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第47話 姉心



 翌日から、俺とララは旅の準備に取り掛かった。学校終わりや学校が休みの日には道具や材料を掻き集め、俺は魔法道具の製作、ララは霊薬の調合を進めた。材料が街で揃わない時には群生している場所へと採取しに行った。


 リインはアイリーン先生の説得に時間が掛かっている。アイリーン先生は勝手にしなさいと言っているが、それが本心ではないのをリインは理解している。本心から許可が出るまで俺が許さないと断言している以上、それでは駄目だ。アイリーン先生が本当に旅を許すまで説得を続けさせる。


 アイリーン先生は何も意地悪で反対している訳じゃない。大切な家族だからこそ、命懸けなんて危険な真似をしてほしくないと願っているのだ。例えエルフの戦士として誉れである聖女の護衛だとしても、肉親を失う心配をしたくないのだ。


 リインもアイリーン先生の気持ちは理解しているだろう。だがそれに負けないぐらい、戦士としての夢を抱いている。命を落とすことになるとしても、戦士として誉れを抱いて生きていきたいという気持ち。


 アイリーン先生の気持ちは理解できる。俺ももし、ララが俺の手の届かないところで危険な旅をしたいと言い出したら反対するだろう。嫌われたとしても頑なに認めないと思う。アイリーン先生と同じように、もしララを失ったらと不安に駆られ、そんな真似はしてほしくないと願う。


 だが一方でリインの気持ちも理解できる。誉れとかそんなご大層な物を望んだことは無いが、俺もガキの頃は無茶を沢山してきた。親父の子として、勇者達の兄貴として誇れる男になりたかった。一週間も意識を失う大怪我を負った時は親父から大目玉を食らったものだ。


 少し違うかもしれないが、リインも戦士として周りの者達に誇れる存在になりたいのだろう。


 肉親、か……。俺がこうして世に生まれている以上、血の繋がった父と母はいるんだろう。生きているのか死んでいるの知らないが、もし生きているのならいつかは会えるだろうか。

 別に会って何をする訳でもない。情がある訳でもないし、ただ「ああ、これが俺を生んだ奴か」程度にしか思わないだろう。

 もしかして、血の繋がった兄弟がいたりするんだろうか。いたとしても、半人半魔の兄などいても迷惑なだけだろう。


 霊薬の調合をララに任せている分、俺は魔法道具の製作に勤しむ。

 学校にある工房を借りてそこで道具作りを行う。


 大凡の怪物は剣で殺せるが、それ以外の怪物は特殊な手段を用いなければ倒せない。


 例えば純銀の霊装。銀の杭に銀の鎖、銀の矢に銀のナイフなど色々ある。銀が使われている道具をできるだけ手に入れ、または銀鉱石から直接銀を作り出して型に流す。鏃やナイフには浄化の魔法文字を刻み、威力を上げる。


 他にも嗅覚の強い怪物に効く臭い玉や、火属性の魔法を込めた爆弾、色々な魔法の効力を上げる魔砂(まさ)なども調合して作る。


 ポーチを無くしたのは正直痛かった。あの中には俺の道具全部が入っていた。ルートとフィンを入れておかなくて良かった。金も無くなったが、まぁそこは何とかなるだろう。必要な道具を全部一から作るとなると重労働だ。


 道具製作は大変だが問題無く進んでいる。問題なのは鎧だ。別に絶対に必要って訳じゃないが、俺の戦闘スタイル上、何かと鎧で攻撃を防ぐことが多い。あの鎧は親父がくれた物で、それなりに優れた鎧だった。あれと同じ性能の鎧を作るとなると、この国では厳しい。


 エルフの鎧は人族や魔族のそれと違って軽装だ。それも革や布を使い、鉄なんかは使わない。動きを鈍くしてしまうからだ。だからこの国には鎧を作れるような道具が揃っていない。道具から作らなければならなくなるが、かなり手間な上に時間が掛かりすぎる。


 鎧は諦めて、この国で作れる装いにすべきかと考えていると、工房のドアが開かれた。

 顔を向けると、そこにはサンドイッチを載せた銀のトレーを手に持ったアイリーン先生が立っていた。


「アイリーン先生?」

「……お疲れ様です。もうお昼ですから、差し入れをと……」


 そう言ってアイリーン先生は笑ってみせるが、何処かその笑顔には陰りがある。


 水瓶の水とタオルで汚れた手を綺麗にし、そこら辺に隣同士で座ってアイリーン先生が持ってきてくれたサンドイッチを食べる。

 その間、アイリーン先生は黙ったままだった。少々気不味い空気が流れるが、たぶんあの事だろうと思い、アイリーン先生が話しやすくなるよう、此方から口を開く。


「何か、相談事でも?」

「……わかりますか?」

「まぁ……それしか無いだろうし」


 アイリーン先生は顔を伏せ、意を決したように頷き口を開く。


「その……リインから聞きました。旅に同行したいのなら私を説得するよう、ルドガー先生が仰ったと」

「ええ、何分、事が事だ。一方の気持ちだけで決めて良いものじゃない」


 最悪、それが肉親との最期の会話になるかもしれない。命懸けの旅とは、そういうことなのだから。ちゃんと互いの気持ちをぶつけ、整理した上で出発しなければ絶対に後悔が残る。その後悔は決して取り返しの付くものではなくなってしまう。そんな後悔を二人にはしてほしくない。


