止まった世界の楽しみ方
「これからどうしよっか。電車も動かないから帰れないし」
「うーん。どうせなら遊びたいんだけどねぇ…」
冬馬の問いかけにすずはそう答えた。東京に遊びに来た二人に襲いかかった突然時間が止まるという超常現象。この状態においていくつかわかったことがあった。
まずもちろんだが人、鳥など生き物から始まって植物なども動くことはない。まして風が吹くことも音が聞こえることもない。このあたりの五感で感じられるところから始まり、電気や火などを新たに使用することは不可能ということ。これは元々電気がついていた空間において電気エネルギーが使用された状態で止まっているため光っている。対して止まった状態において電気スイッチを押したとしてもエネルギーが止まっているため光ることはないということである。簡単に言ってしまえば元々ついていた状態の電気や火は動きこそないものの働きをやめていないため輝いているが、新しく作ろうとしても働かないため機能しない、つまり光らないということである。火に関して言うと少し特殊で「ものを焼く」ということが出来ないのだ。どれだけ当てても生の状態が続き、焦げることはない、まして油が跳ねる音もない。匂いはあることにはあるが変化はない。暖かさはあるが時間が止まる前の状態から変わることはないので元々暖かくない限り「部屋中暖かくなる」という事象はない。
さて、現在の状態で二人がわかったことというのは表面上のものであり内部的なところ、つまりは本質を理解しているかと言われるとそれは否である。
「やはり深いところを知らなくてはなんとも言えないな…」
冬馬にとってそこを知られていない以上は勝手な行動は非常に危険なことであり、不安要素であった。
「ねーねートーマ、一緒に雷門行かない?ちょっと遠いけどさ時間は無限にあるから!」
「いや、今は勝手に遠出はできない。とりあえず身近なところから安全確認を行いつつ行ける範囲を広めていこう」
「むぅ…わかった…」
もう一つ、すずの存在は冬馬にとって相対的な感情をもたらした。それこそ近くに愛する人がいてくれる安心感、もし一人でこの状態だったと考えるともれなく冬馬の精神は崩壊していただろう。しかし好奇心旺盛なすずがいるからこその落ち着いた行動の取りにくさもあった。かすり傷一つでもすずに怪我をさせてしまうことは絶対に許されない。この非常事態にうろたえることなく命をかけてでも彼女を守り抜かなければならないのだ。
「まずは表面的なところから理解していこう。この世界のルールを見つけなくては」
今の冬馬にすずを守ることができるかと言われたときに胸を張って首を縦に振ることはできない。ではどうするべきか、それはこの止まった東京のルールを知ることが最重要である。
「特に時が止まったことによる影響での地割れとかはなさそう…?」
「文字化けもないしフツーの日本語だから異世界とかでもなさそうだねぇ」
「うん。今のところは時間が止まっただけっぽいな。きっとこの調子ならすずの行きたがってた雷門も行けるかもね」
「マジ!?やったー!」
「もちろん確実に安全だと分かったわけじゃないから慎重に行くのは変わらないからね」
「はーい!」
明らかに機嫌が良くなったすずが元気よく返事をするところを見て冬馬は若干の不安を持ちながらも愛らしさに微笑んでしまうのだった。
「はぁはぁ…まだ着かないの?」
「まだ半分も行ってないよ。ほら言い出したのはすずでしょ」
「ひぇーおぶってってぇ…」
弱音を吐きながらも知らない土地を進んでいく二人、スマホも使えないため駅にあった地図や観光冊子を使って雷門へと向かう。勘と地図を頼りに車やバス、電車もなしで行くのにはなかなかにきついものだった。
「あ、すず、自転車があるよ」
しばらく歩いていると同じ型の自転車がいくつも並んでいた。
「ほんとだ!でもこれレンタルの…」
「う~ん…お金だけおいて借りよっか」
