第82話 一悶着
二日も休んでしまった……。
天を穿つ極光が収まり、空に漂っていた雲も後には残らなかった。
だが――手応えが感じられなかった。アサシンを極光が呑み込む直前、アサシンの気配が消えた。極光を浴びる前に絶命したのならそれはそれで良いが、そんな感じではなかった。
これは……逃げられたな。
「やったの?」
「いや……逃げられた」
「あの状況で? しぶといわね……」
「それにしても、闇とはこんなにも厄介なんですね。力を制限しているとはいえ、勇者である俺達と戦えるなんて」
アサシンが使っていた闇属性の魔力……アレがただの魔力なんかじゃないのは明白だ。
黒き魔法と呼ばれる闇属性魔法、それを俺はまだよく知らない。これからこの先、この魔法と関わっていくのなら、もっとよく知る必要がある。
アーサーはどうやってこの魔法を知った? どこから情報を手に入れた? 闇とはいったい何だ? どうにかして調べないと……このままじゃいずれ対処できなくなるかもしれない。
「……城へ急ごう」
「ええ……」
「……」
もうシオン達も地下へと向かえただろう。此処からは空を飛んで直接城へ向かっても良いだろう。
俺とユーリは風を操り、エリシアは雷となって空へと飛んだ。
★
教会へと入った私達はそのまま奥へと進み、地下へと繋がる道へと入った。
薄暗い空間に長い長い階段が続き、足を踏み外さないように注意しながら下っていく。
階段が終わると、出た先はとんでもなく広い空間だった。光り輝くクリスタルが照明代わりとなり、幻想的で明るい空間を作り出していた。
私は思わずその光景に魅入ってしまった。まるで綺麗な星空が目の前まで迫ってきたような光景に息を呑み、その場で立ち止まってしまう。
それは私だけじゃなかった。リインも同じように魅入っており、ほぅっと息を漏らしていた。
「凄い、綺麗……」
「これがセンセの言ってたクリスタルか?」
「姉さんこれ……光の魔力を帯びてるよ」
シンクが近くにあるクリスタルを調べる。私もクリスタルに触って見ていると、シオンが咳払いをしだした。
「ンンッ……道草食ってる場合じゃないでしょ」
「あ、ああ……目的の場所はまだなのか?」
「此処はまだ入り口よ。この洞窟を更に下りるのよ」
「分かった」
「一応、辺りを警戒しておきなさい。敵が潜んでいるかも」
シオンは冷静にそう言うと、洞窟の奥へと進んでいく。
私達も後に続き、足を滑らさないように先を急ぐ。
それにしても、このシオンって勇者はエリシア、ユーリとはまた別な感じがする。
ユーリの第一印象は少々キザったらしい優男で、エリシアのように脳筋って訳でもなさそうだ。何と言うか、冷静――周りを冷めた目で見ているというか、特定のこと以外に関心を持っていないかのように感じる。
センセと絡むと関心というか拒絶に近いモノを感じ、逆にそのお兄様――カイという勇者には盲目的な熱を抱いているようだ。以前はセンセとも仲が良かったらしいが、今は本当にそうではないのだろうか? 好き避け、って言葉があるぐらいだ。実は照れ隠しとかそんなだったり――。
「なに?」
ギロリ、とシオンに睨まれた。考えていることでも読まれたかと思い、ビクンッと肩を震わせてしまう。
私としたことが、この程度でビクついてどうする。
私はいたって何もありませんという顔でシオンから目をそらした。
「……別に」
「……貴女、あのクソ兄とどういう関係なの?」
何て答えたものだろうか……。教師と生徒という簡単な関係ではないのは確かだ。
思えば、センセとの関係も最初と比べてだいぶ変わった気がする。
最初は聖女である私を守る人ってだけだった。そこから一緒に暮らし始めてそれなりに仲が良い教師と生徒になり、私を守る勇者になってくれて、それから真実を知って私だけのものになり――な、何か私だけのものって言い方もアレだな。その……強い契約関係を結んだり。
今の私とセンセの関係は何だろうか……。シオンに説明できる言葉を選ぶとすると……。
「あー……私を守ってくれる勇者?」
「……貴女、魔族……よね?」
「……半分は」
まぁ、バレるか。銀髪と黒髪は魔族にしかいないし。
シオンは私の隣を歩きながら私を見下ろしてくる。
「半分……クソ兄と一緒なの?」
「そうだ」
「……驚いた。半人半魔がもう一人いるなんて」
「……」
「でも……それだけの関係じゃないわね?」
――何だろう、もの凄く怖い。睨まれてる訳でもないし、敵意を向けられている訳でもない。なのに何だこの身体の底から凍えて震えるような寒さは。
確かに言ってないことはある。私が魔王の娘であり聖女であることを。
それだけは迂闊には言えない。シオンをそこまで信用できるかと問われれば、私はまだそうじゃない。正直信用度だけで言えば、センセに暴力を振るってる時点でマイナスだ。
私は何も言えず、ただ無言を貫いた。
「……まさか」
「っ……」
「――クソ兄の愛人じゃないでしょうね?」
思わず足を滑らしかけた。
そんな様子の私を見て、シオンは「やっぱり……」と口から漏らした。
いや、やっぱりじゃない。何処をどう見てそんな風に思えたんだ?
