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第41話 プロローグ2



 数日が経った頃、俺はララとシンクを連れて街を散歩していた。


 アルフの都では市場が存在しないが、それは店が無いというだけであり、生活に必要な物を供給する場所は存在する。


 以前にも説明したことだが、エルフ族は助け合いの精神で生活している。エルフの大陸では清浄な魔力が溢れ恵みに溢れており且つ掟に従って不必要に欲を持たない。それ故に成り立っている生活様式であり、助け合い以外に対価を要求しない。


 街に出ると、生活に必要な道具や衣服、娯楽品などが置かれている場所がある。娯楽と言っても何てことはない。本や子供達が暇潰しで遊べる玩具等だ。それにエルフ族にだって美意識が存在する。女性が着飾るアクセサリーや美容を保つ用品等を作れるエルフがいて、それを提供している。数は少ないが、酒場のような場所もあり、夜には賑わったりしている。


 狩りや漁に出てて糧を手に入れる狩人達、持ち帰った糧を物に変える職人達、治安を守る戦士達、次代に知を授ける教育者達、それぞれが己の仕事を全うして支え合っていくのがエルフ族だ。


 話は逸れたが、俺達は散歩しながら物色していた。アルフの都で教師として過ごす俺は勿論のこと、生徒であり子供であるララとシンクも物の提供を受ける権利がある。子供は成人になるまで必然と権利がある。


 散歩がてら、ララとシンクの服や生活必需品を手に入れに街へ出ているのだ。


「センセ、これなんかどうだ?」


 ララは藁で編まれた帽子を手に取り、カポッと自分の頭に被る。


「んー? 似合ってるよ」

「あ、でも私帽子は好きじゃないや。髪型が崩れる」

「何だ? お前でも髪型を気にするんだな?」

「どう言う意味だ?」


 ララは頬を膨らませる。だがすぐに機嫌を元に戻してシンクに似合いそうな帽子を探す。


 それにしても、二年前俺がこの都に来たばかりの頃は、此処まで物の種類が多くはなかった。殆ど一緒のデザイン、と言うか同じ物ばかりが並んでいた。

 それが今はどうだろう。人族との交易が始まってから向こうの職人芸を盗んだエルフがいたのか、瞬く間に種類は増えていった。何と言うか、色が増えたというか静かな所に喧しい若者が入ってきたと言うか、そんな感じに変わっていった。


 良いことだとは思う。他種族の文化を取り入れ、己の文化を高めていく行為は種が進化していく上で必要なことだし、それは自然の摂理に則っていると思う。


 ただ、掟に厳格な王達がいつまでこの光景を黙認していられるかだ。今はまだ物の姿形が変わっていくだけに留まっているが、これが思想にまで及んでいくと話は変わるだろう。


 まぁ、変わり者の王子がいることだし、そう悪いようにはならないだろう。


「……ん?」


 何処からか視線を感じた。何だかジッと見られているような気がして辺りを見渡す。

 通りを歩いている女エルフ達と視線が合うと、彼女達はニコリと笑って手を振ってくる。


 自惚れているわけではないが、俺と言う存在はエルフ族にとっては英雄視されている身だ。ああいう風に色目で見られるのは良くあることだ。


 さっきの視線もその一つだったのだろうかと、深くは考えないことにした。


 必需品などを手に入れた俺達は食事を提供する場所で休息することにし、軽食を食べる。


 物の種類もそうだが、料理の種類も増えた。エルフ族の料理は素材そのものを味わう調理法を用いているのが多いが、最近は人族の料理も取り入れている。学校の食堂でもその料理は出されており、今ではそれが主流だったりする。


 エルフと言えど、人族と同じ舌を持ち同じ物を食べる。好みの差はあれど、自ずと美味しい物にはどうしても手が伸びてしまうのだろう。あまり贅沢な物には掟に従って手を出さないが、それ以外なら何でも取り入れた。


 それにしても俺の舌は肥えてしまったかな。ララの手料理を食べていると、此処の料理でも満足感を得られなくなってしまったのかもしれない。いや、マズくはない。かなり美味いのだが、こればかりはララの腕前が良過ぎるのだろう。


「……?」


 ふと、此処でも視線を感じた。先程と同じ視線だと感覚で理解する。


 誰かが後をつけてる……? 誰だ? 生徒か……?


