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第96話 確執

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 それからすぐにエリシア達がやって来た。エリシアは俺の顔を見るや否や泣きながら抱き着いてきて、かなり心配を掛けたのだと申し訳なくなった。シンクも半泣き状態で、頭を撫でてやるとボロボロと大粒の涙を流し始める始末だ。


 どうやら俺の状態は相当悪かったようだ。アイリーンにあんなに怒られたのは初めてだった。激情して怒鳴り散らす訳じゃなく、淡々と冷たくどうしてそんなことをしたのか、自分の命を軽視しているのか、反省しているのかと詰めてきた。正直、もの凄く顔も怖かった。


 此処が何処なのか訊けば、王都ガーランの城だと言う。王都内の安全を確保し、一旦地下に避難していた者達だけで城を奪還したらしい。それからカイが水渡りの魔法で他の民達を迎えにやり、その時に水の神殿での異常を察知したそうだ。


 再会したカイの顔には疲労の色が出ている。拒絶反応で苦しんでいるというのに、カイに余計な力を使わせてしまった。シオンにそのことでもの凄くネチネチと詰められてしまったが仕方がない。


「……やはり呪い自体は消すことができません。呪符で何とか抑え付けられていますが、それも時間の問題かと……」


 アイリーンが俺の右腕を改めて診察してくれた。アイリーンを以てしてでもこの『魂殺の鏡』の解き方は知らないか。闇属性の魔法自体、全く知られていない未知の物なのだからそれは至極当然のことなのだが。


「そうか……」


 シャツを羽織り、右腕を隠す。呪符に巻かれているとは言え、こんな姿を堂々と見せる訳にはいかない。


 今この場には俺とアイリーン、それにエリシアとユーリ、カイとシオンがいる。ララとシンク、リインには部屋から出て行ってもらっている。ララにはあまり話したくない内容をこれから話すからだ。


「魂殺の鏡……僕の力でもその呪いは解けません。魂に直接働きかける呪いだということは分かるのですが」


 カイのエメラルド色の瞳が青く輝き、俺の魂を覗く。


「今、大兄上の魂には無数の邪悪な魂が渦巻いています。それを祓えば何とかなるかもしれませんが……すみません。今の僕ではその力に対抗できそうにありません」

「いや、カイが謝ることじゃない。たぶん、これを解くには闇属性の魔法を会得する必要があるだろう。今それを扱えるのはアーサーだけだ。俺も呪いを利用すれば使えなくはないが……」

「ルドガー様、それは私が絶対に許しません」


 アイリーンの目が厳しくなる。呪いを利用した結果、死にかけたのだからこの手段は最悪な最終手段になるだろう。闇属性の呪いを解く為に呪いを解放したのでは、矛盾が生じて失敗してしまうだろうしな。


 右腕の呪いに渦巻いている闇属性の魔力を逆手に取る考えは良かったが、そこから先が駄目だった。何とかして呪いの進行を妨げられるようになれば、闇属性の魔法をいつでも使えるかもしれない。


 自分で闇属性の魔力を生み出せるのなら、或いは……。でもその方法が分からない。アーサーは俺が闇属性の扱い方を知らないだけだと言っていたが、何をどうすれば良いのか分からない。


 七つ全ての魔力を同時に練り上げれば良いのか? だがそんなことをすれば間違いなく身体は張り裂ける。たった二つの属性を同時に使っただけで限界だったんだ。それを七つともなると、命がいくつあっても足りない。


 だがアーサーは実際に使っている。アーサーには光属性しか適正が無かったはずだが、『禁断の果実』を服用したことで七つの魔力を手に入れた。グリゼルの刻印で拒絶反応を抑え込んでいるが、もしかしたらあの刻印の効果はそれだけではないのかもしれない。七つ同時に魔力を扱っても拒絶反応を抑え込んでいるのだとすれば……適正がある俺なら、試してみる価値はあるだろう。


 これからこの先、七神は敵だ。七属性の魔力を練り上げられるとしても、魔法は使えなくなるかもしれない。その時、頼りになるのは闇属性だけだ。闇神がどんな存在なのかはまだ理解していないが、ララを守る為なら俺は喜んで闇神に使われてやる。


