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第44話 新たな同居人

皆、この作品を読んでどう思ってるんだろうか……。



 リインが来てから最初の一日が終わった。夕方を過ぎ、俺は寄宿舎で食事の用意をしている。

 ララが積極的に料理を作ってくれるとは言え、毎日頼りっぱなしもいけない。今日は俺の当番であり、鹿肉のステーキを焼いている。

 ララはラウンジでシンクの相手をしながら寛いでいる。


 ――ドンドンドンドンドンッ。


「ん?」


 寄宿舎の玄関のドアを叩く音が聞こえた。誰か来たのだろうか。


「ララー。誰か来たみたいだから出てくれー。手が離せない」

「わかったー」


 夕飯時にいったい誰だろうか。まさかフレイ王子か? 城から抜け出してきたとか言わないだろうな? もしそうだったら小言を言われるのは王子じゃなく俺なんだけど。

 焼けたステーキを皿に盛り付け、サラダとスープも食卓に並べる。


 すると仏頂面をしたララがやって来た。


「誰だったんだ……って、え?」


 ララの後ろに立っていたのはリインだった。それも大きな鞄を背負った状態でだ。

 何故だか唐突に嫌な予感がしたが、取り敢えず何の用なのかを尋ねる。


「あー……どした?」

「……――む」

「な、何だって?」


 声が小さくて聞き返すと、リインは何故かキッと睨み付けてきた。


「私! 今日から! 此処に! 住むの!」

「…………ぇぇ?」


 彼女が何を言っているのか分からなかった。というか理解したくなかった。


 ララはムスッとしてシンクを食卓へと連れてきて席に座り、我関せずと言った態度を取る。

 リインは少し顔を赤くして憤りを示し、俺は何でこんな目に遭っているのかと、泣きたくなる。


 一先ず、考えるのは後にして夕食を済ませることにした。折角のステーキが冷めてしまう。

 リインの分が無いのはどうかと思い、夕食はいるかと尋ねると「……いる」と静かに頷く。

 新たにステーキを焼き、俺達四人で食卓を囲って夕食を食べる。


 この日の夕食は実に静かだった。気まずささえ感じた。シンクのもぐもぐとステーキを食べる姿だけが唯一の癒やしだった。


 食事を終え、ララにシンクを湯浴みに連れて行かせ、俺とリインは話し合いを行う。


「えーっと……それで、何で此処に住むと?」

「……私、都に家が無いの。姉さんの家に住もうかと思ってたけど、大人なら一人で暮らしなさいって……。それで校長先生に相談したら、寄宿舎があるからって」


 そうだった。この寄宿舎は学校の教師が使う場所だった。誰も住む必要性がなかったから俺しか使わなかったから、そのことをすっかり忘れていた。リインが此処に住むことは何ら可笑しな話ではない。


 ちょっと焦ったが、通常のことだと自覚し、落ち着きを完全に取り戻した。


「そうだった……悪い。ずっと俺一人だったから此処はそう言う場所だと忘れていた。なら話は早い。俺とララとシンクの三部屋しか使ってないから、そこ以外の好きな部屋を使うと良い。部屋にも浴室とトレイはあるが、大浴場もある。キッチンはそこで、後は好きに見れば良い」

「……念の為に訊くけど、あの子とそう言う関係って訳じゃないのよね? 私がここに住むって言ったらもの凄く睨まれたんだけど」

「違う。大切な子だが、そういうのじゃない」


 どうして皆そんな風に勘繰るんだ? 仲が良いように思われるのは嬉しいことだが、俺とララは十歳ぐらい歳が離れているし、間違われても兄と妹だろうに。確かにララは大人びていて実際の歳よりも上に見えるかもしれないが、大人と子供だ。ララだってそんな感情は持たないだろう。


 でもそんなに勘違いされるのなら、ララとの接し方を少し考え直したほうが良いかもしれないな。行く先々で勘違いされるのもララだって迷惑に感じるかもしれないし、一々誤解を解くのも手間だ。


「……ま、いいわ。ところで、此処の食事は貴方が作ってるの?」

「いや、当番制だが、基本はララだ。買い出しは当番じゃない方、掃除や洗濯は各自だ。今日はもう休んで、それは明日話そう」

「分かったわ。ともあれ、今日からよろしく。あ、変な真似したら許さないから」

「しない。お前が思ってるような男じゃない」

「どうだか。それじゃ、おやすみ」


 リインは荷物を持って二階へと上がっていった。

 俺は椅子に深く座り込み、天井を見上げて脱力する。


 思わぬ展開に心が安まらない。今日は本当に精神的に疲れた。こういう時って、面倒事が立て続けに降り注いでくるのが定石だと、今までの人生経験で身にしみている。明日か近い内に来るんだろうなぁ。


