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100話 逃げ出す者たち

 タルタロスにおける暴動は規模を拡大させ続け、数日も経たないうちに、地下の鉄道網のあちこちで、武器を奪った囚人と押し留めようとする警備員との間で銃撃戦が始まる始末。

 これは非常にまずい状況であるが、しかし本部の一部では楽観的な空気に満ちていた。


 「長官、よろしいのですか?」

 「押さえるべき場所を押さえている。なら、この暴動はやがて終わるとも」


 それはなぜかというと、軌道エレベーターの守りを固めており、さらに食料に関しては急いで無事なところへと移送しているからだ。

 最悪、爆破して道を塞ぐという手段も取れるため、暴動自体はどうにでもなると考えているのである。

 つまるところ、相手の食料が尽きるまで耐えればいいだけ。

 問題は、そうなった場合かなり凄惨な光景が生まれてしまうという部分。


 「ですが、あまり手間取ると皇帝陛下からお叱りがあるかもしれません。……それに遺跡からの報告もあります」

 「光学迷彩を持った謎の存在か。共和国や星間連合の工作員の可能性は?」

 「わかりません。ただ、遺跡周辺の収容所から暴動は広がっているので、遺跡は無関係ではないように思えます」

 「なら調査させよう。光学迷彩への備えをした者たちを送れ」

 「はっ。ただちに」


 本部から遺跡があるところまでは、地下の列車で十二時間ほど。

 調査のための兵士を集め、準備を整えてから送り出す。

 地下の施設ということもあっておよそ百人。

 全員が帝国の兵士として正規の訓練を受けた者であり、監獄惑星であるタルタロスにおいては貴重な戦力。

 到着したという報告を受けて、さらなる報告を待つものの、一日が過ぎても連絡の一つすら来ない。


 「どういうことだ? 一向に連絡がないとは」

 「通信機器は持たせてあります。そうなると、ルイスという研究員が言っていた謎の存在にやられた可能性が」

 「ええい、こうなれば直接聞き出すしかあるまい。医療室にいる彼女を呼び出せ。ついでに同行していた者もだ」

 「わかりました。急いで呼びに……」


 言葉は最後まで発することなく止まる。

 突如、背中から光の刃を突き刺されたために。


 「て、敵が、ここにも……」

 「くそっ、いつの間に入り込んでいた!? こ、このっ!」


 まさかの襲撃であるが、長官は警報を鳴らすと、即座に銃を引き抜いて空間が揺らめく場所を撃つ。


 「いくら光学迷彩とはいえ、センサーが一切反応せずにここまで来れるはずが」


 必死の抵抗もむなしく、謎の存在が振るう光の刃は、長官の身体をも貫いてしまう。

 そのまま倒れるも、その直後武装した兵士たちが中に入り込む。


 「ち、長官が殺された!?」

 「警報が鳴ってからそれほど経ってない。敵はまだ中にいるぞ!」


 目の前の光景に驚愕したあと、辺り一面を撃っていく。

 これはルイスという研究員から、光学迷彩をした者がいるかもしれないということを聞いていたがゆえの行動だった。


 「あそこだ! あそこを撃て!」


 ばらまくように撃つのは、相手の位置を確かめるため。

 ある一点に銃撃が集中すると、光学迷彩が解除され、何者かが現れるとそのまま倒れる。

 すぐさま捕らえようと近づく兵士たちだったが、倒れた何者かが溶けるように消えていくのを目にし、全員が固まってしまう。


 「な、なんだと!?」

 「我々は、何を相手にしているのですか」

 「くそ、送られた者たちも無事じゃなさそうだ。……こうなったら軌道エレベーターで宇宙港に逃げるぞ」

 「え? し、しかし」

 「この本部は、侵入者に備えて様々なセンサーが用意してあった。なのに、エンゾ長官を先に狙われた。これでも残りたい奴は残れ」


 悩む兵士たちだったが、タルタロスという極寒の惑星に残されるよりも、宇宙港の方がまだいいということで、次々に軌道エレベーターを目指して移動していく。

 当然、兵士たちのそんな動きを見た職員たちも同じように移動するため、統制する者は誰もいない事態に陥る。




 「……うるさいね」


 けたたましい警報は、眠っていたメリアの目を覚まさせるには十分な音量を発していた。

 寝ている途中で起こされたため、不機嫌そうな表情を浮かべていたが、辺りが騒がしいことに気づくと近くを通る者を捕まえて話を聞く。


 「この警報はいったい何が?」

 「知るもんか。刑務官にでも聞いたらいいだろ。みんな集まってる」


 軽く周囲を見渡せば、明確な人の流れができている。

 それは普段立ち入ることのない区画への通路。

 地下にある駅へと通じる道。

 考えていても仕方ないため、メリアも周囲と同じように移動すると、そこは広い空間となっていた。

 元々は大量のコンテナが置いてあっただろう場所には、代わりに囚人たちが存在し、ロシュやアイシャの姿もあった。


 「……ったく、自分たちだけさっさと行くとはね」


 少し視線を動かせば、見覚えのある刑務官の女性が、警備員と共に立っていた。


 「集まりましたか? もうこれ以上は待てないので、この場にいる全員へ伝えます。暴動が起きましたが、上の奴らはそれを鎮圧せずに私たちを置いて軌道エレベーターへ逃げて行ってます。完全に封鎖される前に私たちは軌道エレベーターへ向かいますが、ついていきたい者はいますか」