「……先生には、私達の母のことを話しませんでしたね」

「……」

「母も父と同じく戦士でした。とても勇敢で、とても強くて、私と妹にとっては優しい母でした。王家に仕え、当時は今よりも怪物が出没していてよく怪物退治に赴いていました。母はいつも言っていました。私は貴女達をおいて死んだりしない。また帰ってきて美味しい料理を振る舞ってあげる、と。私もリインもそれを疑わず、笑顔でいつも見送っていました」


 アイリーン先生は膝の上で組んでいる手を固く握り締め、プルプルと震えさせる。表情も悲しそうで、今にも泣き出しそうだった。


「でもある日、父だけが帰ってきたんです。母の行方を問うと、母は……怪物に喰い殺されてしまったと言われました。母は私の知らないところで死んでしまいました。それからです……私は死に対して言いようのない恐怖を抱いてしまいました。父が大戦で人族の大陸へ向かった時も、妹を抱き締めて泣いていました。父が負傷したと知らせを聞いた時は頭が真っ白になりました。先生が戦いに向かわれる時だって、誰にも見せないようにしていましたが怖くて涙を流していました」


 アイリーン先生の目から涙がスーッと零れ落ちる。


 アイリーン先生が泣く姿を初めて見て俺は慌ててしまう。動揺して綺麗なタオルじゃなく、さっき自分の手を拭ったタオルを渡してしまい、気付いた時にはアイリーン先生がタオルを受け取って涙を拭ってしまう。先生の顔に汚れが付かなくて良かった。


 アイリーン先生は涙を拭い、話を続ける。


「大戦が終わって父も妹も、もう危険なことをしないで済むと思っていたのに、今度は先生とララさんの予言にあの子が関わっていると聞かされて、私は……私は……!」


 突然、先生はバッと顔を上げて俺の手を握り、顔を近付けてくる。

 アイリーン先生のような美しい顔が眼前に迫り思わず息を呑んでしまう。


「お願いです先生! どうか、どうか約束してください! あの子を、私の妹を守ってください! あの子以外に守らなければならない者がいるのは承知しています! ですがあの子は私の……私のたった一人の妹なんです!」


 アイリーン先生は必死だった。いつもの優雅な姿はなく、そこにいるのはただ一人の妹の身を案じる偉大なる姉であり、不安で心が引き裂かれそうなか弱き乙女であった。

 涙を流し必死になって懇願してくるアイリーン先生の肩に手を置き、落ち着くいって身体から押し離す。


「アイリーン先生……一つ聞かせてくれ。リインが旅に同行することは反対なのでは?」

「反対です!」

「なら――」

「でも! あの子の夢を奪いたくないのです! あの子が、血が滲むような努力をしてきたのは知っています! その努力を無駄にはさせたくありません!」

「……」


 アイリーン先生は葛藤している。大切な妹を危険な旅に同行させたくない。だがその旅は妹の長年の夢でもある。その夢を壊したくない自分もいる。

 天秤をどちらに傾ければ良いのか分からず、リインとも気持ちを分かり合えないでいるのか。


「……」


 目頭を押さえて天井を見上げる。


 つまるところ、アイリーン先生は安心したいのだ。妹がどんな危険に晒されても無事に帰ってこられる保障が欲しいのだ。


 その保障を俺にしてほしい、そう言っているのだろう。


 だが果たして俺で良いのか。アイリーン先生とは五年の付き合いだ。だが五年しか経っていない。まだ俺と言う男を完全に理解しているとは思えない。


 俺は高潔な男でも、聖人のような心も持ち合わせていない。ただ戦うことが得意で、偶々強い力を持っているだけの男だ。納得できないまま父親を殺し、知らないところで女の子から母親を殺したような男だ。そんな男の言葉を彼女は信じられるというのか?


 俺は彼女の信頼に応えられるような男なのだろうか?


「お願いします、ルドガー先生……!」


 だが――彼女がそれを望んでいるのならば。


「……分かった。約束しよう。リインを必ず無事にアイリーン先生の下へと帰すと」

「っ……!」

「この俺の魂に懸けて、リインを守ると誓う」

「……ありっ、がとう、ございますっ」


 アイリーン先生は再び涙を流す。暫しの間泣き続け、漸く泣き止んだ頃にはアイリーン先生の目元は赤く腫れ上がっていた。その顔が恥ずかしいのか、俺に顔を見られないようにそっぽを向く。


「あの……私が泣いたことは妹には内緒にしておいてください」

「ええ、勿論」

「そ、それと……無事に帰ってきてほしいのは妹だけではありません。ララさんも……ルドガー先生もです」


 アイリーン先生はそれを言うと立ち上がり、そそくさと工房から出て行った。


 一人になった工房で、俺はアイリーン先生に誓った言葉を思い返す。

 リインを必ず守り通し、アイリーン先生の下へ無事に帰す。

 ララだけじゃなく、リインの命までを背中に背負った。その重みは計り知れない。


 だが二つの命を背負う以上、その責任を死んでも果たさなければならない。


 予言が何だ、黒き魔法が何だ。俺はララとリインを守る。それが俺の戦う理由だ。


「そうとなればこうしちゃいられねぇ。もっと入念に準備をしなきゃな」


 俺は作業に戻り、授業の時間まで道具を加工し続けた。




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