「怪しいと思ったのよ。クソ兄が貴女だけ妙に気にしているし、距離も近いし」
「いや、私は……」
「悪いことは言わないわ。今すぐに別れなさい。一緒に居ても不幸になるだけよ」
「……センセはそんな人じゃない」
気付けば私は反論していた。愛人という誤解を解きたかったが、センセを悪く言われるのは嫌だ。一緒に居ても不幸になるどころか幸せだ。この女はセンセのことを間違って認識している。
シオンは立ち止まり「は?」と顔を歪ませて私を睨んできた。
「貴女は知らないのよ。あのクソ兄が過去に何をしたか」
「話は聞いてる。お前を篩から助けなかったのだろう?」
「……私だけじゃないわよ。他の家族も見捨てたのよ」
他の家族……他の勇者達は、死んでいった子供達のことなのだろう。
だがそれについて責めるのなら、それはセンセにではなく私の父にだ。私の父が子供達を集めて篩に掛けたのだから、それを助けてくれなかったという理由でセンセだけを責めるのは間違っている。
それにセンセは本当は助けたかったと言っている。私の父が強引に止めさえしなければ、センセは篩から助け出していたはずだ。
確かに父は既に死んで責められないのだとしても、センセの気持ちも知らずにただ一方的に責めてほしくない。
「それでも、センセは皆を助けたかった」
「どうして貴女がそう言えるのよ?」
「センセがそう言っていた」
「それを素直に信じる馬鹿がいるものですか」
「私は馬鹿じゃない。センセは私に嘘を吐かない」
「はっ、盲目なのね。あの男はそうやって自分を良いように正当化してるのよ」
「……」
私は懐にある杖に手を伸ばした。
シオンも腰に差してある細剣の柄に手を置いた。
この女……いけ好かない。いくら勇者であろうと、これ以上センセを貶めるような発言を、私は絶対に許せない。
「……」
「……」
正に一触即発――その時だった。
パンッ、と乾いた音が私とシオンの間から鳴り響いた。
音を出した正体を見ると、アイリーン先生が私とシオン間に入って手を叩いていた。
「はーい、そこまで。今は喧嘩をしてる場合じゃありません」
「……別に、喧嘩してる訳じゃないわ。子供に現実を教えてあげようとしただけよ」
「それでもです、シオン様。今は優先すべきことがあるのでは?」
「……それも、そうね」
シオンは剣の柄から手を離し、私に背を向けた。
私も杖から手を離し、フンと鼻を鳴らしてシオンから顔を逸らす。
「……ララさん、今は仲間割れをしている場合ではありませんわ。今は先を急ぎませんと」
「……分かってる。ただセンセを悪く言われるのが嫌なだけだ」
「ええ、お気持ちは良く分かりますわ。でも、今は……」
「分かってる。もうしない」
「良い子ですね」
そう言ってアイリーン先生は柔やかに笑う。
ふぅ……私としたことが、少し熱くなってしまったようだ。
心配そうに私を見ていたシンクの頭を撫でてやり、私達はシオンの後を追いかけた。
その後ろを――誰かが見ていたことに気付かずに。




