106話 眠りから目覚める者
状況はだいぶ一方的なものだった。
謎の艦隊は、帝国の正規軍によって次々と沈められていく。
数ではどうにもならない質の差がそこにはあった。
「とんでもない骨董品だね。あれじゃ勝てるものも勝てない」
「数十年どころか、数百年ってところですかね。あれは」
実際に宇宙船を操縦したことのあるメリアとルニウは、画面上に映し出される光景を見て思い思いの感想を口にする。
謎の艦隊側はとにかく古い船ばかり。
それでも宇宙で活動する分には困らないが、現行の船との戦闘はさすがに無理がある。
「大型船、前進します」
「わざわざ艦隊に突っ込むか……自殺するのでもなければ、何を考えてる?」
観測機器をも掌握したファーナにより、戦場となっている宇宙で注目すべき部分が拡大して表示される。
大型船だけは内部を新しいのに変えてあるのか、それなりに攻撃を耐えている。
いったい何をするつもりか見守っていると、謎の艦隊は驚くべき行動を開始した。
まだ沈んでいない小型船すべてが、帝国軍の艦隊へ突撃していくのだ。
次々とぶつかるが爆発はしない。
なぜなら、まるで粘土のようにぐにゃりと崩れると、そのままへばりついてしまうせいで。
「……何が起きてる?」
「あれ宇宙船なんですか? 宇宙船の形をした別の代物じゃ……」
「いくらかの答えを見つけました」
明らかに普通ではない宇宙船だが、それの答えとなる映像がファーナによって別画面に表示される。
沈んだ船の一部が、空間に溶けるように消えていくのだ。
それを見た瞬間、メリアは顔をしかめる。
「ルグ、あれを動かしているのはお前の仲間なのか」
「半分肯定するし半分否定する」
「どういうことだ」
「あれらは、我々を組み込んだ実験的な船であり、実際に動かしているのはたった一人。その者に、一時的にすべての制御を任せている」
「ろくでもないことが聞こえたが。肉体を動かすのを任せているのか」
「それが総意としての決定であるがゆえに」
フルイドという種族を組み込んだということは、半分機械で半分生物と呼べる代物である。
「我々に孤独と退屈はない。意識は伝達し、情報は常に共にある。ただし、脆弱なので機械の器が必要となる」
「……で、動かしている一人ってのはどこの誰だい」
「契約した相手。そちらでいう人間という種族」
「どこのどんな人間だ」
「数百年前、この惑星で遭遇した。当初は不幸な戦闘があったが、その後和解し、力を貸すことと引き換えにこの惑星を貰い受ける契約を交わした」
「それはどういう……」
さらに続きを聞こうとするメリアだったが、戦場に大きな変化が起きたのでそちらに意識が向いた。
帝国軍の艦隊すべてに、フルイドを組み込んだ小型船がへばりついた。
そしてなんらかの手段で内部を無力化したのか、次々と帝国軍の艦隊は行動を停止していく。
その後、脱出艇が次々と作動しているため、乗員は無事であるようだ。
「決着はついたようだ。これで君の望む答えが聞けるはず」
「待ちな。何がどうなってる」
「艦隊の無力化については、我々は機械に侵食できるため、少しばかり機能を乗っ取ればいいだけのこと」
「この本部も乗っ取ったりしてるのかい」
「それはできない。侵食する機械に見合った量が必要だ。時間をかけて大きくならないといけないが、そのためには食物を接種しなくてはならない」
「つまり、宇宙船と一体化してるようなのは、長い時間をかけて侵食していったと」
「その通り。意外と厄介だったのが食物の接種だった。見つからないようにしなくてはいけない」
長年の懸念が消えたのか、苦労話すらする余裕が出てきている。
ルグ、あるいはこの惑星にいるフルイドの意思なのだろうが、メリアとしては嫌な予感がした。
この状況を仕組んだ者がいるとして、誰もがその手のひらの上で踊らされているのではないかという不安だ。
「ルグ。改めて質問をしたい」
「何を聞きたい?」
「あの遺跡の役割はなんだ」
「……この宇宙に訪れるための門であり、壮大な目眩ましでもある」
「もう少し詳しく」
「元々、遺跡自体は別の場所にあった。宇宙空間を漂っていたのを、我々がやって来たと同時に適当な小惑星に着陸させたのだ」
「なるほど。だから遺跡の下から宇宙船が出てきたわけか」
最初から遺跡があっては、宇宙船を仕込むことはできない。まず宇宙船、その次に遺跡を移設したわけだ。
「その後、小惑星ごとこの惑星に墜落した。そして長い月日のあと人間と遭遇。契約を交わしたあと、準備が進められた」
「どんな準備を?」
「コールドスリープによって長い眠りにつく彼女を、様々な害から守るため」
「コールドスリープ……」
惑星を誰かに譲り渡すことができるほどの立場。数百年前の人物。コールドスリープを長期間問題なく行える。
それらの条件を満たすことができるのは、限られた者しかいない。
ますます嫌な予感は増していくため、思い当たる人物の名前を口に出すことができない。
メリアのそんな様子を見て、ルグはカタカタと動き回ったあと、画面を見ながら言う。
「君にとっては、そう悪いものではないはず。むしろ、良い状況になるのではないか」
「本気で言ってるとしたら、ビームブラスターを撃ってやりたくなるね」
やがて、大型船から広範囲への通信が行われる。
規格が違うせいか、少しばかり雑音が続いたが、調整が済んだのか映像通信が繋がった。
現れるのは、茶色の髪と目をした美しい女性。
それを目にしたルニウは驚いた様子で固まり、ファーナはじっと画面を見つめていた。
「え、画面に映ってる人って……メリアさんと同じ……」
「ルニウ、黙っててください。画面上の人物が何か言おうとしてます」
「あれがあたしのオリジナル……」
メリアは睨むような視線を向けるが、相手は宇宙にいる。向こうからこちらは見えていない。
「うん、おはよう。こうして長い眠りから目覚めてみると、何を言うべきか迷ってしまう」
画面の中にいる美しい女性は、つい見惚れるような笑みを浮かべてみせると、やや肩をすくめた。
「ふふっ、何がなんだかわからない者もいるだろう。……私はメアリ・ファリアス・セレスティア。セレスティア帝国を所有する者。帝国の運命たる者。率直に言うと、今の皇帝を排除して私がその地位に座るつもりでいる。もちろん、突然過ぎて受け入れられない者はいるだろうとも」
ここで言葉は一度止まる。
そして画面が切り替わり、宇宙空間にいるひしゃげた小型船を映し出す。
それはフルイドが組み込まれた船であり、カメラからどう見えるかを意識して形状を変化させていく。
小型船は形を変えて人のような形状になると、大型船へ向けて跪くような姿勢を取った。
「そこで朗報を一つ。なんと私は、人類以外の知的生命体と協力関係を築いた。新たな友人と共に、この宇宙を歩もう。その強さは示された。数百年も前の骨董品とも呼べる船で、正規軍を倒すことができるのだから。……ならば、新しい船だとさらに圧倒的な勝利を得られるのではないか? その疑問に答えるため、私は行動を開始することを宣言する! 日和見な諸君が、どちらにつくか決められるように!」
通信はこれで終わるが、宣戦布告以外の何物でもないこれらの言葉と映像は、数日もしないうちに共和国や星間連合を含めた人類の領域すべてに広まった。
宇宙での戦闘の映像と共に。
大昔の皇帝が復活したこと以上に、人類以外の知的生命体が実在していたという部分が、理由としては大きい。




