第78話 スカイサイファー
「……は?」
エリシアの提案に呆れた声が漏れた。
そりゃ全員が飛べれば問題無いが、それができないからこその俺の話だろう?
それとも何か? リィンウェルには安全が保障された飛行道具でもあるのか? あるんだったら貸してほしいところだが、ララ達がそれを乗りこなすまで待っていられないぞ。
「エリシア、いったい何を言ってるんだ?」
「だから、全員で行くのよ――空路で」
「空路?」
「ちょっと待ってて。話付けてくるから」
そう言うとエリシアは大会議室の窓を開けて外へと飛び出し、稲妻となって空へと姿を消した。
いったい何処へ? 待ってろって言われてもそう長くは待ってられないぞ。
しかしエリシアに待ってろって言われたからには待たなければいけない。もし無視して行動すれば、雷が落ちてくるのは目に見えている。
俺は椅子に座り直し、エリシアが帰ってくるのを待つことにした。
頬杖を突いて待っていると、隣の席にララが座ってきた。
「センセ」
「……別に俺一人で片付けようと思ってたわけじゃない。ただ時間を惜しんだからだ。もうお前達を置いて戦いにったりはしない」
「いや、そっちじゃなくて……」
「ん?」
ララはシオンのほうへと目配せをした。見ると、シオンはカイを心配して不安に駆られながら、手を組んで頭を伏せていた。カイの無事を祈っているのだろう。
「……シオンがどうした?」
「仲……悪いのか?」
「あぁ……そういう」
俺とシオンの仲ねぇ……。一言で表すにはちょっと難しいな。
「……親父が子供達を篩に掛けたって話はしたな?」
「ああ」
「シオンも篩に掛けられた。シオンが篩に掛けられるまではそれなりに仲は良かった。それこそ、お前とシンクのようにな」
「えぇ? さっきの様子からは考えられないけど……」
「……俺達の関係を歪にしちまったのは、篩に掛けられてからだ」
親父が掛けた篩ってのは、第一に眠れる力を強制的に引き上げる霊薬の投薬だ。この時点で死ぬほど苦しい思いをする。俺はされなかったから正確な所は分からないが、全身から血管を浮かし、泡を吹いて全身を掻き毟っていた。激痛にも見舞われていたようで、常に泣き声が聞こえていた。
親父は冷徹にそれらを見下ろしていたが、俺は違った。多くの弟、妹達が苦しんでるのを見て何度も親父に止めるように訴えた。
だけど親父は絶対に止めず、俺に彼らの行く末を見届けろとまで命じた。
言い付けたんじゃない、命じたんだ。反論は許されず、手出しも許されなかった。
「その時だ……シオンが鳴きながら俺の足に縋り付いた。『助けて、お兄ちゃん』……必死に出した声で俺に助けを求めた。でも俺は助けられなかった。そのまま歯を食いしばって見ているだけしかできなかった。結果的にシオンは第一の篩に耐えて見せた。だけど、その時点で俺に対する親愛は無くなっていたよ」
「……どうして、父はそんなことを……」
「勇者を見付ける……いや、あれは勇者を作る為だったんだろう。親父が何処まで見通していたのか不明だが、親父は必死だった」
そんな訳でシオンは俺に対して恨みがあるのだろう。兄なのに助けてくれなかった恨みが。だから俺に拒絶の態度を取る。
どうして他が未だに俺を兄と呼んでくれるのかが不思議だ。アーサーはちょっと狂っちまってるから別にして、エリシアも篩に掛けられた。どうしてあんなにも良く接してくれるのだろうか。
ライア、ガイウス、カイ……アイツらの前から姿を消して五年。果たしてまだ兄と思ってくれているのだろうか。
三人の弟のことを考えていると、開いた窓から稲妻が雷鳴と共に侵入してきた。
エリシアの帰還だ。
「ただいま。話付けてきたわ」
「話も何も、まだ何にも説明されてないんだが? いったい何を考えてる?」
「だから飛ぶのよ、空を」
「……?」
