第93話 空の上では
二話同時更新です。
「……」
スカイサイファーの甲板で、私は身体を縮こまらせて座り込んでいた。
センセが私達を、私を置いて水の神殿に向かってしまった。
またセンセは一人で戦いにいった。私を守る為、危険から遠ざける為だというのは理解できる。理解できるけど、私を頼ってくれなかったのは悲しかった。
もうあれからほぼ一年だ。センセと出会ってから魔法を学んだし、戦い方だって学んだ。以前の私と比べたら守られるだけの私じゃなくなっている。
センセは私との契約で私を守り続けてくれる。そうさせたのは私だし、それを後悔してはいない。
母のことを、赦したつもりはない――。
滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。だけど、私にとっての事実はそうなのだ。どんな理由、事情があっても、唯一の家族である母を殺したのはセンセの行いだ。
気付けば、母の指輪を握り締めている。
だからこの指輪に誓わせた。センセに復讐しない代わりに私を守り続けろと。
センセの命は私の物だ。勝手に知らないところで死んでもらっては困る。
「……はぁ」
正直なところ、赦せてはいないけど復讐なんて考えていない。
ただ、落とし所をそこにしただけだ。
だって私にとってセンセは……。
「何くらい顔してんのよ?」
「……?」
私の隣に、大きなマグカップを二つ持ったエリシアがやって来た。持っているマグカップの一つを私に差し出し、私はそれを受け取った。中身は温かいシチューだった。
「腹満たして少しでも体力を回復させときなさい」
「……」
エリシアは豪快にシチューを飲み干していく。
大きめにカットされた野菜とか入ってるけど、ちゃんと噛んでるのか?
「ったく……ルドガーのアホタレ」
「……エリシア」
「あに?」
「センセと……何かあった?」
そう尋ねると、エリシアは押し黙った。
あぁ、何かあったんだな……。
シチューを一口飲み、風で冷えた身体を温める。
うん……美味しい。
「……」
「……何で私を連れてきた?」
私はエリシアとユーリと一緒にスカイサイファーに乗ってアーサーを探している。リインとアイリーン先生、シンクは奪還した王都ガーランに残って引き続き怪我人の手当と警備をしている。
当初は私も王都に残る予定だった。だけどエリシアが強引に私を捜索組に入れた。護衛に付こうとしたリインを強引に押し退けてだ。
強引に出るのはセンセに対してだけだし、あの時は勇者の肩書きを出してまでリインを黙らせた。普段のエリシアなら、そんなことはしないはずだ。
「……言ったでしょ。エルフの二人に守らせるより、勇者二人のほうが安全だって」
「でも向こうにはシオンもいるぞ?」
「どうせシオンはカイにしか目がいかないわよ」
「……ま、確かに」
シオンは水の勇者カイに付きっきりで、離れようとしなかった。勇者としてどうなんだとは思ったが、私もセンセかシンクが同じようになったら離れようとしないだろう。気持ちは理解できる。
でも、それだけじゃないだろう。私を連れてきた理由は。
「本当のところは?」
「……」
エリシアはバツの悪い表情をして、船端に背を預ける。既にシチューは飲み干したのか、持ち手を指に引っ掛けて揺らしている。
「……私ね、アンタのこと結構気に入ってるのよ」
「へー」
「勇者に対してそんな態度取るところとか、クソ親父の娘ってのもあるけど……ま、言ってみればアンタは私にとって妹分みたいなもんよ」
魔王の娘が勇者の妹分ねぇ……。知らない奴が聞けば正気を疑うような話だが、確かに立場的にはそうなるのかもしれないな。
私は静かにエリシアの話に耳を傾ける。
「そんなアンタだから、気兼ねなく愚痴を溢せるのよ」
「……え? 愚痴る為に連れてきたのか?」
エリシアは冗談を笑うようにカラカラと笑い、手をパタパタと振る。
「別にそれだけじゃないわよ……ねぇ、アンタ――」
――ルドガーのこと、好きでしょ?
「――――」
エリシアは私の顔を覗いて、そんなことを言ってきた。
何を言っているのか分からなかった。
好き……? 私がセンセのことを……?
それは、まぁ……好きじゃなければ此処まで付いてきたりはしてない。
でもそれは親愛に近いモノであり、異性としてという意味では――。
ぁ――待て、何で異性としてが出てきた? そんなこと誰も口にはしてないのに。
「ププッ、何て顔してんの? まるで気付いてなかったって感じね」
「――違う。別にセンセをそんな目で……」
「分かるのよ。同じ男を好きになった女の勘ってやつ? アンタ、ルドガーの前じゃ女の顔してるもの」
「違う! 別にそんなんじゃ――!?」
何故だ……何故顔が熱くなる? センセにそんな感情は抱いてない。抱いてないったら抱いてない。だってセンセは母の仇だし、あでも落とし所は見付けたけど――いやそうじゃない! そうじゃなくて私は……!
「~~~~っ」
「ハハハッ、観念しなさいよ。別に誰も何も言わないわよ」
クソ、屈辱だ……! エリシアにこんな、こんな恥を見せるだなんて……!