「……ところで、アーサー達は見つかったのか?」

「王都周辺を探ってみましたが、残念ながら見つかりませんでした。ですが、手掛かりならあります」


 ユーリは大きな地図をベッドに身体を預けている俺の脚の上に広げる。ローマンダルフ王国周辺を記した地図であり、その地図に羽根ペンで印を付けていく。


「正確な位置は分かりませんでしたが、魔力の残滓からどうやらアーサー達はイルマキア共和国方面へ移動したようです。シオンの氷からガイウスが姿を消していることから、共に移動しているのでしょう。丁度、国境に大きな拠点があります」

「その拠点って……」


 俺はその拠点に心当たりがある。


 五年前、俺達が魔族から奪い返した拠点だ。ファルナディア帝国とイルマキア共和国は今では完全に人族の国だが、大戦中は多くの魔族が国を侵略して支配していた。魔族の大陸に近かったということもあり、北側の領土は魔族に殆ど奪われていた。


 ユーリの言う拠点は魔族に奪われた拠点の一つであり、戦時中に奪い返した場所だ。だがそこに居座っていた魔族が毒素を扱う魔族で、立ち去った後でもそこの土地は魔族の瘴気に侵されて立ち入られないと聞く。

 そこなら確かに身を隠すには持って来いの場所だろう。


「おそらくそこで俺達を待ち構えてるのでしょうね。それか、新たな手を打つ準備をしているのか……」

「どっちにしろ、これ以上後手に回る訳にはいかない。そこを決戦の地にするしかない」

「アーサー達がいる確信が?」

「いなかったら、俺を囮にして呼び寄せる。アイツの狙いは俺だ」


 親父の、魔王の依り代にしようとしているのなら、アーサーが姿を現さない訳がない。依り代にする為に呪いまで施した。俺が弱るのを待っているのだろう。


 もう俺にもカイにも時間が無い。次で強引に最後にしなければ、俺はともかくカイの命が危ない。カイの拒絶反応を無くす手立てをアーサーから聞き出さなければ。親父の魔法を研究していたアーサーならきっと、いや絶対何か知っているはずだ。知っててもらわなければ困る。


「分かりました。では戦力はどうしますか? 激しい戦いになりますよ?」

「――カイとシオンは置いていく。それ以外全員だ」


 それを聞いて、椅子に座っているカイが反応した。どうしてと、疑問に満ちた表情だ。


「何故、僕を置いていくのですか?」

「今のお前を戦わせる訳にはいかない。力を使えば、症状が悪化するはずだ」

「相手は勇者の中でも別格のアーサーです。ライア兄上とガイウス兄上も、単純な馬力だけなら全員に勝る。僕達全員でかかるべきです」

「駄目だ。お前は戦わせない」


 アーサー達と戦うことになれば、激戦は避けられない。そうなればカイは否応なしに全力で戦うことになる。それ程の力を使わせればまず間違いなくカイの身体は耐えきれなくなる。


 カイを死なせたくない。大切な弟だ。弟がこれ以上苦しむのは兄として見過ごせない。


 カイは唇を噛み締め、納得のいかない表情を浮かべる。責任感が強い子だ。王都でアーサー達を止められなかった負い目を感じているのだろう。


 しかしそれを言うのなら、ミズガルでアーサーを止めることができなかった俺の責任だ。カイが責任を感じる必要は無いのだ。


 だがカイは引き下がらず、ある事実を口にしてしまう。


「だったら……だったら大兄上も戦いに参加してはいけません。今の大兄上には、勇者の力が無いのですから」

「――」

「……え? それってどういうこと?」


 カイの言葉に、エリシアが首を傾げる。ユーリも首を傾げ、俺をジッと見つめる。そして何かに気付き、ハッとした顔をする。


「兄さん――風神の力はどうしたんですか?」

「……ちょっと、雷神の力もどうしたのよ!?」


 同じ勇者の力だから目を凝らして見れば分かったのだろう。カイに至っては魂を直接視たのだろう。今の俺には雷も風も光の力も無い。水の神殿で神の使いに奪われてしまった。残っているのは右腕の呪いと普通よりも強い魔力ぐらいだ。


