102話 占拠した本部にて
ルニウは数人の囚人と共に地図らしきものが表示されている画面を見ていたが、メリアがやって来たことに気づくと、嬉しそうな表情で駆け寄ってくる。
「無事だったんですね。まずは久々の再会を祝いましょう!」
そのまま抱きつきそうな勢いだったが、メリアは身体を動かして軽く避ける。
「なんで避けるんですか!?」
「いきなり何しようとしてる」
「ほら、本物かどうか触れて確かめるべきだと思いません?」
「思わない。そもそも偽物ならファーナが気づく」
「ま、いいです。まずは今の厄介な状況をどうにかしないと」
おふざけはすぐに終わり、真面目な表情で大まかな状況が語られていく。
「メリアさんは、何が起こってるのかどれくらい知っていますか?」
「囚人として過ごしてたから、さっぱりだね」
「なら手短に。地下になんだか怪しい遺跡があって、そこから謎の存在が出てきて人を殺してます。なんらかの目的があるのか無差別ではないです。ここの長官がやられましたが、兵士や職員はやられてません」
「……謎の存在ときたか」
「私たちはとりあえずアンノウンとでも呼んでますけど。そのアンノウンは、看守などを殺して囚人が暴動を起こすよう促してるみたいです。生き残った者から、透明な何かに襲われたというのを聞きました」
アンノウンという存在がいるとして、その者たちは何が目的であるのか?
長官を排除するのは、指揮系統の麻痺を狙ってのことだろう。上手くいきすぎて兵士や職員までもいなくなってしまったが。
囚人たちに暴動を起こさせるのは、そちらに対処させることで、注意を逸らす目的があると考えていい。
長官の排除はその一環であるわけだ。
だが、まだ他にも目的があるとしたら、このまま待っているのは、あまりよろしくない。
「遺跡が原因だとして、それを破壊すればどうにかなる……というのは楽観的に過ぎるか」
「難しいもんですよ。アンノウンは、光学迷彩持ちで、光る刃とか持ってます。ファーナは防げましたけど、それ以外のロボットとかなら、一刀両断にされてたかも」
「メリア様、痕跡はここに残っています」
ファーナは、やや焦げている腕を目の前に差し出した。
ほんのわずかとはいえ、損傷は損傷ではある。
メリアは表情を険しいものにすると、焦げた部分に指で触れていく。
「ビーム系統の近接武器を持っていて、しかも光学迷彩で姿を隠している。とても厄介だね」
「まだ問題があります。わたしはすぐにそのアンノウンという存在を返り討ちにしたのですが、溶けるように消えていくのです」
「装備の一つも残さずに?」
「はい」
消えると聞いて、メリアの表情はますます険しくなる。
どんな生物であっても、死ねば肉体はそこに残る。
そもそもビーム系統の武器を持っていたのなら、機械の類いが残されるはずなのだ。
なのに、何も残らずに消えてしまう。
「……幽霊みたいな存在だ。しかし、物理的な被害を与えてくるし、返り討ちにすれば消えるとなると、幽霊よりも面倒な相手だろうね」
「相手の総数は不明です。各種のセンサーは反応がなく、わたしが直接スキャンすることで近距離にいる存在を感知できる程度」
「全部でどれくらいいるかわかれば、行動もしやすいが」
腕を組み、やれやれといった様子で首を振る。
そうでもしないとやってられないからだが、ひとまず済ませておくべきことがあるため、メリアは尋ねる。
「占拠した本部だが、シャワーとかの機能は?」
「設備が破壊されているわけではないので、すべて使用可能です。ちなみに、職員たちは逃げ出す時にセキュリティを強化せずにいたので、掌握するのに時間はかかりませんでした」
「急いでいたからか、あえてそのままにしていたか……。まあどっちでもいいか。まずは身体を綺麗にすることが先だ」
列車に数日乗っていたのと、何度か戦闘があったことから、端的に言うとメリアはやや汚い状態となっていた。
宇宙船に乗る者にとって、不衛生なことはできる限り避けるべきことである。
それは海賊であっても例外ではない。
宇宙船というのは密室と同じ。
不衛生な環境が続けば、病気などにかかる可能性が高まる。
集団でいる場合は他者に感染することが恐ろしく、一人だけの場合では看病してくれる者がいないため別の意味で恐ろしい。
惑星の地表で活動する荒くれ者よりも、宇宙で活動する荒くれ者の方が身綺麗であることは、一般的な常識として知られている。
「メリア様、案内します。こちらへどうぞ」
「ああ、悪いね」
初めて訪れた場所ということで、どこに何があるかわからない。
