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01


「え…?ゆ…夢?なに?現実?」


ビクッと身体を大きく震わせて目覚めた少女。


大量の嫌な汗、荒い呼吸、手の震え、とめどなく溢れる涙…。


彼女が先程まで見ていた"夢"は、夢というには余りにもリアルで、現実というには非現実的であった。


目覚めた"今"は現実であるという実感がある。


少女はサイドテーブルの手鏡を震える手で持つと、そのままベッドから抜け出し窓際までかけていく。


カーテンと窓を風が入る程度に開けて、じっくりと自身の顔を見つめた。


火照った身体を冷やすように…そして、月明かりで今の姿を見やすくするように…。


「私はクレイド侯爵家の長女…ハリエット・クレイド…。」


満月が照らした少女の姿は、目鼻立ちが美しく整った10歳の顔。


前髪を真ん中でわけ、途中からクルクルと緩やかなウェーブを腰の辺りまで靡かせたベビーブルーの長髪。


本来はストレートな髪質であるが、幼い頃から縦ロールのツインテールを"拘って"施しているため、生え際から下にいくにつれて巻き髪の癖が強くついてしまっていた。


「私ッ…!このままだと破滅するわ!!」


先程見た悪夢は、ハリエットが大人になるまでの物語だった。


主に15歳から18歳までの貴族、令息令嬢が通う学園が舞台。


ハリエットの婚約者となった愛するノーマンド第一皇子やその側近達に嫌われ、男爵令嬢には婚約者としての立場を奪われ、最後には悪女ハリエットが断罪されて国外追放される…というもの。


普段なら変な夢だわ、と軽く受け流す所であるが、不思議なことにハリエットには"今の自分"の未来があの悪夢に繋がる恐れがある現実味が嫌と言うほどあった。


悪夢のハリエットは、18歳になっても縦ロールのツインテールを揺らし、フリルの沢山ついた皆と違うオリジナルの制服や、勉強をするには相応しくない装飾品を身につけて誰よりも目立った生徒だった。


それは10歳である今の自分をそのまま大人にしたような出立ちで、性格に関しても、少しでも不快に思う事があれば自分の思い通りになるまで意見を曲げず、他人との衝突が絶えなかった。


夢の中で「悪魔のような女」と揶揄されたほどの性格でありながら、貴族位としては侯爵令嬢であるために、同年代の令嬢達からは腫れ物を触るかのような扱いを受けていた。


ノーマンド皇子や令息達に関しては、まるで珍獣を見るような目でハリエットを見つめていた。


なぜ悪夢の中のハリエットは気付かないのか不思議なほど、悪意に溢れた沢山の視線を思い出し、ぶるりと身体を震わせた。


「どうしましょう!もう何もかも終わってる!」


ハリエットは愕然とした。


いずれ学園で同じ時間を過ごすであろう同世代の学友達と、10歳にして顔見知りなのである。


ちょうど昨日の出来事だ。


国家主催でノーマンド皇子と年齢の近い貴族を呼んだお茶会が開催された。


彼の周りにいた令息や令嬢を思い出す限りでは、この集まりは未来の側近候補や婚約者候補を探す第一歩のようだった。


夢の中でこそ婚約者の立ち位置に居たハリエットだったが、もっと幼い頃に一目惚れしたノーマンド皇子を誰にも取られたくないと、できる限りの権力を使って無理矢理頼み込んだ結果、12歳で婚約者の座を勝ち取っていた。


今回のお茶会でも、自分が誰よりもノーマンド皇子に相応しいと、他の令嬢を押し退けて隣に居座っていた。


痛い…と涙目で睨んできたのは、赤い髪が印象的なアンヌ・ブロンテ公爵令嬢。


身分的にも婚約者候補に最も近いと言われていた令嬢で、現国王の右腕と名高い宰相の娘であり、学園でも皆が憧れるお手本のような令嬢だと言われていた。


なぜアンヌ様ではなくハリエット様が?とヒソヒソ話す声が聞こえてきた時には「その口を縫って差し上げましょうか?」と微笑んで返したものだ。


しかし当のアンヌはノーマンド皇子と婚約者できなかったことを気にも留めていないようで、いつも涼やかな表情をしていたのが印象的だった。


「気持ち悪い…。汗を流したい…。喉も乾いたわ…。」


真夜中なのは承知の上で、部屋の外に立っている見張りの騎士に声をかけ、使用人を2人ほど呼んでもらった。


ハリエットのワガママはいつもの事なので、文句も言わずに湯浴みの準備をしてくれる。


ゆっくり湯船に浸かりながら、ハリエットは今後のことを考えた。


夢の通りなら既に印象は最悪だろう。


最後に見た悪夢の場面は学園の卒業パーティー。


『今まで我慢してきたが本日をもって君とは婚約破棄することになった。国王、そして君の父上であるクレイド侯爵も了承済みだ。』


『どうして…!!』


『分からないのか?こんなことを言いたくなかったが…君は見た目も心も醜い。…醜いんだよ。ローズリー・ハワード嬢に対する愚かな行為も全部こちらは把握済みだ。証拠も揃っている。君の今後の処遇はクレイド公爵から指示があるだろう。』


『そんな酷い…!私はノーマンド様の婚約者ですわ!なぜたかが男爵家の女がっ…!』


『もう婚約は破棄されたと言ったであろう?話を聞いていたのか?それに、自分より位の低い人間なら何をしても良いと?彼女を汚い言葉で罵ったり、教科書をボロボロにしたり、制服を汚したり、足を引っ掛ける?階段から突き落とす!いずれ国母となる人間がすることではないだろう!!』


『それはッ…!その女がノーマンド様に近づくから…!!』


ノーマンドは語尾を強めるようにキツく言ったが、ハリエットには何も響かなかったのだと、諦めたように声のトーンを一気に落とした。


『君は一度頭を冷やした方が良い。まぁ、それだけで君の中に住む悪魔が消えるとは思わないが。』


ノーマンド皇子達は、心から虫ケラを見るようにコチラを見ており、その隣には…


夢の中のハリエットの言葉を借りるならば、"まるで子豚のような低身長で胸だけがふっくらとしたローズリー・ハワード男爵令嬢"が居座っていた。


『さぁ、帰りはあちらだ。これ以上この素晴らしい卒業パーティーの空気を汚さないでくれ。』


二人はまるで愛し合っている恋人のようだった。


ローズリーはノーマンドに寄りかかり、ノーマンドは彼女を守る騎士のようにその震える肩を支えて、ハリエットに退場を命じる。


ノーマンドのあの目…。


つい昨日のお茶会でも、あのように冷たい眼差しを浴びて、どうしたら優しく微笑んでくれるものかと焦ったのは記憶に新しい。


今の時点で"あぁ"なのだ、もう巻き返しは難しいだろう。


ハリエットは一気に歳を取ったような気分でため息を吐いた。


まだ10歳でありながら、自制しようという気持ちが芽生える。


あんなに大人数を前にして、存在そのものを拒絶された。


ハリエットを庇うものは誰一人とおらず、皆が退場を望むかのように道を開けた。


悪夢の世界では、ハリエットは不要な人間なのだ…。

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