 別に黙り続けるつもりはなかった。これから話すつもりだったし、この先俺が何と戦うのかも打ち明けるつもりだった。


 俺は少しばかり重い口を開き、皆に伝える。


「もう俺には……勇者としての力は無い。神に奪われた」

「奪われたって……何で!?」

「――――七神と敵対した」


 アイリーンから息を呑む声が聞こえた。ユーリとエリシアも絶句し、カイは目を伏せ、シオンも驚きの顔をしている。


 俺は水の神殿であったことを嘘偽り無く話した。

 闇神レギアス、闇の聖女、俺の立場、予言に纏わる話を全て伝えた。


 その話を聞いて特に驚いていたのはアイリーンだ。エルフ族の賢者と王が闇神レギアスの予言を成就させようとしているのかもしれないと言われ、信じられないと顔を真っ青にしている。


 言っておくが、俺は校長やエルフ王が本当に世界の均衡を崩そうと考えているとは思っていない。七神の一方的な観点からの話だ。そこには絶対に偏向がある。全てを知らない状態で断言することはできないし、あの二人がそんなことを企むような人柄では無いと信頼している。


 予言の件は国に帰って検める必要がある。

 だがそれは後でだ。今はこっちが優先だ。


 全てを話し、皆は押し黙ってそれぞれの考えに耽る。


 これは、もしかすると、俺は弟妹達と戦うことになるかもしれない。

 何故なら勇者は世界を守る存在。言うなれば七神側だ。今の俺はその七神と敵対する立場にあり、勇者達の敵でもあるからだ。


 俺とて世界を滅ぼす気なんて更々無い。もし闇神が世界を滅ぼすというのなら、闇神とだって戦う腹だ。

 だがもう俺には七神を完全に敵と捉えた。ララを殺そうとしているのだから、戦うには充分過ぎる理由だ。


 もし……もし、今此処でエリシア達が敵に回ってしまうのなら……俺はエリシア達とも戦う。


 その覚悟が、俺にはある。


 少しして、やはりというか予想通りというか、こういう複雑で難しい問題に対してサッパリする性格のエリシアから先に口を開いた。


「……とりあえず、アンタはララを守る為に戦うつもりなんでしょ?」

「ああ」

「ふぅん……なら良いわ、私も戦ってあげる」

「……理由を聞いてもいいか?」


 エリシアは腕を組んだまま笑みを浮かべる。


「簡単よ――友達を守りたいから。私から友達を奪うなんて、神様が相手でも許さないわ」


 そう言ってララは誇らしげに胸を張る。

 そんなララに俺は呆気に取られ、次いで溜息と笑みが零れる。


 流石はエリシア、恐れ入る。それでこそ、俺の妹だ。


「……なら、自分もお供しますよ。ま、兄さんと姉さんが動きやすいように裏方に回りますが」


 ユーリが肩をすくめた。その顔は苦笑している。


「いいのか? お前、一応一国の主だろ?」

「だからこその裏方です。権力はこういう時の為に使わなければ。それに戦闘狂が集まる部族国家です。神と戦うと聞けば、喜んで参加するでしょう」


 確かに、グンフィルドなら槍を片手に高らかに笑って参戦するだろうな。

 そんな姿が容易に想像出来る。


 それに、とユーリが言葉を続ける。


「ララお嬢さんを殺すだなんて、勇者としてもクソ親父の子としても許せません」


 ユーリはギラついた目を向けてくる。


 神と戦うってのにそんな笑みを浮かべるなんて、お前も立派な戦闘狂だよ。


 エリシアとユーリの頼もしい協力を得られ、俺はホッと一安心する。


 正直な話、たった一人で七神と戦うのは自信が無かったというか、心細かった節がある。二人が一緒に戦ってくれるのなら、その不安も無くなるというものだ。


 しかし、俺達の考えに賛同できない者も当然いる。


 シオンが信じられないと声を上げた。


「ちょっと待ってくださいお姉様! 本当に七神と戦うおつもりなんですか!?」

「シオン……ええ、そうよ。私の友達を殺すって言ってるもの。見過ごすつもりなんてないわ」

「そ、そんな……!? 考え直してください! 相手は七神です! 魔王とは訳が違うんです!」

「分かってるわよ。でも覚悟の上よ」


 シオンの言葉にエリシアは耳を向けた上で拒否した。それでもシオンは首を横に強く降り、エリシアを引き止めようと言葉を紡ぐ。


「分かってません! 魔王ですら私達は倒せなかったのですよ!? そこのクソ兄が殺さなければ、やられていたのは私達だったはず! それなのに七神に勝てる訳ありません!」

