動いた人
「ぼ、僕も!僕もすずと一緒にいたい!ずーっと一緒にいて楽しいも怖いも分かち合いたい!デートの延長を楽しみたい!」
「そっか。じゃあ、この状態を、止まった世界を楽しもうよ!二人だけでさ!」
この時が止まった状態での過ごし方。二人だけの静かで邪魔者のいない世界となっていた。
「でもどこで遊ぼう。止まってるからゲーセンも遊園地も遊べないしレストランとかも無理だ」
「じゃあできることして楽しも!ここらへん適当に歩いても十分楽しいし!」
「……そっか。じゃあ適当に歩いてこう」
冬馬はすずの提案を聞き受け、自転車に乗った。
自転車に跨りペダルを漕ぎ、浅草を疾走する。周りを見渡せばイメージ通りだったり違ったりと気づきがある。ビルよりもマンションのほうが多く、グネグネと曲がる道が少なく感じる。またマンションの下に飲食チェーン店があり、時が止まっているにも関わらずいい香りが二人の鼻孔を刺激していた。雷門からの距離は知らぬうちに遠くなり、気付けば二人は橋を渡っていた。
「みてみてトーマ!金色のうん…」
「こらこら。可愛らしい女の子がそういうことを言うんじゃない」
黄金のオブジェがある建物を前にすずの発言を誰も聞いていないとはわかっていながらも冬馬は遮りそれを見た多くの人が思うであろうことを言い切らせなかった。
橋を渡りきり、まっすぐ進んでいくとマンションの他にビルが増えてきて窓には学習塾や法律事務所の名前がデカデカと載っていた。より進んでいくと飲食店が増え、ラーメンからカフェなど様々な店が並んでいた。飲食店が増えていた理由など前を見てすぐにわかる。その目の前の大きな塔を見て。
「わぁ~!」
「着いたね。とりあえずここを目指してみたんだ」
「でっかいねー!迫力すごいし綺麗~」
止まった時刻が夕方の6時ちかくということもあり、薄暗い中のライトアップはとても美しく輝いていた。
「みてみてトーマ、かわいい!」
すずが入口付近のマスコットキャラクターのようなものを見つけはしゃいでいた。冬馬はこの姿を写真に残せないことを恨めしく思いつつも幸せな気持ちが胸をいっぱいにしていた。
「トーマ、上行こう!景色きっときれいだよ!」
「え、マジ?」
冬馬はすずのその一言に困惑が隠せなかった。キョトンとしたすずの頭には?が浮かんでいたが冬馬の次の言葉に青ざめるのだった。
「すずさん。残念ながら今はエレベーターは動かないですよ。……階段でこの高さを…?」
「はわゎ…そうだった!やや、やめよう!上りきった頃には死んじゃうよ…」
「また今度、時間が動き出したりでもしたら上の階へ行こう」
「……そうだね!きっと時間が進むときは来るだろうし、そのときにね!」
すずは笑顔で冬馬の言葉を受け入れた。きっと時がまた動き出すだろう、そんな不思議な自信と確信が二人の頭にあり信じてやめなかった。いずれこの奇跡も終わる。“二人だけ”の世界もいつかは…。
そんな二人の考えが根本的に間違えていると気付くことになる。ありえない。いや、あると分かっていても脳が見て見ぬふりをしていた出来事によって。
「人の声…?おーい!もしかして誰かいるのかー?」
はっきりと聞き取りやすく、力強さすら感じる声。遭難した際に役立つ声だと誰もが言うだろう。ただ一つ疑問が浮かぶ。何が言いたいかというとこの声は
「「人…?」」
二人以外のものであるということだ。
二人の頭の中は異常事態による混乱であふれていた。この場合安堵、または喜ぶべきなのかもしれないが実際のところは恐怖や不安などといった負の感情でしかなかった。それもそのはず動いている人間は先程の声の持ち主のみだ。いや喋っていないだけで他にもいるのかもしれないが時が動いていないという事実がある時点で安堵する理由というものは無くなっていたに等しいのだ。
まずその人間が二人にとって害のない相手なのか、この人が時を止めた本人で動いている人間を殲滅に来ているとしたら…。また、仮に害のない人間だったとしても“二人だけ”でいたい冬馬たちにとって関わりたくはない存在であった。つまりその声の持ち主がどんな人間であろうと存在を認知されたくはないのだ。
「聞き間違いかな…。はぁ~幻聴が聞こえるほどに参っちゃってたか…」
しばらく黙っていると声の持ち主の独り言が聞こえた。おそらくこの状況を理解していない、言うなれば同じ「被害者」といったところなのだろう。
「ひとりぼっちはやだなぁ…。こんなことになるんだったら日菜乃といっしょに来ればよかった…。」
独り言は止まることなく、自分を慰めるかのように、一人であることを紛らわすかのように続いていた。日菜乃、おそらく恋人が想いを寄せている人なのだろう。
