プロローグ
─もし、世界の時間が止まったら何をするだろうか。銀行強盗、人殺し、“動いた”世界での禁止事項、すなわち犯罪行為をしまくる?時が止まるという摩訶不思議な世界の解明のため旅に出る?
主人公のような人間ならそうしたかもしれない。でも僕は違う。動かない、止まった世界はあまりも“都合がいい”
僕は、僕たちは君とともにこの邪魔者のいない世界を楽しむ。たとえどんなことがあったとしても─
朝、その青年は7時半であることを知らせてくるうるさいアラームを止め、眠い目をこすりながら着替えていく。中肉中背で可もなく不可もないどこにでもいそうな平凡な顔立ち、髪は寝癖が立ちながらも清潔感のある雰囲気を持っていたその青年、冬馬は小さくあくびをしながらも家を出る。春らしさのない肌寒さと台風が去ったあとのような静けさ、外に出るとよりそれがわかる。風もなくすれ違う人もいない。まるで時が止まっているような状態だった。鳥のさえずりが時の動きを示していた。歩みを進め、駅に着くとそこには
「トーマ!」
そう冬馬を元気に呼ぶ可憐な少女がいた。
「すず、おはよう。ごめんね待たせちゃって」
すず、と呼ばれた少女は150cmほどの小柄で腰より少し上まで髪を下ろしていてパーマもカールもせずすこし吊り目気味の元気で可愛らしい顔立ちをしていた。
「おはよ!さっき来たとこだし大丈夫。なにより楽しみだったから、トーマとのデート!」
「僕も楽しみだったよ。あまり長話もできないし行こっか」
「あ、そうだね。行こっか」
そう短い会話を交わし駅の中へと入る。
「デート、デート♪」
「すず、はしゃぎすぎ」
「だって楽しみなんだもーん」
微笑ましい笑顔のすずを眺めながら冬馬は自然と笑みが溢れる。二人にとって幸せな瞬間である。
しばらくの時間電車に乗り気づいた頃には駅につく。東京駅、レンガでできたレトロな雰囲気を醸し出されている建物。駅そのものが観光名所となっている感覚になり、田舎者の二人からすれば電車を降りたその時から観光が始まっている気持ちになるものだった。
「ひぃ~。着いたー!トーキョー!!」
「すげぇ…でっかい建物ばっか…」
高いビル、車のクラクションから走行音まで聞こえ、仕事仲間となのか友人となのか電話をする人々から会話するどこから来たかもわからない観光客の声。朝とは違う騒がしさ、まさしく時の動きが目に見えてわかるこの場所は都会という言葉で表すことに抵抗がなかった。
「トーマ、いこ!」
「う、うん。まずは近くの広場で散歩でも…」
前日から様々なデートスポットを検索していた冬馬は数多くのブログやサイト、口コミから選んでいったものを出していた。
「えー。広場を歩くだけなんてうちの近所を歩くのと変わんないじゃん」
が、すずにはお気に召さない様子であった。
「えぇ…そんなこと言ったって…」
「どうせ散歩するならさ、ここらへんを適当に歩こうよ!」
すずは笑顔で冬馬に言うと二人は手を繋ぎ歩き出した。
「いい匂いするね~。お腹空いてきちゃう」
「すずは食いしん坊だな~」
「ぶー。そんなことないもーん」
そんな会話をしていると、
「わわ。トーマ見て、すごい人だかり。なにかやってんのかな?」
大きな建物の周りに多くの人が集まり、会話をしていた。タオルを肩や頭、腰に着けている人もおりほとんどの人が色違いの同じロゴをしたTシャツを着用していた。さしずめアイドルがなにかのコンサートなのだろう。
「ライブっぽいね。なんかのアイドルの」
「ふーんA会場やC会場とかって分かれてあるみたい。すごいねぇ」
「ね、僕らの行ったことのあるコンサート会場なんて多目的ホールみたいなの一つだけなのに」
そんな他愛のない会話をしながら散策しているとすずの様子が明らかに変化する。
「すず、どうかした?」
「………」
動きがピタリと止まり、反応がない。冬馬が心配し始めたときすずの腹から「ぐうぅぅ」という大きな音がなった。冬馬は目を丸くするもすぐに笑顔になり
「近くのカフェ、行こっか」
「う、うん…」
耳を真っ赤にしたすずが冬馬の後ろについてカフェへと向かう。
「ふぃー。生き返るぅ~」
「もうお昼だったもんね。気づかなくてごめん」
「んーん!トーマは全然悪くないよ!」
トーストサンドを美味しそうに頬張るすずに冬馬は罪悪感と自責の念があった。彼氏としてすずのことを気遣えなかったことに。そんな冬馬に優しく、元気に微笑んで言った。
「さてさて、私気になる雑貨屋さんが近くにあるんだよねぇ。そこ行かない?」
「よし、じゃあそこに行こっか」