「センセ、どうかしたのか?」

「いや……何でもない」

「……?」


 何者だ? 俺を見ているから狙いは俺なんだろうが、万が一と言うこともある。ララを狙った魔族の手先かもしれない。四天王だったルキアーノの子であるシンクを狙っている可能性も否めない。


 だがアルフの都の内部まで魔族の手先が入り込めるか? 魔族なら都に近寄っただけで分かる。魔族に抱き込まれたエルフ? 分からない……用心したほうが良いか。


 その後も視線を感じながら街を歩き、寄宿舎に帰るまで終始それは続いた。


 夜、ララとシンクを寝かせた後も視線の主は寄宿舎の周りに潜んでいた。

 ナハトを手に寄宿舎の外へ出ると、俺は姿無き視線の主に声を掛ける。


「昼間からコソコソと嗅ぎ回ってる奴、出て来い」


 そう声を掛けると、そいつは隠れ続けることなく、何処からともなく現れた。

 フードを被り、ローブで身体を隠した人物だ。


「……何者だ?」

「……」


 その人物は何も答えず、ローブの下から細剣を抜いた。一瞬身体が見えたが、大きな胸をしていたことから女だと判る。


「目的は、俺か?」

「……お命、頂戴する!」


 女は目も止まらぬ速さで目の前まで迫ってきた。振り払われた剣をナハトで受け流し、蹴りを放つ。女は猫のようにしなやかな動きで蹴りをかわし、再び剣で高速の突きの連打を放ってくる。ナハトを盾にして剣を弾いていき、隙を見てナハトを振り払う。


 女は俺から距離を取り、剣を低めに構えて対峙する。


「……?」


 そこで違和感に気が付く。


 殺気はある。敵意もある。だが悪意が感じ取れない。魔族の手先ならば少なからず悪意を持っている筈だ。しかし彼女からは愚直なまでの殺気と敵意しか感じ取れない。


 まるでそう……怒りで癇癪を起こしているような、そんな殺気。


 まさか――。


「お前……」

「ハァ!」


 女の手から光が放たれる。それは砲弾のように俺に襲い掛かる。

 避ければ寄宿舎に直撃すると判断してナハトで斬り裂いて喰らう。

 女は俺が砲弾を斬り裂いている間に急接近しており、懐に飛び込んで突きの構えを取っていた。


烈光(れっこう)――」

「遅い」

「え!? きゃああ!?」


 女の剣が光り輝き技を放つ直前、その動きを見切って女の腕を掴み、後ろに捻り投げる。女は地面に背中から落ちて転がり、ローブが開きフードが捲れ上がる。


 垣間見えた通り、胸元がパックリと開いた大胆な服に短いスカートという戦闘装束の格好で、薄金色の長い髪をポニーテールにした女エルフの顔が現れる。


「うぐぐぐ……!」

「……」


 俺は頭を抱えた。


 この子はたぶん、というか絶対にそうだろう。


 女エルフは痛みを堪えながらバッと立ち上がり、再び剣を構える。


 うーん、見れば見るほど似ていると言えば似ている。


「なぁ、君……お姉さんいるよな?」

「黙れ! 姉さんを誑かす色情魔め! 貴様はこの私! リイン・ラングリーブが成敗してくれる!」


 ラングリーブ……アイリーン先生のファミリーネームはラングリーブだ。

 つまり、彼女、リイン・ラングリーブはアイリーン先生の妹さんである。


 おいおい……本当に斬りかかって来たよ。俺、どうすりゃいいんだ?


 夜の虫の音が聞こえる中、俺は夜空を仰ぐのだった――。




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