103話 捕虜の確保
地下に広がる鉄道網。
これは一般的な惑星だと、そこまで大きく場所を取れない。地上にある建物のことを考えないといけないからだ。
しかし、タルタロスには地上の建物はほとんどない。
なので地下は意外と幅が広く、それゆえに警戒すべき範囲も増えてしまう。
「こちらファーナ。そろそろ遺跡がある建物に到着します」
「わかった。カメラからの映像はこっちでも見えてる。やばそうなら戻るように」
自前の通信機能を使い、本部で待機しているメリアたちに連絡をしたあとは、お供として連れて来ている複数のロボットを駅のあちこちに配置していく。
アンノウンの大きさや形状は人間とほぼ同じ。
そのため、人間が通る小さな扉以外に、様々な機材を運び入れる大きく分厚いシャッター部分にも、すぐ攻撃ができるようロボットの装備している銃火器が向けられる。
「列車が破壊されなければ、ですが」
「しかし、今のところアンノウン側は破壊していない。やろうと思えば、光の刃とやらで車両を破壊してしまえるのに」
「確かに不思議ですね」
「もしかすると、向こう側からしても、地下の移動には列車が必要不可欠なのかもしれない」
通信越しにメリアがそう言うと、ファーナは少し視線を動かして線路の方を見る。
遺跡のある建物には、一つの方向からしか来ることができない。
元々は、機密が外部に漏れないよう管理しやすくするためなのだろうが、戦う場所として考えると守りやすい構造をしている。
一方向からしか攻めることができず、崩落の危険性があるので威力の高い爆発物を使用できない。
列車を脱線させてバリケードにでもしてしまえば、かなり守りを固めることができる。
「ますますアンノウンの目的がわかりません」
「それを知るためにも、明らかに何かあるだろう遺跡に向かうんだろうが。そのために、敵となる奴を減らす必要がある」
「では、仕掛けます」
多少の罠はあることを予想した上で、小型のロボットを引き連れたファーナが建物の中に入る。
そこは一般的な地下施設といった感じだが、奥に進むと遺跡が存在しており、ガラス越しに見ることができた。
「未だに襲撃は無し。外に待機させた方も同様。人数には限りがある……?」
前に派遣したロボットたちが破壊された通路まで来るも、これといった襲撃はない。
どこかに行ったのか、あるいは光学迷彩に頼りきりにならずに身を隠しているのか。
その答えは、曲がり角に小型のロボットを送り込むことで判明する。
ボン!
突如光の刃が振るわれると、小型のロボットを一刀両断してしまう。
小さな爆発音のあと、ファーナは人間では不可能な反応速度で、持っている銃器による反撃を行う。
そのおかげか、光学迷彩が解除されてパワードスーツを着た何者かの姿が現れるものの、すぐ後ろにいたロボットが破壊されるため、そちらへの対処もする必要が出てきた。
「お話でもしませんか?」
一応、会話ができないか試そうとするも返事はない。
返ってくるのは光の刃だけ。
そこでふとファーナは気づいた。
未だに遠くから攻撃してくる者がいないということに。
警備員などを仕留めたなら、使い物になりそうな銃器の一つや二つはあってもおかしくない。
なのに使ってこない。
「メリア様、そういえば相手は銃器を使ってきません」
「……それは気になる情報だ」
光学迷彩と近接武器の相性は良い。気づかれずに接近できるから。
しかし、光学迷彩と銃火器の相性はもっと良い。
「光学迷彩を解除した時の画像を、鮮明なままこっちに送ることは?」
「鮮明なままというのは難しいですが、やってみます」
激しい動きをすれば、どうしてもぼやける部分は出てきてしまう。
相手を倒してから記録するまでの猶予はあまりない。
なら危険な部分を先に排除することで、余裕を作り出さなくてはならない。
ファーナはそう判断すると、胴体部分ではなく腕を狙っていく。
これまでの経験から、腕を振るうことをできなくすれば、光の刃での攻撃を防げる。
