第46話 話し合い
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その日の夜、リインは寄宿舎に帰ってこなかった。
ララとは、夕食後にリビングで旅のことを話した。
予言に纏わる旅であり、命懸けのものになるということを伝えた。
ララがこの国に来た理由は魔族のタカ派から身を守る為。それなのにエルフ側の都合で身を危険に晒さなければならない。そんな状況になってしまっていることへの申し訳なさを隠さず、ララに謝った上で改めて申し出た。
俺と一緒に旅をしてくれないかと。
予言がどうであれ、俺はアスガルへと赴かなければならない。一番歯車が噛み合わない弟でも大切な弟であるアーサーが黒き魔法を研究している。それが真実なら馬鹿な真似を止めさせなければならない。
その旅にであるのであれば、守護の魔法が完全ではない状態でララと離れる訳にはかない。だから必然とララには一緒に来てもらう必要がある。
もしここでララが嫌だと意思を示してくれたのなら、俺はそれを尊重し、守護の魔法が完全になるまで待つか、最悪、あらゆる準備を施して俺一人で旅に出る。
ララは俺の話を静かに聞いた後、少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。
「センセの弟が、その黒き魔法ってのに関わってるのかもしれないんだな?」
「ああ……」
「……だったら行こう。センセの家族が関わってるのなら、私は何処へでも一緒に行く」
「……だが危険だぞ? 何が起こるのか分からない。また怖い目に遭うかもしれない」
「それでも行くさ。センセが行くなら、私も行く」
ララは笑った。
どうしてこんなにララは俺を信用してくれているのだろうか。俺はララの両親を殺しているというのに、ララは俺に贖罪の機会を与えてくれた。その上で俺の我が儘に付き合ってくれる。
俺はララに贖罪できているのだろうか。ただララの厚意に甘えているだけじゃないのだろうか。ララを守ると誓っているのに、俺の行動がララを危険に晒している。
いつかララの身に取り返しの付かないことが起きてしまったら、その時俺は後悔するだけじゃすまないだろう。
「……ありがとう、ララ。お前は絶対に俺が守ってみせる」
「――ああ。でも、守ってもらうだけってのも嫌だからな。私だって力を身に付けてるんだ。少しは頼ってくれても良いんだぞ?」
「……ああ。その時は頼むよ」
ララはふふんと胸を張り、その姿に俺は笑ってしまう。
「あ、じゃあシンクはどうするんだ?」
「それなんだがな……変身能力があると言ってもまだ小さな子供だ。旅に同行させる訳にもいかない。もうヴァーガスの心配も皆無だ。誰かに預けようと思う」
「そう……。仕方が無いか」
ララは膝の上で眠っているシンクを撫でる。随分とお姉さんが板に付いてきたな。そうしていると本当の姉弟のようだ。
シンクは……別の意味で少し不安だがフレイ王子に頼もうか。それとも校長先生に頼むか。
うん、変な遊びを教えそうな王子より校長先生のほうが安心できる。初めてシンクと会った時も、孫を可愛がるように接してくれていたし、何かあっても校長先生なら何とかしてくれるだろう。
俺とララに面倒事を押し付けるんだ。これぐらいは頼んでもバチは当たらないだろう。
それともまかさ、シンクまで予言に読まれているとか言い出さないよな? 流石に幼いシンクを連れていく気は毛頭ないからな。
「それじゃあ……明日から旅の準備を進めよう。ララには霊薬を頼みたい」
「分かった。色々な効能の霊薬を作っておく」