「日菜乃…会いたいなぁ…」
その一言は冬馬に深く刺さった。この異常事態ですずと一緒にいれたということはものすごくありがたい奇跡なわけで、冬馬がこの人と同じ一人だけでいたらそれは楽しむどころの話ではない。不安や寂しさ、恐怖すらあったろう。
「すまない、ここにいる。こちらも状況がうまく飲み込めてなくて隠れていた。」
「ちょっ…!ばかトーマッ!なにやってんの!」
突然の冬馬の行動にすずは目を大きく開き、驚いていた。なぜそんなことをしたのかと。冬馬自身もその理由はわかっていなかった。ただ、好きな人を想い寂しい思いをしている人を目にして同情していたのかもしれない。
「ごめんすず、多分この人は悪い人じゃないよ。僕らと同じ境遇の人だ」
「ってことは君たちもこの世界に取り残された感じか…」
そういうと難しそうな表情をした青年は二人を見て言った。
「あ、ごめん。俺は万夏、1万とかの万に季節の夏で万夏」
万夏と名乗ったその青年は高すぎない背に太っておらず痩せすぎているというわけでもない。服で隠れて見えないがきっと細マッチョに近い体格をしていると感じた。おおよそ冬馬と近い年齢である好青年といった印象だった。まさに「主人公」のような見た目であった。
「こちらこそ申し遅れたね、僕は冬馬、季節の冬に馬で冬馬。で、こっちはすず、ひらがなのすにひらがなのずですず。よろしく」
「え、私の紹介変じゃね…?無理やりその方式やろうとしなくていいから!やり直してよ!やーりーなーおーせー!」
ぽかぽかと冬馬を叩きながらすずは言う。その騒がしさに万夏は笑みがこぼれていた。
「なんか嬉しいなぁ…。突然こんな事になってさ、俺一人だったから。こんなに人の声で安心したのは初めてだよ」
そう語る万夏の目には涙が浮かんでいた。家族や恋人はおろか友人や知り合いすらいない助けのない状況で絶望しきっていたのがよくわかる。
「ところで冬馬たちはなぜここに?」
少し落ち着くと万夏は二人に聞いた。
「観光。ど田舎から来たもんだから有名な所に行ってみたくてね」
冬馬は嘘をつく理由もなかったため正直に話した。すると万夏はまた難しい顔をして
「なるほどねぇ…。ちなみに上の階には?」
「いや、時が止まってから来たから行ってないんだ」
「そうだったんだね。まぁ階段で行くとなるとこの高さは…ねぇ…」
万夏は苦笑しながら言った。
「あ、万夏くんさ、さっき日菜乃~って言ってたけど彼女さん?」
すずが先程の独り言について掘り返すと万夏は少し耳と頬を赤らめた。
「あ、あぁ。さっきの独り言聞かれてたかぁ~恥ずかしいなぁ…。日菜乃はね、俺の幼馴染なんだ。彼女とかではないよ」
「ふ~ん…。その言い方だと万夏くんは好きって感じだねぇ」
すずは万夏の言葉から鋭く読み解いていった。すずは恋愛のこととなるといつもの能天気さが嘘のように賢くなる。そんな風に思いながら冬馬はすずと万夏の会話を聞いていた。
「いやまいったな…。その通りだよ、実はというと日菜乃の誕生日が近くてね、プレゼントを探しに来たんだ。その後にちゃんと告白をしようと思って」
「わぁ~!めっちゃ素敵!日菜乃ちゃんもきっと喜ぶよ!」
「まぁ、こんな事になっちゃってそれどころじゃなくなっちゃったけどね…」
万夏は少し暗い表情をして言った。
「冬馬…」
すずもまた悲しそうな表情をして冬馬を見つめる。冬馬もすずの言いたいことを理解しているが、
「なんとかしてあげたいけどこの状況で日菜乃さんが無事である保証もないし、まして助ける方法すらないからね…」
なんとかしてあげたい気持ちはとてもある。冬馬が万夏の立場であったら迷わずすずの元へ向かうだろう。しかし他人事である。他人事であるが故に冷静に判断ができる。ここにいる全員がそんなことは分かっているだろう。だからこそ冬馬は
「でもその場に行ってみなきゃわかんないっていうのもある。ちなみに万夏、日菜乃さんの確認は?」
「……ぇ?し、してない。突然のことで何がなんだかわかってなかったから迂闊に動けなくて、とりあえずここが有名なところだから人も多いだろうしきっと俺みたいな人がいるかもって思って来ていたから」
まさかの冬馬の発言に万夏は拍子抜けた声を出しつつ質問に答えた。
「よし、じゃあ確認しよう。僕たちみたいな例外として動いているかもしれないし」
その時、冬馬たちにとって次の行動が決まった。
「日菜乃さん、みつけようぜ。そして万夏、しっかり告白成功させろよ?これ、僕たちへの見返りな!」
冬馬は万夏に優しい笑顔を向けてそういった。
「ふたりとも…!ありがとう!」
万夏もまた覚悟を決めた表情でいたのだった。