「シオン、でもね――」

「もしその男が理由で決めているのだとしたら、今すぐ考えを改めてください! その男は私達にとって疫病神です!」


 シオンが俺を指してそう言った。


 シオンの言葉に傷付かなかった、と言えば嘘になる。俺にとってシオンも可愛い妹の一人だ。負い目もあるが、それ抜きにしてもシオンは大切な家族だ。命を懸けて守る対象でもある。


 そのシオンに面と向かって疫病神と言われたら、悲しくなるのは仕方が無い。


 シオンは悪くない。シオンにそんな感情を抱かせてしまったのは俺自身だ。


 だから怒る気は全く無い。


 だけど、弟は違った。


「――シオン、今すぐ大兄上に謝るんだ」

「お兄様……!?」


 カイがシオンを睨み付け、低い声でそう言ったのだ。

 シオンはカイからそんなことを言われるとは思っていなかった為、酷く驚いた。

 カイはそんなシオンに更に言葉を投げる。


「僕達の兄に向かって疫病神とは何てことを言うんだ? シオン、君はいつからそんな浅ましい女になったんだ?」

「で、ですがこの男は……!」

「大兄上がいつ僕達に不幸を齎した? 寧ろ僕達は大兄上に守られていた。君が言った通り、大兄上が魔王を殺さなければ僕達が死んでいた。神との戦いだって、やっと大兄上にも僕達以外に守りたい人ができたんだ。家族として尊重すべきだろう」

「で、でも……クソ兄は最初に私達を見捨てたんです! 他の兄姉はそれで皆死んだです!」


 右腕が痛み出す。

 俺の首や心臓を、俺以外には見えない死んだ弟妹達の手が掴む。


 あの時、親父に逆らえていれば彼らは死ななかったかもしれない。彼らの叫び声を聞きながら、助けの声を聞きながら俺は何もしなかった。


 俺が見殺しにした……殺した……弟妹達を死なせた。


「っ……ルドガー先生……」


 アイリーンが俺の顔を見て様呼びじゃなくていつもの先生呼びをして俺の手を握る。


 そんなに酷い顔をしていただろうか……。幻影を振り払い、顔を左手で覆う。


 カイとシオンの口論は続く。


「勘違いはいけない。僕らを苦しめ、彼らを死に追いやったのは僕達の育ての親だ。大兄上じゃない」

「違う! 『お兄ちゃん』は助けてくれなかった! 何もしてくれなかった!」

「ッ――!? カイ、それ以上は止せ!」


 シオンの様子を察した俺は、カイの口を閉じさせる。シオンからは冷気が漏れ出し、流れる涙が氷に変わっていく。


 シオンは精神がエリシア達と違い幼く脆い。感情を爆発させてしまうと力の制御が効かず、辺り一面を氷漬けにしてしまう。


 今のシオンは大好きなカイから詰められてしまい、味方がいないと感じて心が崩壊しかけている。


「ですが……」

「シオンの言っていることは正しい。俺はお前達にとって疫病神だ。弟妹達を見殺しにしたのも事実だ。シオンを責めるな」

「……」

「……っ!」


 シオンが部屋から飛び出した。


 俺に庇われたのが惨めに思えたのだろう。あんなにカイから離れたがらなかったのに、シオンは一人で行ってしまった。


 カイは申し訳なさそうに眉を下げる。


「申し訳ありません……」

「お前も謝るな。全面的に俺が悪い。謝るなら俺のほうだ」

「いいえ、そんなことは……」

「諄い。これ以上この話は無しだ」


 俺はこの話題を避ける為、強引に終わらせた。カイは納得いってない表情を浮かべるが、渋々と頷く。


 だがこれ以上、話を続けるには空気が重い。まだ俺も動けるまでに回復できていないし、右腕が激しい痛みを訴えてきた。少し休息を取ったほうが良いかもしれない。


 エリシア達に少し休ませてほしいと頼み、俺は一人になった部屋で静かに瞼を閉じた。




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