 「へー、どうしてそんなことを教えてくれるわけ?」


 囚人の一人がそう言うと、刑務官の女性はため息混じりに言い返す。


 「暴動が起きている中心は、男性の囚人ばかりなところ。女性の囚人であるあなたちが、向こうに合流したいなら、それを止める気はありません」


 その瞬間、辺りは静まり返る。

 タルタロスにいる囚人は、男女別に分けられている。

 それは様々な面倒事を避けるため。

 男性ばかりの環境にいた者が、女性を見つけたら……。その男性が一般人ではなく、監獄惑星に送られるような犯罪者であるなら……。

 軽く想像するだけで厄介なこと極まりない。


 「刑務官さん。列車は一度にどれくらい乗れる?」

 「貨物用のを動かすので、ぎゅうぎゅうに詰めれば全員はなんとか。ただし、何も持っていくことはできない。一時間後には出発するので、それでも構わないなら列車へ」


 刑務官が警備員と共に列車の先頭に向かったあと、辺りは一気に騒がしくなる。

 今のうちに残っていた食べ物を食べようとする者や、トイレを済ませようとする者、無気力なまま床に座る者など、色々な行動をする者がいたが、メリアはまず最初にロシュとアイシャのところへと向かう。


 「二人はどうするつもりだ」

 「なんだい、メリアは今まで猫を被ってて、そっちが素か。まあ、ここはあの刑務官殿についていくのが良いとは思う」

 「私はこの機会を利用してハッキングを進めるわ。適当な資産を手に入れるから、守ってくれる? 堂々とできるから三十分もあれば済むわ」

 「……わかった」

 「ならついでに武器も探しておこう。男の囚人とやり合うとでも言えば、多少は分けてくれるだろ」


 方針が決まると、行動は早かった。

 アイシャは既にもぬけの殻となっているコンピューター室に向かい、メリアは護衛としてついていく。

 ロシュは他の刑務官や警備員と話し合い、武器をいくらか譲ってもらうことに成功する。

 そして合流したあと、三十分ほどが過ぎると、アイシャは深い笑みを浮かべた。


 「成功よ。私たち全員が出ていくことができるだけの資産を確保できた」

 「よくやった。あとはこの新入りと共に、列車で軌道エレベーターに……」


 会話の途中、銃声や爆発音がするので三人は慌てて駅のある方へと走る。

 そこで目にしたのは、列車で別のエリアからやってきた男性の囚人たちが、なにやら叫んでいるところだった。


 「女! 男女別に分けられているとは知っていたが、こんなにいるとは!」

 「逃げるなら撃つぞ! なあに、数人寄越せば見逃してやる」


 銃声と爆発音は、脅しのために駅にある機械を壊したことで発生したのか、今のところ誰も怪我はしていない。

 だが、このままではどうなることか。


 「武器を持ってて、気づかれてないのは、あたしたち三人だけ」

 「メリア、仕掛けるつもりかい?」

 「外に出てる奴らを仕留めたあと、中にいる奴らが戦おうとするなら、それも仕留める。戦わないつもりなら、話し合いで済ませる」

 「まあ、それが手っ取り早いか。このタルタロスにいるのは、ほとんどが犯罪者。中には殺人犯もいる。……どんな環境、どんな文化で育とうが、すべての者に通じる原始的な言葉を交わそう。暴力という言葉を」


 犠牲者を減らすには、最初のうちにどれだけ相手を減らせるかが重要。

 相手の銃口が天井に向いた瞬間、メリアは飛び出しながら射撃を行う。ロシュとアイシャもあとに続く。


 「な、お前、どこから」

 「ぐあああ!」


 準備が整わない出会い頭の戦闘。

 海賊をやって来たメリアからすれば、よくある戦闘に過ぎず、生死はともかく目標の無力化に成功する。

 慌てて出てこようとする後続に対しては、ロシュとアイシャの攻撃によって動きを止めることに成功したため、この場における主導権はメリアたちが握ることに。


 「おいこら! 新入りが上手いことやってくれたんだ。残りは早く乗れ!」


 ロシュが叫ぶと、外に残っていた囚人たちが慌てて列車へと向かう。

 既に三十分が過ぎていたため、残った者が入るまでそれほど時間はかからず、やがて列車は出発してしまう。

 メリアたち三人を置いていったまま。


 「……まさか置いていくとは」

 「むかつくと同時に、その決断力には感心する。こうなったら向こうの列車を奪うしかない」

 「動かすのは任せて」


 男性の囚人たちは、意外と数が少なかったため楽に列車を奪うことができた。

 あとはこのまま追いかけるだけだが、そこにさらなる問題が発生する。

 なんと、軌道エレベーターに通じるだろう線路が、爆破されてしまったのだ。

 しかも、その衝撃によって崩落してしまい、完全に埋まって通れなくなる。


 「これは……」


 進むことはできない。

 そうなると残るは一つ。

 男性の囚人たちが来た方へと進み、どうにか他の軌道エレベーターがあるところへと向かう必要がある。

 残された食料と武器をかき集め、列車に積み込んだあと、メリアたちは出発する。

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