「頼むよ。俺はもう少し起きてる。リインが帰ってきたら話さないといけないしな」
「……本当にあのゴリラ女も連れて行くのか?」
「そうなったらな」
「……もう寝る」
ララはシンクを抱えてリビングから出て行った。
俺はキッチンから酒を持ってきて、リビングのテーブルで飲み始める。
リインが帰って来ない理由はおそらく旅に関係しているのだろう。校長先生から話を聞き、事の重大さに一人で考え込んでいるか、姉であるアイリーン先生の下に身を寄せているのだろう。
気持ちは充分に理解できる。俺だって物心ついた時から生きるか死ぬかの環境で戦って生きてきたが、命懸けの戦いの前には一人で考え込む時はある。
あれは何時だっただろうか。魔王軍が占拠している街を奪還する任務が国から与えられた日だ。メンバーを選ぶ時、手の空いている者は俺だけだった。他の勇者達は同時作戦で余所へ回されていて、前線で軍を率いて戦えるのは俺だけだった。援軍も無く、その場にいた人族の部隊で事に当たらなければならなかった。部隊のメンバー達はまだ若く、成人になっていない者もいた。
街を占拠している魔王軍には四天王までとは言わずとも、それに匹敵するような魔族が居座っていた。戦いになれば犠牲者が出るのは必然だった。
国からの命令には従わないと行けないのが兵士の役目。俺は安全なところで口だけを出してくる奴らを罵りながら、部隊の面々に作戦を伝えた。
作戦を伝えた後、俺は時間が来るまで部屋に閉じ籠もった。部屋の中で俺は怯えていた。俺が命じた作戦で何人の兵士が死んでしまうのか。ひょっとしたら己が死ぬのではないか。俺だけが生き残ってしまうのではないか。そうなったら俺は兵士の遺族達に恨まれるのではないかと。どうして俺が彼らの命の責任を負わなければならないんだと。
結局、戦いには勝って街を奪還できたが、部隊の殆どが犠牲となった。成人になっていない彼も犠牲者となった。
今だって同じだ。これから先、ララを失うかもしれない。ララを遺して死んでしまうかもしれない。その不安が俺にはある。その不安を現実にしない為、俺は覚悟を以て剣を振るっている。
リインにも、その覚悟が必要だ。戦士として鍛えてきたと言っても、きっと本物の戦場を知らない。助けも何も無い状況で、本当に命を懸けて生き残る覚悟が必要だ。
酒瓶の中身が半分以上無くなった頃、寄宿舎の玄関が開く音が聞こえた。足音が近付いて、リビングの前で止まった。
「……入れよ」
そう声を掛けるとリビングのドアが開かれ、何かを思い詰めた表情をしているリインが入ってきた。
リインに座りなと正面の席を指すと、リインは何も言わずにそこへ座った。グラスを用意し、酒を注ぐとリインに差し出す。
リインはグラスを手に持つと、酒をチビリと飲む。
「……お爺ちゃんが言ってたこと、本当なの?」
「何処まで聞いた?」
「……あの子が魔王の娘で、魔族の聖女に選ばれたって話」
「――ああ、本当だ」
「――ぁぁ~……!」
リインは頭を抱えて悶え始めた。
それもそうだろうな。俺も最初聞かされた時は信じられなかった。だけどこれは事実であり、逃れられない現実だ。そう割り切れば飲み込めないことも飲み込めるようになる。
リインは両手で髪をくしゃくしゃに掻き毟ると、後悔するように悲鳴を上げる。
「うああ~……! 私、聖女様に何て口の利き方してたのぉ!?」
「――――うん? あぁ……え? そっち?」
目を丸くした。予想外の反応に俺は軽く混乱する。
だって魔王の娘で聖女なんだぞ? それにそれを聞いたってことは予言についてもある程度聞かされているはずだよな? なのに気にするのは聖女に対しての口の利き方?
