。


 「わたくしだけでは多くても数万人が限度でしょう。ですが、それなら他の貴族に協力してもらうまで」

 「確かに、他にも多くの貴族の協力があれば可能だろうね。問題は、それを帝国が許してくれるかな? 色々な意味で」

 「共和国や星間連合も巻き込めば大丈夫です。メアリ……様が、人類以外の知的生命体と協力しているので」

 「他国の目があれば無茶はあまりできない。着眼点はいいけれど、君のような幼い子どもに、協力してくれる者がどれだけいるだろうか」


 ややわざとらしく気に障るような言い方をしたあと、メアリは笑みを浮かべて首をかしげてみせる。


 「いや、そもそもの話、君が引き取る囚人の大半は、重要な人物を回収するための目眩ましだったりするのかも。そうでないと、こんなところに公爵となった者が来るはずもない」

 「お好きに想像なさってください。わたくしとしては回収するだけです。帝国軍の攻撃が始まるまであまり時間がないので」

 「あらら、子猫といえども怒らせるのはよくなかった。まあ、好きにするといいよ。囚人が減ることは私としても嬉しい」


 囚人の回収は、少しばかり揉めた。

 タルタロスから出られる好機ということで、大勢の囚人同士による喧嘩が始まってしまうからだ。

 すぐさま無人のロボットによる鎮圧が行われるが、落ち着くまでに数時間がかかり、その間に帝国軍の一部が星系内部へとやって来る。三百隻ほど。

 メアリ率いる小規模な艦隊は、帝国軍へ向けて仕掛けていくが、これはタルタロスが戦場になることを防ぐ以外に、各個撃破を狙ってのもの。

 既に現行の艦船を奪っていることから、骨董品のような代物とは違って被害の出ないまま完勝してしまう。

 方法は、フルイドの組み込まれた船を突撃させて相手の船を奪うというやり方。

 この結果は、タルタロス内部からでも確認することができた。


 「古い船であれだ。今使われてるような新しい船だと、ああも一方的に勝ててしまうのか」

 「メリア様、そろそろ宇宙港に向かわないと乗り遅れます」

 「そうだね。まずはここから出ることを優先しよう」


 軌道エレベーターと通じている地下部分は、大勢の囚人が集まっており、少し離れたところにメリアたちはいた。

 自分たちの番が来たので軌道エレベーターで宇宙港へと向かうと、アルケミアが存在し、乗り移ったあとファーナによる説明が始まる。


 「公爵となったソフィアという子に助けを求めました。発案はルニウです」

 「どうです? 状況がこんがらがってますけど、とりあえず無事に出られるということで!」

 「……ああ、よくやってくれた。それと伝えることがある。必要な資金についてはこっちで確保したから、金稼ぎはしなくていいよ」


 メリアは、ロシュとアイシャという二人の囚人の協力を得て、囚人ではなくなるために必要な資金を確保したということを伝える。

 いささか非合法な手段を用いたことも合わせて。


 「ちょーっと待ってくださいよ。なら、私たちの努力は無駄ってことですか!?」

 「海賊を襲撃し、貴族へ助けを求め、この惑星に降り立ったのですが」


 ルニウは抗議の声をあげ、ファーナはどこかむっとした表情を浮かべる。

 これにはメリアとしても少し申し訳ない気持ちが生まれたが、すぐにそれどころではなくなる。

 なぜなら、古い時代の皇帝だったメアリ率いる艦隊の一部が近づいてきたからだ。

 砲を向けた状態で、小型の作業機械によってケーブルが運ばれる。有線での通信を行うために。


 「やあ、初めまして。いや、既に私のことを映像で一度見ているのかな。まあそれはともかく、メアリ・ファリアス・セレスティアだよ。よろしく」


 いきなり映像通信が行われると、茶色い髪と目をした美しい女性が現れ、一方的な挨拶をしてくる。

 いったいどういうつもりか警戒するメリアだったが、メアリという女性は何が楽しいのか笑みを浮かべたまま話を続ける。


 「ルグという個体から色々なことが伝達された。私も色々聞いたけど、彼らをフルイドと名付けたそうだね? なかなか良い呼び方だ。私としても利用させてもらうけど、構わないかな?」

 「……向こうがそれでいいと言うのなら」


 意識が共有されることにより、個体としての境界が曖昧なフルイドという種族。

 ルグが知り得たことは、フルイドを通じて大体のことがメアリに筒抜けとなってしまう。

 それゆえに、こうして話しかけにきたのだろうが、ある意味とても厄介なことである。


 「他に何かありますか?」

 「あるよ。とてもある。メリア・モンターニュ。君は私のクローンであるとのことだけど……」

 「……何か?」


 通信越しとはいえ、じろじろと見られるのはさすがに不愉快。

 メリアは無言で訴えかけるが、メアリからすればそんなことは知ったことではないとばかりに無視される。


 「うん。とても美しい。私のクローンだから当たり前なんだけどね」

 「…………」

 「そんなに睨むと、美しい顔が台無しだ。君は私のクローンなんだから、もっと美しくあるべきだよ?」

 「…………」

 「無言は悲しい。今は有線通信であり、私たち以外に内容を知る者はいない」

 「一つ、お尋ねしたいことがあります」


 あからさまなまでに気が合わないことを理解したメリアだが、今はぐっと我慢して抑える。


 「どんなことを聞きたい?」

 「クローンを生み出したのは、あなたの意思ですか?」

 「そうなるね。ただ、数千人も作られたことは想定外だった。予定としては数十人だけだった。管理しきれなくなるから」

 「……どうして生み出そうと?」


 自分は作られた側で、向こうにはオリジナルがいる。なら聞かないわけにはいかない。


 「主な役割としては、病原菌などの耐性を持った血を得ること。様々な惑星があると、それだけ未知の病原菌も存在している。目覚めたあと、病気に苦しむことは避けたい。私にはやるべきことがあるからね」

 「そうですか。こちらを巻き込まない限り、成功することを適当に祈っていますよ」


 それは本心だった。

 オリジナルと一緒にいるクローンなど、軽く想像するだけでろくでもないことばかり。

 別々にいるのが一番良い。


 「協力者になるつもりは? 望むと望まざるとにかかわらず、面倒事に巻き込まれる。私と同じ美しい顔をしていると特に」

 「一緒にいる方が面倒事ですが」

 「おや、これはなかなかに辛辣。まあ、私と君は同じ遺伝子を持っているが別人ではある。お話はこの辺りで終わりにしよう。また会う機会があるなら、次は生身で会いたいな。ばいばい」


 メアリがウインクをすると、そのあとに通信は切れる。

 アルケミアの内部は数秒ほど沈黙に包まれるが、メリアの盛大なため息がそれを破った。


 「くそっ、なんてふざけた奴だ。あれがあたしのオリジナルだって!?」

 「メリアさん、落ち着いて落ち着いて……」

 「そうです。オリジナルが言っていた通り、もう別人なわけですから」


 ルニウとファーナがなだめることで、メリアはなんとか怒りを抑えるも、不満そうな表情は消えない。


 「……まったくもって厄介なオリジナルだけど、帝国は今後どうなるのやら」


 一応、帝国の伯爵となっているため、状況次第では内戦に巻き込まれる可能性がある。

 そもそも、フランケン公爵となっているソフィアは、遅かれ早かれどちらかに加わることになるだろう。

 もう一度、盛大なため息が出てしまうメリアだった。

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