ファーナに案内してもらった先には、宇宙船によく設置されるタイプの小さなシャワーが大量に存在していた。
スペースを節約する代わりに、一度に大勢が利用できるようにしてあるが、今はメリアとファーナだけしかいない。
「ファーナ」
「なんでしょう?」
「洗うから出ていけ」
「出ません。お手伝いします」
「いらない。というか、似たようなやりとりを前にもした覚えがある」
「…………」
「出ていけと言っている」
「ふう、致し方ありません。外で待つことにします」
残ろうとするファーナだったが、少し強く言うと渋々ながら出ていく。
その後、メリアは今のうちに済ませようと手短に身体を洗ってしまう。
そして髪の毛などを含めて一通り済んだあとタオルで拭いていくのだが、どこから調達したのかファーナが着替えを持ってくる。
「こちらをどうぞ」
「ずいぶん準備がいいね?」
女性職員用の衣服と、兵士用の装備が揃っていた。
この分だと、別の場所に銃器も用意されていることだろう。
「いざという時に備えて、使えそうな物資を見繕っていました」
「アンノウンとやらが、この中に入ってきた場合か」
「そうです。一対一ならば、ほぼ無傷でわたしが勝てるでしょう。しかし複数ともなれば、この端末が破壊される可能性が出てきます。そうなれば、わたしはタルタロスで活動できなくなります」
「向こうは光学迷彩で姿を隠してるくせに、センサーの類いが頼りにならないとなると、人間だけで相手するのは大変過ぎる。ファーナがいないと困るね」
「あとはルニウが殺される可能性を低くするため、武装させる意味合いもありました。ここに来る時、ろくな武装を持ち込めなかったので」
惑星全域を管理するための施設として機能する本部だけあって、武装については必要十分な質と量が揃っていた。
あとは、今後どうするべきかを話し合うのだが、これについては考えがあるのかルニウが手をあげる。
「はいはい、私に良い考えがあります!」
「それは?」
「ファーナにハッキングしてもらって、私たちも軌道エレベーターに向かい宇宙港に行くんですよ。そうすれば、やがて帝国が大規模な兵力を送ってくるので、アンノウンとかに対処する必要もありません。……メリアさんは囚人として振る舞う必要がありますけど」
それは一つの考えではあった。
結局、今回の出来事はたった一つの惑星で起きた些細なものでしかない。
帝国は他にも多数の惑星が存在しているのと、タルタロスにいるのが囚人ばかりというのも影響している。
囚人の暴動やアンノウンという存在に対して、圧倒的な兵力がすべてを強引に解決してしまうだろう。
最終的にどれだけの犠牲が出るかはわからないが。
「悪くはないが……気になるのはアンノウンたちの目的だね。光学迷彩にビーム系統の装備をしているところからして技術的にはかなりのもの」
「なのに結構な大暴れをしている。そんなことをすれば、やがて大規模な兵力を送られることがわかっているはずなのに」
「そう。そこだよ」
ファーナが横から言ったことにメリアは頷くと話を続ける。
「明らかになんらかの目的がある。それを放っておいて大丈夫なのかという不安は残る」
「それについては気になりますけど、だからって遺跡に行くのは危ないですよ? どれだけいるのかわからないですから。せめて透明じゃなかったら」
「一応、少数のロボットを派遣しましたが、地下の駅までは到着できても、中に入るとすべて破壊されました」
「……あちらさんは侵入してほしくないわけだ。つまり遺跡に何か秘密があることはほぼ確実」
メリアは目を閉じて考え込むと、少ししてから軽いため息と共に目を開ける。
「アンノウンを狩る。まずいくらか減らしていき、どういう反応があるか確かめる」
「おおっ、なかなかに野蛮!」
「そうなると、わたしがあちこちをうろつく必要がありますね」
「いや、遺跡の方に仕掛けるだけでいい。複数のロボットを連れて、中に深入りせず向こうの守りを削る。通信機器の類いは持ってるだろうし、こちらの意図を相手が理解すれば、遺跡の方に戻ってくる奴らが出てくるはず」
「それを仕留めたあとゆっくり遺跡を攻略する、と」
今のところ、逃げる以外にはそれが唯一の打てる手だった。
もし相手の姿が見えるなら、他のやり方はいくらでもあったが、ファーナだけしか見ることができないなら戦力を集中させる必要があるわけだ。
本部にあるロボットは、基本的には警備用の軽装でコンパクトな代物が多数だったが、一部には重火器を備えた軍用の大きい代物もある。
壁となる個体と、火力となる個体を引き連れ、自らも銃器を持ったまま、まずはファーナが遺跡のある地下施設へと先行する。