リインはテーブルに頭から突っ伏してダンダンとテーブルを叩く。
「聖女様ってのはエルフ族にとってとても神聖な御方なのよ!? 私なんかが気安く話しかけていい存在じゃないの! それを私ったら知らぬこととは言え、上から目線で物を教えるだなんて!」
上から目線で良いんです。教師と生徒って立場なんだから、物を教えるのは至極当然のことであって、君は何も間違ってません。
いや確かにエルフ族にとって聖女は神聖視される存在であり、場合によっては国王よりも重要視されるけど、ララはそれを望んでいないし他の教師達だってそれを尊重して他の生徒達と同じように接してくれている。
だからリインが己を責めることは何も無いし、そもそもリインがそれをそんなに気にするだなんて思いもしなかった。
未だに泣き喚くリインを、ララとシンクが起きるからと言って静かにさせる。
「えっと……校長先生から何を聞かされた?」
「ぐすっ……聖女様と貴方が世界に関わる予言を読まれているから、その予言を成就させる為に危険な旅をしなければならないって。それで私には聖女様を守る戦士として共に旅をしてほしいって……」
「……それで? 付いてくる気なのか?」
そう尋ねると、リインはガバッと顔を上げてキリッとした目を向けてきた。
「当たり前じゃない! エルフの戦士にとって聖女様を御守りする役目を得られることは大変名誉なことなのよ!? 教師なんてやってる場合じゃないわ!」
「そ、そうか……。だが命懸けになるんだぞ?」
「これでも父と一緒に何度も危険を冒してきたわ。承知の上よ」
「……アイリーン先生は何て言ってた?」
それを訊くと、リインは口を閉じた。先程までの勢いは無くなり、シュンとしたように表情を暗くさせる。
ああ、これはアイリーン先生に反対されたなと、俺はすぐに察した。
アイリーン先生はとても慈愛深い方だ。俺が戦いに出る時ももの凄く心配してくれた。それが血を分けた姉妹となると、反対するのも当然だ。
アイリーン先生が反対したのならリインを連れていく訳にはいかないと告げようとしたが、リインが先に口を開く。
「姉さんは許してくれたわ」
「……そうなのか? なら何でそんな顔をする?」
「……ちょっと喧嘩になって。勝手にしなさいって話を終えられたの」
それは……許された訳ではないだろうに。喧嘩して感情が昂ぶったあまりに飛び出てしまった言葉だろう。本心は行ってほしくないはずだ。
いつも穏やかな先生がそこまで感情を露わにするほど激しい口論だったのだろう。やはりリインは連れてはいけない。
「……アイリーン先生が反対しているのなら、お前を連れて行く訳にはいかない」
「嫌よ! やっとエルフの戦士として剣を振るえるのよ? 姉さんが反対しても断固として行くわ!」
「それでアイリーン先生を悲しませて、心配させても良いのか?」
「っ……」
リインは押し黙る。アイリーン先生に心配を掛けたくはないとは思っているらしい。
だがそれでもリインは俺達の旅に付いて行きたいと言っている。
何方か一方でも反対の意があればリインを連れて行かないつもりではあった。
しかしリインの様子からして諦めさせるのはかなり骨が折れる、というよりも難しいだろう。
俺だってアイリーン先生に心配を掛けさせたくないし悲しませたくはない。先生が嫌だと言うのなら、リインには悪いが最終的には連れて行かない。
だがまぁ……旅立つまでにはまだ時間はある。リインがそこまで決心を固めているというのならば、時間を与えてやっても良いかもしれない。
「リイン。旅立つのは一月後だ。それまでにアイリーン先生をちゃんと説得できたなら、同行を許そう」
「別に、姉さんの許しなんて――」
「駄目だ。これだけは絶対に譲らない。俺はアイリーン先生の本心から許しが出ない限り、同行は認めない」
これは絶対に譲らない。命懸けになるんだ。絶対にどちらも後悔させないようにしなければならない。それが年長者である俺の責任でもある。
リインは何か言い返そうとしたが、渋々と「わかった」と頷く。
俺は軽く苦笑し、グラスに入った酒を飲み干す。
「時間はある。徹底的に姉妹喧嘩でもして、腹の内を全部ぶつけ合え。その上で互いに納得する答えを出すんだ。絶対に後悔しないように、な」
「……貴方は、後悔したことあるの?」
「ん?」
「家族で……後悔したことはあるの?」
その問いに、俺は暫し固まった。
家族……俺に残された家族と言えば勇者達しかいない。あいつらとの関係で後悔したことなんて腐るほどある。
その一番の相手はアーサーだった。アイツとは馬が合わなかったが大切な弟の一人だ。もっと上手く話せなかったのかとか、アイツの気持ちを理解してやれなかったのかとか、色々後悔したことがある。その殆どを喧嘩という手段で消化していったが。
それに、一番の後悔はもっと親父を理解してやれなかったことだ。親父のことをもっと知っていれば、親父が魔王として敵になることはなかったかもしれない。俺が親父を殺すことになんかならなかったかもしれない。
もう過ぎた話だが、過ぎたからこそ、もう取り返しのつかない過去になってしまった。
「――ああ。ずっと心を蝕む後悔がな」
「……そう。そうよね……後悔はしたくないもの。分かった。姉さんともっと話してみるわ」
「そうしてくれ」
「それじゃ、今日はもう寝るわ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
リインは少し憑き物が取れたような、スッキリとした表情を浮かべ、リビングから出て行った。
俺は寝る気になれず、そのまま朝まで酒を飲み続けた。




