02
翌日の朝、ハリエットはいつも通りの時間に目覚める。
出かけない日であっても、毎日のロールツインテールは必須だったため、おめかしの為の早起きは体内時計に刻まれていた。
ハリエットがこの髪型を始めたのは、幼い頃に読んだお姫様と王子様の可愛い挿絵が入っている物語と全く同じにしたかったからだ。
ノーマンドに一目惚れしたのも、まるで本の中の王子様の様にキラキラして見えたから。
しかし実際は、悪夢に出てきた"子豚"を愛でて、自身のことは虫ケラ扱いする冷たい男である。
自分が悪いと言うことは痛いほど理解しているが、それでも悪態が溢れ出てくる。
非公式の場で断罪することも出来ただろうに、ノーマンドはわざと卒業パーティーの場であの断罪劇を披露したのだ。
思い出せば思い出すほど苛々が募ってくる。
「フンッ!まぁ良いわ。私にもやり直しの機会が訪れたのだもの。きっと神は私に"やり過ぎた"と思っているのよ。」
ようやく冷静になって考えると、今のハリエットには"悪夢で過ごした記憶"があり、精神年齢も18歳まで引き上がっているようだった。
先に未来が知れたのを幸運だと思う事にし、己を奮い立たせる。
ハリエットは使用人を呼ぶと、髪の毛は軽く梳かしたままにするよう命じた。
珍しい!と驚く使用人の反応が面倒で、あしらうように今度は着替えを催促する。
当然のようにリボンとフリルが沢山ついたドレスを持ってこられ『何故そんなにも子供らしい、しかも古くて可愛くないデザインのドレスを持ってくるのかしら?』と文句を言おうとしたが、そう言えば今は10歳で、クローゼットの中身は似たり寄ったりだったことを思い出す。
「もっと大人っぽい…いえ、地味なドレスはない?」
「ハリエット様…先程からどうされたのですか?」
「昨日のお茶会で他のご令嬢を見て好みが変わったのよ。そうね…大人しい…慎ましい感じ?が良いと思ったわ。」
「そうだったのですね…。それでは商人を呼んで新しいドレスをご購入できるよう、旦那様や奥様に頼まれてはいかがでしょうか?」
ハリエットの急な変化はお茶会がキッカケ…ということにした。
特に変に思われなかったようで、使用人の提案にそれもそうね。と寝巻きのまま部屋を出た。
私達が怒られます!と止められたが、もうフリフリのドレスは着たくないのだ。
はしたないと言われようが寝巻きの方がマシだった。
貴方達が怒られる事はないから安心して、と言ったものの、不安そうに見送られた。
◇
侯爵家の長女ハリエット・クレイドは、10歳のお茶会以降その姿をどこにも表さなかった。
両親曰く、病弱という訳でもなく元気に成長しているらしいが、本人が学園に通う15歳までをゆっくり侯爵家の領地で勉強して過ごしたい…と言うことで、引きこもりがちなのだとか。
ノーマンド皇子の婚約者候補として一時は名前も上がっていたが、10歳のお茶会での対応を見た大人達やノーマンド本人の希望で候補からは外れていた。
昔のようにクレイド家からの"強い打診"も無いため、現状、アンヌ・ブロンテ公爵令嬢が最有力候補だった。
「いよいよ今日からね…。」
ハリエットはベビーブルーの"真っ直ぐな髪"をハーフアップにし、ささやかなリボンをつけてもらう。
どこもデザインをイジることなく、規定通りに制服を着こなしている様は、才色兼備を兼ね揃えたアンヌ・ブロンテに引けを取らない美しさだった。
この数年、アンヌの芯のしっかりした美しい出立ちを見習い、ハリエットは透き通るような儚さのある美しさを演出できるよう心がけた。
全く同じだとオリジナリティに欠ける。
ただの模倣はハリエットのプライドが許さないため、自身のベビーブルーの髪を活かした儚さを強調することにした。
「お嬢様…美しいです…。きっと学園でも色んなご子息からお声掛けされるでしょうね。とても心配です…。」
「ありがとう。でもきっと大丈夫よ。私は色んな方から嫌われているから…。」
「そんな!子供の頃の話です!今のお嬢様は本当に素敵です!」
使用人がハリエットがいかに素晴らしいかを力説してくる。
あの悪夢を見て以降、ハリエットは容姿の改善だけではなく、勉学や礼儀作法も基礎からやり直した。
嫌われたまま、あの様に見せ物にされる惨めな仕打ちを受けるのが嫌…という一心だった。
ただ厄介なのが、恋心が冷めたノーマンド皇子の婚約者になるのも嫌だったため、家庭教師には「殿下の婚約者候補から外れたようです。きっと、これで良かったわ。」と、こっそり伝えた。
あくまでも勉強は侯爵家のためであり、皇子の婚約者には興味はないというアピールが功を奏し、その噂は公然の事実として広がった。
「行って参ります。」
今ここに居るのは、ただの侯爵家のご令嬢ハリエット・クレイドである。
綺麗な髪を靡かせて、自信たっぷりに馬車へ乗り込んだ。