「……あー、あるじゃん。面倒事……」


 そう言えばあったわ。アーサーを探しに行くっていう大きな出来事が。

 でもそれはリインが護身術の担当教師に正式に任命されてからの話だし、まだそれまでに猶予はある。アーサーに何か起きたという知らせも無いし、予言だの何だとのと校長先生が話題を振ってきていない辺り、まだこの平穏は保たれるだろう。


 あー、今日は疲れた。さっさと片付けて湯浴みして寝るか。


 俺は立ち上がって夕食の片付けを始めた。




 翌朝、俺達はララが作った朝食を食べながら、これからの生活について軽く話し合う。


「昨日も言ったが、家事は全部当番制だ。料理当番はイフ、ラファ、ティア、テラの曜日がララ、リディとニフの曜日は俺、マスティの曜日はリイン。大浴場の掃除は俺とリインで交互にやる。それで良いな?」

「この子に負担掛かってない?」

「良いんだ。料理は私が好きでやってる。お前こそ、料理できるのか?」

「ず、随分と生意気な子ね……。できるわよ。伊達に大陸を旅してないわ」

「どーだか」


 ララは未だリインが俺に斬りかかったことを根に持っているようだ。リインに対する態度が少々冷たい。俺はもう気にしていないし、これから一緒に暮らすんだから仲良くしてほしいものだが、まぁ時間が経てばそれも解決するだろう。


「部屋の掃除と洗濯は各自でしてもらうが、週末は全員で寄宿舎全体の大掃除をする。これが決まりだ」

「ええ、分かったわ」


 基本的な決まりを共有し、朝食を片付けて学校に向かう準備をする。

 俺はワイシャツにループタイといったいつもの服に着替え、鞄を手に部屋を出る。

 ララも学校の制服である白いローブ姿に、シンクも学校の白ローブを来ている。

 教師に制服は無いが、だらしない格好は常識的に考えて駄目である。


 だがしかし……。


「……」

「……ちっ」

「……何よ?」


 リインの格好はどうにかならないだろうか。


 昨日と同じ、胸元が開いた服で丈の短いスカートを履いている。加えて言うならノースリーブで腕はアームガードと、男の眼を引っ張るような扇情的な格好をしている。


「なぁ……他の服は無いのか? ちょっと目のやり場に困るんだが……」

「なっ!? どこ見てるのよ!? この変態!」

「変態なのはお前だこの牛女! 腋出し胸出しで喧嘩売ってるのか!?」


 ララが怒りで興奮して叫びだし、リインの胸を鷲掴みにして振り回す。リインの大きな胸が伸び縮みし、非常に目に毒である。シンクの両目を手で塞ぎ、二人の言い争いが終わるのを待つ。


「きゃあ!? 何するのよ!?」

「昨日は敢えて何も触れなかったが、学校の教師の格好じゃないだろう! お前の姉でももっと慎ましい格好をしてるぞ! 何か? その大きな胸を自慢したいのか? アアン!?」

「ち、違うわよ! これは由緒正しい戦士の装束よ! ちょっと改造してるけど……立派な戦士の格好よ!」

「お前それでセンセを誘惑してみろ! その無駄な脂肪を削ぎ落として霊薬の材料にしてやる!」


 安心しろララ、俺は子供には興味無いから。身体は大人でも中身が子供なら全く以てそう言う目で見ることは無いから。


 でも以外だな。ララでも胸の大きさとか、そう言うのを気にするタイプだったのか。エリシアもそう言うのを気にしていたし、此処に彼女がいればララと同じようなことをしていたかもしれない。


「くぅ~……!? 胸が取れるかと思ったわ……!」

「そんなもの取れてしまえ」

「はいはい、朝から喧嘩するな。だがな、リイン……生徒には健全な男の子達もいるんだ。装束だったとしても、過激なのはどうなんだ?」

「はぁ? そんなの誰も気にしないわよ。何言ってるのよ?」


 俺とララは首を傾げて顔を見合わせる。


 もしかして、この格好を気にしているのは俺とララだけなのか?

 思えば、校長先生もアイリーン先生もリインの格好について何も言わなかった。それに確かにエルフの女戦士達の格好も、肌を露出する面積が多いと言えば多いような気もする。


 俺はエルフについて何でも知ってる訳じゃないし、もしかしたらリインのような格好はエルフにとっては何でもない日常なのかもしれない。性欲も他種族よりは少ないと言うし、種族の違いなのかも。


 だがそれなら俺がとやかく言うことではないな。此処はエルフの国であり、エルフのルールで生きるのが筋だ。郷に入っては郷に従えと言うし、リインが問題無いと言うのならそれが正しいのだろう。


「分かった。たぶん、俺とララの文化の違いだな。じゃ、早く行くぞ」

「……ちっ」

「……え、何? 私何で怒鳴られたのよ!?」


 リインの言葉を右から左へ受け流し、俺達は学校へと向かった。



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