そういうと二人は雑貨屋へと向かいお互いに気に入ったシャープペンシルや消しゴム、ノートなどの文房具を買っていく。このあとも様々なところにすずを主体として観光をしていく。それでも二人は楽しんでいた。お互いが偽りのない笑顔を見せ合い、幸せな二人だけの時間を過ごしていく。そうしていると気づいた頃には時刻は18時となっていた。日も暮れ始め、一番デートに似合う時刻、しかし二人が向かう先はムーディなレストランでもなくイルミネーションが綺麗な通りでもなく東京駅だったのだ。その理由とはとてもシンプルで二人の住む土地が田舎だからだ。夜まで東京にいては家につくのが深夜になってしまうことは想像に難くない。それが二人にとって寂しく心苦しいことであることも含めて。
「帰んなきゃだね…」
すずが寂しそうにうつむきながら言うと冬馬の胸が締め付けられるような痛みに襲われた。目の前で恋人がまだ一緒にここに居たいと思っている。なんとかしてでも東京に居たい、しかしそれをする力も手段もない。それがどれだけ冬馬にとって心苦しく悔しいことか。
「でも帰らなきゃ。すずのお母さんたちが待ってるよ」
冬馬は自分の中にもあった欲や心苦しさのすべてを抑え込み、封じ込めてすずに言った。
しかし二人の足は動かない。二人の周りの騒がしさだけが時の動きを知らせてくれる。会社帰りで飲み会をしようと楽しそうに会話する者、遊園地帰りの集団で騒いでいる大学生、大人な雰囲気に包まれたカップル。あらゆる音が、動きが、空気感が、二人以外のもたらすことが時間の進みを示していた。
「あーあ、いっそこの時間が止まってくれればいいのにね。そうしたらもっともっともぉーっと一緒に要られたのに…」
自分の寂しさを打ち消すかのように無理した笑顔ですずは言った。
「ほんとにね。そうしたら二人だけの世界になれるのに。もっとすずとここに自由で居られるのにね」
冬馬もそれに賛同する。しかしこの世界においてそんな二人の望みに微笑みかけるほどの優しさを持つ神はいない。そんな会話をしたところでピタリと時計が止まることはない。相変わらずうるささすら感じる周りの動きにその現実を突きつけられ諦めがついた。
「行こっか。早くしないと電車が来ちゃうよ」
そう冬馬が言い歩き出そうとしたその時、とてつもない衝撃波とともに時計の鐘がなるような爆音の後、世界は変わった。いや、二人にとってその瞬間はまさしく神の存在を証明する機会となっていたのかもしれない。それも都合が良すぎるほどに想像していた通りの神が。
東京駅の前、この場所が東京であることを忘れるほどの静寂に包まれ風の音一つ聞こえない。すずと冬馬以外の人々の動きは止まり瞬き一つしない。そんな目に見えた異常事態に二人の脳は焦りに近い働き方をする。なにがあった?なぜ誰も動かない?今までに経験したことがない、というより経験できるはずがないこの状態に疑問だけが浮かびそれらしい答えが見つからない。
「な、なにがおきてるんだ…?」
「トーマ…みんな止まっちゃってる…」
「すずは動いてる。僕も、でも他の人は…。というか今ここで何が起きてるのかわからない。動かなくなっただけなのか?」
二人は周囲を見渡す。目に見えてわかる異変の情報を少しでも多くかき集めてまとめるため。
「……あ、わかった!これってドッキリでしょ」
すずはいつものような明るい表情で続けた。
「私知ってるよ。東京では芸能人だけじゃなくてフツーの人にもドッキリすることがあるんだよね!ね、トーマ…?きっとそうだよね?」
先の言葉を訂正するとしたらそれはすずの表情は明るい訳ではない。思考を停止したいわゆる「諦めモード」である。都合のいいように脳が不完全な理解を済ませようとしているのだ。それ故に笑顔でメンタルをカバーしている。そうしなければこの状態に慣れず恐怖で壊れてしまうから。しかしそんな思いすらも一蹴されてしまうのだ、空を見上げることによって。
「鳥が…」
「動かないで空を飛んでる…」
二人の中のドッキリという小さな希望は潰えることとなる。鳥は羽を動かし飛ぶ、同じ場所に止まって飛ぶことはできない。幼児でも分かる知識がここでは通じていないのだ。同じ場所で微動だにせず飛び続けている。もはや飛び続けているという表現すら疑問になってくるほどに。二人の頭には「諦め」の文字が浮かび動いた世界への戻り方を思いつくことどころかこの状況に納得の行く結論が出されることはなかった。
はじめまして、遠藤まめです!
本日より投稿させていただきました〜
時間が止まってしまった世界で冬馬たちに訪れる様々な出来事を登場人物になった気持ちで読んでいただけたらと思います!
よろしくお願いします〜