ただし、他の個体がいた場合、積極的に仲間へトドメを刺しに行くため、邪魔が入らないようにする必要もある。
「……これは不利です。一度下がらなくては」
わざわざ言葉に出してみると、相手の動きはわずかに早くなる。
自分が有利だと思って積極的になったのだろう。
このことから、相手はこちらの言語を理解していると考えていい。
光の刃を回避し、散発的な銃撃をしつつ、建物の外を目指す。
それを繰り返すうちに、ファーナは他のロボットたちが待機している駅の部分へと出た。
釣られるように飛び出たアンノウンの一体は、すぐさま状況を理解したのか戻ろうとする。
だが、ファーナはロボットたちを完全な制御下に置いているため、この好機を見逃さずに手足だけを集中的に撃っていく。
「さて、回収しなくては」
手足の装甲は砕けていき、内部にある部分は使い物にならなくなる。
この段階になってロボットによる銃撃は一度止まる。
「手足を破壊し、殺さずに生け捕る。確かにこれなら可能だね。送られた画像を見るよりも、色々と情報を得られそうだ。ただ問題もある」
「当然、トドメを刺しに行く者への対策も用意してあります」
「どんな対策?」
「これです」
メリアの疑問に答えるかのように、ファーナは何かを投げた。
それは白い煙を出していき、やがて周囲は煙に包まれる。
「スモークグレネードか」
「各種センサーが効かない光学迷彩なんてものをしているなら、ここはいっそ原始的な手段に頼ります」
「……性能の良い光学迷彩をしてようとも、物に触れるなら一応見えるようにすることはできるか。煙の動きとかで」
はっきり見えなくとも、そこにいることさえ理解できればいい。そうすれば銃撃して追い払えるわけだ。
負傷がひどいからか自力では身動きできないアンノウンの一体を、ファーナは軽々と回収してしまう。
既に光学迷彩は解除されており、苦労することはなかった。
そのあとは破壊されても大丈夫な小型のロボットをその場に残し、列車に乗り込む。
「……ようやく謎の存在がわかるわけか」
「うひゃー、手足ズタズタですよ。なのに血が流れてないんですけど」
本部に到着したファーナは、生け捕りにしたアンノウンの一体をベッドに置いた。
メリアとルニウは恐る恐るといった様子で全体を見ていくが、見れば見るほど謎は深まる。
大人の人間と同等の体格や形状をしているが、血液は存在していないのか、怪我しているところからの出血は見当たらない。
もっと確認するためにはパワードスーツを脱がせるしかないが、手足がこんな有り様では不可能。
「とりあえず、わたしが機械を操作して対応します。まず手足の破片を取り除いたあと、外側のスーツ部分を少しずつ解体します」
「わかった。任せる」
手術室へ運んだあと、メリアはルニウと共に外へ出る。
捕虜を確保できたことは、今後を考えると大きい。
遺跡から出てきたのはなぜか、どういう存在であるのか、総数はどれくらいか。
気になることはいくつもあるが、途中でルニウの腕から小刻みに音が鳴る。
腕時計のように見える物体から音が出ていたが、ルニウはそれに気づくと大慌てでケーブルの散乱しているところに向かう。
メリアもあとを追いかけると、このタルタロスに外部からの通信が届いているところだった。
「うおお、出るべきでしょうか、無視するべきでしょうか!?」
「いや、あたしに言われてもね」
外部からの通信。
ほぼ確実に、帝国のお偉いさんといったところだが、出たくないのかルニウは嫌そうな顔をしていた。
とはいえ、今はかなり厄介な状況なので無視するわけにもいかず、渋々ながらもメリアが通信に出る。
「こちらタルタロス。長官は殺されてしまい、兵士や職員はいなくなった。今とても大変な状況に陥っている」
「聞き覚えのある声が出てくるとは。映像通信に切り替えてもらえるか?」
「この声は……」
通信が切り替えられ、お互いの姿が見えるようになる。
片方は服を着替えたメリア。だがもう片方は、帝国の皇帝であった。