「ま、あと一時間ぐらい待ちなさい」
「……一時間だけだぞ。それが過ぎたら俺は行く」
正直、一時間も待っていたくはない。飛んで行くにしたってそれでも時間は掛かる。カイがまだローマンダルフにいるのか不明だし、いなかった場合、手掛かりを探して見つけ出さなければならない。
しかし、もし本当に全員で迎えるのだとすれば、それは大助かりだ。探し手も増え、戦闘があっても全員で対処できる。
ここはカイの無事を信じて待つが吉かもしれない。
俺達はエリシアを信じ、一時間待ってみることにした――。
一時間後、俺達は城の屋上へと来ていた。
装備を整え、いつでも出立できる状態にしている。
此処へ来て初めて分かったことだが、アイリーンは弓が使えるらしく、白い弓と矢を背負っている。どれぐらい扱えるのかと訊けば、少女時代は狩りの獲物を一発も外さなかったらしい。
魔法の使い手な上に弓矢の使い手か……。色々と戦いの助けになりそうだ。
それにしても、一時間経ったがエリシアは何もしやしない。このまま時間が過ぎるのなら、当初の予定通り俺一人で先に向かったほうが良いか。
「エリシア、時間だ――」
「――そうね、時間通りよ」
エリシアはそう言うと空を指さした。そちらへ視線を向けると、何やら空から大きな物体が近づいてくるように見えた。
否、ようにではない――本当に大きな物体が近づいている。
怪物か? そう思った俺はナハトに手を掛ける。
だがそれが大きくなるにつれて形がはっきりとし、俺は我が目を疑った。
船だ――それも羽の生えた船だ。船が空を飛んでいる。
「な――何だありゃ!?」
船が、船が飛ぶ? は? いやいや、飛行魔法を付与したとしてもあの大きさは規格外だ。
飛行魔法を付与できるのは精々、人族の身の丈程度までだ。それ以上は魔法制御が不安定になって飛行できない。
なのにあの船は、普通の海運船と変わりない大きさだぞ!?
「姉さーん! 兄さーん!」
船が屋上に寄せると、船上から現れたのはユーリだった。緑色の髪と黄色のロングマフラーを風に靡かせ、笑顔で手を振っている。
「ユーリ!? おい何だこの船は!?」
「エフィロディアは風の国ですよ? 風魔法を応用した飛行術なら我らが最先端です!」
「うっそだろ!?」
これ、風魔法で浮いて飛んでるのか? どういう仕組みで? 術式は? 誰が術者だ? どうやって制御してんだこれ!?
開いた口が閉じないでいると、船から屋上へ橋が掛けられ、エリシアが先に船に乗り込む。
「さ、これで文句無いでしょ? 全員でカイを助けに行くわよ!」
「さっすがお姉様です! ユーリ兄様もよくやりました」
シオンがさっと船に乗り込む。その後ろに続いてララが、シンクが、リインが、アイリーンが、怖ず怖ずと乗り込んでいく。
俺は、俺だけが取り残されているような気がして少し落ち込んでしまった。
「ま、ルドガーよ。お嬢の突発的な行動にはもう慣れてるだろ? 諦めて礼を言っとくんだな」
「……は、はは……そうだな……。モリソン、エリシアを借りてく。ルートの世話、頼んだぞ」
「任せな。弟を救ってこい、英雄グリムロック」
俺とモリソンはパシンッと手を叩き合い、俺は船に飛び乗った。
船上ではユーリだけじゃなく、エフィロディアの戦士達も乗組員としていた。
その中には、葉巻を咥えたアーロンもいる。
「よし、全員乗りましたよ!」
「あいよ、勇者殿! テメェら! 旋回して全速前進だ!」
『ウーッス!!』
乗組員達が帆と翼を操り、アーロンが船の舵を切る。船は屋上から離れていき、更に上昇する。
「おら! 走りやがれスカイサイファー!」
アーロンが舵の側にあるレバーを引くと風が船の背後に集束していき、一気に噴射して速度を上げた。
俺達は空と船に乗り、弟――カイを助ける為に東の国ローマンダルフ王国へと向かうのだった。