私はエリシアに背を向けてシチューをヤケ飲みする。熱いが顔の熱さに比べたら何てことない。マグカップを床に叩き付けて気持ちを少しでも発散させる。
エリシアは私の隣に腰を下ろした。
「罪な男よねぇ~。こんな美女二人から思われて。あのおっぱいエルフもそうだけど」
「……絶対にセンセに言うな。言ったらお前を毒殺してやる」
「……マジで毒殺されそうだから止めとこ。で? いつから好きなの?」
「知らん知らん!」
「私はねぇ~」
誰も聞いてねぇよ!
ドクンッドクンッと脈打つ顔を必死に抑え、熱を冷まそうと杖先から魔法で冷気を出して顔に当てる。
だけど、どうしようもなく火照った顔の熱は一向に引かない。
こんな、こんなの私……知らない……! 何これ……!?
「私は一目惚れよ。魔族に住んでた村を滅ぼされて、家族も友達も失って、ただ死を待つだけだった私を見つけ出してくれたのがルドガー。その頃からルドガーはもの凄く格好よくて、助けてくれた後もトラウマで怖がってた私の側から離れないでいてくれた。怪物から何度も助けてくれたし、純粋な乙女なら惚れない要素は無いわ」
「あーあー、そうですか。それは良かったですね」
「でもルドガーは私を妹としか見てくれてない。諦める気は全く無いけど」
何なんだコイツは……!? 私にこんな恥をかかせた上で惚気話か!? 私のほうがセンセが好きですからアピールってか!? 知らんわ! 馬鹿者!
「ルドガーはさ、弟妹が増える度に喜んでたの。新しい家族だって、本当に嬉しそうで、一人一人を大切にしてた」
――そんなルドガーの前で私……アーサーを殺そうとしちゃった。
「……」
振り返ると、エリシアは空を見上げていた。
まるで目から涙が零れ落ちないようにしているようだった。
エリシアは震える声で、私に話を続ける。
「私にとっても弟だったのに……簡単に殺すって覚悟を決めちゃった……。私って、こんなに薄情だったんだ……っ」
「エリシア……」
「ルドガーにね、怒られちゃった。弟を殺すなって。ルドガーにとってアーサーは、何をしたとしても大切な弟なのよ。そんなの、私だって同じはずだったのに……どうしてだろ……?」
エリシアは膝を抱え、顔を膝に埋めてしまった。
こんなに弱っているエリシアを見るのは初めてだ。図太いかと思っていたが、思いの外繊細な奴だったのか。
それにしても、センセはアーサーをまだ大切な弟と思っているのか。殺されそうになったというのに、センセは何処までお人好しなんだろう。
――だからこそ、センセは私にとって勇者なんだろうな。
気を落としているエリシアに何て言葉を掛ければ良いだろう。
私にも血は繋がっていない、シンクという弟がいる。もしシンクがアーサーと同じようなことをしたとして、私もエリシアのように殺してでも止めようとするだろうか? そんな風に考えられるのだろうか?
今この場で考えても実感が湧かない。その時にならなければ分からないだろう。
私はエリシアを慰められる言葉を持ち合わせていなかった。
「私……ルドガーに嫌われちゃったかなぁ……?」
「……センセは、別にお前のこと嫌わないだろ」
それだけは答えられた。
あのお人好しでしょうがないセンセのことだ。きっと今頃エリシアに怒ったことを気にしてるだろう。
それにエリシアはどうせセンセを助けようとしてアーサーを殺そうとしたんだろう。その気持ちを汲み取ってやらないようなセンセじゃない。
「そうかなぁ……?」
「面倒臭いなぁ。センセの人柄を私より知ってるだろ? センセがそれだけでお前を嫌うはずないだろ」
「……ぅん。そっか……」
……って、何だこの状況は? どうして私がエリシアを慰めるような構図になってるんだ?
こう言うのって、その……互いに牽制し合うようなもんじゃないのか? あくまでも私がセンセのことを好きならって話だけど。
どうして私がセンセとエリシアのことで慰めなきゃならん?
私が一人で訳のわからない自問自答をしていると、エリシアはパンッと自分の頬を叩いた。
もう涙は流しておらず、いつものエリシアの表情に戻っていた。
何だコイツ、切り替え早いな。
「はー! 何か切り替えられたわ! やっぱ愚痴れるって良いわねー!」
「……あ、そ」
「いやー、恋敵だってのに、アンタなら別に良いわ! 何でかしら? 妹分だから?」
「いやあの……お前の妹分にはなりたくないです」
私はエリシアから身体を離した。
エリシアは「何でよー?」と頬を膨らませるが、こんな面倒な女が私の姉貴分とか御免被る。姉になるんだったらアイリーン先生のほうが断然良い。
私はくっ付いてくるエリシアを押し退けた。
この時、私はセンセに置いて行かれたことなんてすっかり忘れていた。悲しさなんて胸中から吹き飛んでいつもの調子に戻っていた。
きっとエリシアはそのつもりで私を連れて行ったのだろう。自分の愚痴を言うという理由もあったのだろうけど、あのまま王都に残っていたら私はマイナスな思考でいっぱいになっていただろう。
センセに対する気持ちは兎も角として、エリシアのことを少しは好きになる機会だったのは間違いない。
まぁ、私にとっての一番の友達と言ってやっても良いだろう。
「ほら、ユーリと一緒にアーサーを探せ」
「ちぇー」