「そらならまぁ…いっか!借りま~っす」
おそらく店の人であろう中年の男に二人分のお金を置き、鍵を取った後に乗る。当然誰も咎めることはない。だからこその罪悪感を残しつつもペダルを漕ぐ。
「いぇーい!!らっくらくぅ」
「あんまりはしゃぎすぎないでよー!なにがあるか分かんないんだから」
「はーい!」
自転車に乗ったからとはいえ警戒をなくしたわけではない。冬馬が前でその後ろをすずがぴったり付いて行く。
地図のとおりに進んでいくと
「おお~!着いたー」
目当ての門へと着いたのだった。キラキラと輝いて見える「金龍山」の文字、門というよりも一軒の建物といったほうがいいのではと思うほどに立派な屋根と壁、なによりも「雷門」と書かれた大きな赤い色の提灯がその存在を堂々と示していた。左右に置かれた風神・雷神は力強い表情を浮かべ、二人のことをじっと睨みつけているようにも感じたからか、自然と背筋がピンとした。
「ここが雷門…テレビでしか見たことなかったけど迫力すごいな」
二人は門を眺め、息を呑む。そして
「「で?」」
となる。
当然といえば当然なのかもしれない。雷門の周りには国籍を問わず多くの観光客がおり、“動いた世界”であれば明らかに賑わっていたのだろうが今は止まっていて静かだし携帯が使えないため写真を撮ることもできず、この門について興味があり知識があるわけではないため深く気になるところもない。いわば『ただの迫力のある門』なのだった。着く前までのワクワクが嘘のように冷めていて着いたその瞬間、目に入った光景のみが二人の熱を最も高めた時だった。
「なんか…あれだね。ここまで来といてあれだけど…」
「わかる。なんか…しっくりこないよね」
二人は手を繫ぎただただ雷門を眺めていた。まるで周りの人々のように。
少し照れたように顔を赤らめてにやけにちかい笑みを浮かべるすずを見て冬馬の中で思ってはならないはずのことが頭をよぎる、否定したくてもそれを脳が、本能が拒もうとする。いや、そもそもそう思うことが唯一の逃げ道だったのかもしれない。頭の中で必死にそう思い切ってしまうことを拒む、歯を食いしばりながら。痛みをこらえるように。
「トーマ?だいじょぶ…?」
「……う、うん。もちろん」
「そっか。ならいいんだけど、顔色悪かったからさ」
「…へ~。なんでだろ、全然体調はいいのに」
「ぶぅ~。嘘つき、トーマ本当のこと言ってないね」
「…そ、そんなことないよ。ほら、ね!」
冬馬はすずに笑顔を見せつける。無理矢理ではなく自然な顔色で。
「トーマはこの東京で何がしたい?」
「止まった状態の今でってこと?」
「そそ、みーんな動かないこの状態で」
「うーん…。パッとは思いつかないや」
「そっか~。私はねいーっぱい遊びたい!」
満面の笑みを浮かべたすずは続ける
「トーマといろんな観光スポットに行っていろんな珍しいものを見たい!美味しそうなものいっぱい食べてめいっぱい遊びたい!どうせ時間が止まってるんだもん、何もしないのはもったいないよ」
その瞬間、冬馬の中の抑えていた思ってはならないはずのそれが溢れ、弾けだした。
「ぼ、僕も!僕もすずと一緒にいたい!ずーっと一緒にいて楽しいも怖いも分かち合いたい!デートの延長を楽しみたい!」
うわずった声で、顔を真っ赤にして後のことなど考えることすらやめていた。すずと付き合ってから、いや、付き合う前から抑えていた感情をこぼし本人に想いを伝える。冬馬にとってそれはものすごくハードルの高いものであり、恐ろしいことだった。本音を言ってしまえば傷つくかもしれない、嫌われるかもしれない、別れてしまうかもしれない。そんな恐怖に包まれ今まですずのすべてを認め、自身を閉ざしていた冬馬の久しぶりの本音だった。
「そっか。じゃあ、この状態を、止まった世界を楽しもうよ!二人だけでさ!」
そうすずが言うと冬馬は今までにない笑顔で
「うん!」
そう一言返事をしたのだった。