日菜乃のもとへ
「さて、日菜乃さんを見つけるとは言ったけど肝心の情報がない。場所は万夏がいるから良いとしても万が一止まっていたらと思うとね」
「多分家にいると思う。この時間だし」
「ちなみにどこに住んでるの?」
「江戸川区。ごめんそこ重要だったね」
万夏は自分に苦笑しながら冬馬の問いかけに答える。すずが「東京人か~いいなぁ」と呟いていたが冬馬はあえて無視をした。
「よし、そこに行こう。自転車でもまぁまぁ時間かかりそうだね。近くにレンタル自転車をやってることがあれば良いんだけど…」
「あ、それならすぐ近くの改札付近にあるよ」
「じゃあそこで借りたらすぐにでも行こう。」
自転車を先ほどのように借りると万夏の案内の下、日菜乃のいるであろう場所へと向かった。やはり確実に安全ではないこの状況でいるため、前から万夏、真ん中にすずで最後尾が冬馬という形になっていた。
万夏…。どうして彼はこの事態で無事だったのか、どうして自分たちは助かったのか。移動中の冬馬はひたすらにそんな事を考えていた。冬馬はこれから起こる可能性のある様々な事態を想定していた。それこそ明らかにありえないという事態であったとしても。こんなおかしな現象で生き残り、助かったかと思えばさっき会ったばかりの知らない人の知らない幼馴染を助けるなんてことになっている状況で「ありえない」などというものは通じないのだ。
「この橋を渡ればもうすぐだよ!」
万夏がはっきりとした声で言った。
「あとちょっと~…!ファイトトーマぁ…」
「ありがとう。でもその言葉はすずの方に言うものかな」
途中途中で万夏は休憩を提案していたが明らかに二人を思ってのことであり、またそれを見透かした冬馬とすずの要望というのもあり休まずにここまで来たのだ。
「ストップ」
「万夏くん?休憩はいらな…」
減速しゆっくりと止めた万夏にすずが話しかけるも万夏の言ったことの意味を察した冬馬は瞬時にすずの口をふさいで言い終わらすことはなかった。
「何かがいる…」
その万夏の言葉を聞くとすぐさま冬馬はすずを抱きかかえるようにして守る体制を取ると同時にその「何か」を確認しようとする。
「ねぇちょっとトーマっ…!恥ずかしいし暑いから…」
すずは恥ずかしさなどの感情から静かな声で小さく暴れていたが冬馬の力が緩むことはなかった。ましてそれは強くなることとなっていたのだ。
「何か」それはとても人とは呼べないような見た目をした禍々しく感じるものだった。人のような四肢を持つも、まるで背骨がないかのようにうねうねと体を動かす。気味の悪いオーラを放ち、まさしく“敵”という言葉がふさわしい相手だった。
「人…とかではなさそうだね。おそらく時を止めた張本人かその仲間…」
「冬馬、どうする?相手は気付いていなさそうだけど」
このタイミングで会うとは想定の範囲外、移動中に考えていたありえないはずのことを余裕で超えてくる現象ばかりだ。
もしこいつを倒したら元の世界に戻るのかも…。後ろから鈍器のようなもので殴れば…。この場合僕たちがすべきことは…。
「気付かれないように通り過ぎよう。慎重に、念のため自転車もここに置いていこう」
「……分かった。行こう」
これまで想定していなかったことの連続だったこの状態で冬馬が目の当たりにしたそれが我々の常識通りに行くとは思い難い。鈍器で殴って倒せるような実体のある存在とは思えないのだ。すずも近くにいるため守りながらとなると仲間を呼ばれてしまったときに太刀打ちできる保証はない。ならば気付かれていない今逃げるのが一番安全だと踏んだのだ。
基本的に冬馬はすずにその「何か」を見せないようにして守るように、慎重に、静かに進んでいった。
万夏もまた慎重に進んでいく。幸いにも「何か」は気付くことがなく、その場を通り過ぎることができたがそれは安心していいものではなかった。
「なんだったの?動いた人でもいた?」
すずはまだ少し顔を赤くして冬馬に聞いた。
「突然ごめんね。びっくりしたよね」
「まったくだから!いくらトーマでも心の準備が…」
ボソボソというすずの言葉を冬馬は聞き流し続けた。
「着いたよ。ここが日菜乃の家」
「鍵は?」
「お互いに合鍵持ってるんだ。親の仕事の都合とかで片方の家に泊まることもよくあったから」
「そうなんだ」
「とりあえず行ってくる。ちょっと待っててね」
そういうと緊張した様子の万夏は日菜乃の家へと入っていった。
「万夏くん、日菜乃さんと会えるかな…」
「会えるよ。きっと」
すずの問いかけに周りを見ながら答える。それもそのはず先程の何かがこちらに向かってきていたら助かる保証はない。ならば早いうちに見つけてすずを守る体制にしていなくてはならない。万夏の日菜乃探しも重要だがそれ以上にすずの命が最重要なのだ。外が危険なのはきっと万夏もわかっている。だからこそ急いで探しているのだろう。それを信じて冬馬は待つだけだった。
「むぅ~…おそいね」
すずが膝を抱えてしゃがみふくれっ面になり言った。たしかに遅い。馴染みのある一軒家で何分もかかることはない。それはつまり日菜乃が見つかっていないことを暗示した。見つからなければ同じような場所、あり得ない場所でもより細かいところを何度も探すはずだ。会いたい人なのだからそれをするのも当然のことだろう。
しばらくすると扉が開いた。そこから出てきたのはうつむいた万夏一人だった。
「ごめん。見つからなかった…」
真夏は無理やり作った笑顔でそういった。いつ泣いてもおかしくない、そんな顔であるのも気付かずに。誰もそれを指摘することはなくただその残念な知らせに肩を落とすだけだった。
またイチから探し直し、この広い東京をこまなく探すことになると思うととてつもない徒労が─
「…いや、まてよ…?見つかってないってことは別のどこかにいるってことじゃないの?この時間だしふつうなら家にいるはず。つまり日菜乃さんは動けてるんじゃない…?」
冬馬はボソリと呟いた。その仮説は皆にとって最後で最高なものだった。
「た、たしかに!女の子がこんな時間に外を出歩くことはなかなか難しいだろうし、まだチャンスはあるかも!」
すずはその仮説を聞くと、目に光を取り戻した。その仮説こそが最後の頼みである。
「でも場所は…?」
「……分からない…心当たりはあるけどそこにいるとは思えない…」
「時間が止まってから2時間くらいはたってると思うし近くと断定はできないか…」
時が止まってから動き回っていた時間はかなりたつ。矛盾にしか取れない言葉で頭が痛くなる。
「どこか日菜乃が行きそうなところ…思い出の場所…思い出せ俺…!」
万夏は脳をフル回転させ日菜乃のいそうな場所を考えた。
「………秘密基地!そこになら!」
そうして万夏は勢いよく候補地を挙げたのだった。
「じゃあそこに行こう。そこにならいる可能性があるんでしょ?」
「うん!日菜乃が覚えていればだけど…。小学6年のときになにかあったら秘密基地に避難しようって誓ったんだ!」
少し自信なさげに、でもこれが一番高確率で見つけやすい場所だったのだ。
「日菜乃…いま向かってるからな…。待っててくれ…!」
三人は全力で走り、『秘密基地』へと向かっていったのだった。