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第38話 終戦



 ルキアーノは六枚の翼と爪を振るってくる。その一つ一つを見極めるのは至難の業だ。

 だから俺は奴の魔力を読み取る。どれが本命なのかを見極め、最低限の動きだけでかわす。


 答えは――全部だ。全部の攻撃が俺の心臓を狙ってきていた。時間差でどこに避けても命中するように奴は攻撃を放った。


 全てをかわすにはもう一度限界を超えて動かなければならない。奪い取った魔力を完全に解放し、雷神の力を発動する。


 黒い雷が体内から吹き荒れ、俺の魔の部分を剥き出しにさせる。限界を超えた状態で更に限界を超えて変身し、ルキアーノから繰り出された攻撃よりも速く、雷速で全ての刃をギリギリでかわす。

 身体が悲鳴を上げ、肉体の彼方此方が内部から破裂して血が噴き出す。息をすることすら叶わず、痛みに声すら上げられない。


 それでも俺の目はルキアーノを捉え、ナハトを握っている腕を動かす。攻撃の間を掻い潜り、下から上に振り上げたナハトがルキアーノの上半身に食い込み、赤い血が迸る。


『なっ――!?』

『――ハァァァァァアッ!!』


 ナハトが雷を発し、ルキアーノの身体を斜めに両断する。ルキアーノは両断された身体を再生させることなく、地面に転がり落ちる。


 まだしぶとく、身体を再生させようと藻掻いているが、再生可能な域を超えた傷に苦しんでいるだけだった。


 首と心臓を切り離したんだ。いくら魔族でも、魔王じゃない限りそこから再生することはできない。

 だが念には念をだ。俺はルキアーノの心臓にナハトを突き刺し、雷で焼き払う。


『ばか――な――!? このわた――しが――暴嵐のわたし――が――』

「ハァ……ハァ……地獄に堕ちろ、クソッタレ」

『――ァァァアアアア――!!』


 ルキアーノは絶命の声を上げながら身体を塵へと変えていった。


 これでルキアーノは死んだ。俺達の勝ちだ。


 ナハトを引き摺りながら拘束されているララの下へと向かう。残っている力で石を砕き、ララを助け出して抱きかかえる。


「ララ……ララ……頼む、起きてくれ……」

「……ぅ、ぅぅん……せんせ……?」


 ララは薄らと瞼を開き、ボンヤリとした顔で俺を見上げる。


 良かった……無事で良かった……。


「帰ろう、ララ……」

「せんせ……ごめん……わたし……」

「大丈夫、もう終わった」


 ララの髪を撫で、背中に背負う。正直、人一人を背負う体力すら残ってないが、ララに格好つける為にもやせ我慢する。


 聖槍を広い、ナハトを操って壁を破壊させた。ララを解放したからか、魔獣は沈黙して動いていなかった。破壊した壁から外に飛び出し、高く上った太陽に照らされる。


 外ではユーリ達が待っていた。いつ来たのか、アスカとその同胞達もおり、シンクもそこにいた。

 シンクは俺を見付けるとトコトコと駆け寄り、俺の足にしがみ付く。


「シンク……どこ行ってたんだ……!?」

「アスカ……危なかった……」

「……? まぁ、お前が無事で良かった……」


 流石にシンクまで抱き上げる力は残っていなかった。シンクの頭をガシガシと撫で、待っているユーリの下へと向かう。


「兄さん……」

「奴は殺した。もうこれで魔獣は動かない」

「――ハァ……、お疲れ様です」

「ああ、ホント、疲れたよ」


 ――オォォォォォン!


『ッ!?』


 全てが終わったと思い安堵していると、甲高い咆哮が空を駆け巡った。

 何だと警戒すると、大地に横たわっていたケツァルコアトルが起き上がり、今にも飛び立とうと翼を動かそうとしていた。


 それも、穢れた魔力を帯びたままでだ。


 ケツァルコアトルはまだ魔獣化の状態だったのを完全に忘れていた。このまま逃がしてしまえば、穢れた魔力を世界に散蒔く第二の魔獣と化してしまう。


 漸く終わったと思ったのに、まだ大きな問題が残っていた。


 こちとらもう魔力も体力もスッカラカンだと言うのに、これ以上俺達に何をさせるつもりなんだよ。


 その時、手に握っていた聖槍が脈打ち、緑色の光を放ち始めた。

 それは俺に魔力を流し、何をすべきなのかを聖槍が伝えてくる。


 その意図を理解した俺は溜息を吐き、舌打ち一つをしてユーリにララを預ける。


「ユーリ、ララを頼む」

「兄さん、何を?」

「どうやらラファートの予言を俺が遂行させられるようだ」


 ナハトも預け、聖槍フレスヴェルグを強く握り締める。


「アスカ、あのデカブツの所まで乗っけてってくれないか?」

「守り神を乗り物扱いかい? 良い度胸だねぇ……。でも今回だけは特別だ。乗りな」


 地面に伏せるアスカの背中に乗り込み、アスカはケツァルコアトルに向かって走り出す。


 魔力は聖槍から送られてきて回復し、ある程度は身体を動かせるようになった。聖槍から伝えられたことをすれば力尽きるだろうが、俺がやらないといけないのなら仕方が無い。


 俺は勇者の長男で、ララを守る勇者なのだから。


「若造、何をするつもりだい?」


 アスカは走りながら俺にそう尋ねる。


「聖槍でケツァルコアトルの魔力を完全に浄化させる。どうやらその役目はユーリじゃなくて俺のようだ」

「……やはり、『ルドガーの名を継ぐ者』だねぇ」

「それ、どう言う意味だ?」

「いずれ知る時が来るさ」


 アスカはケツァルコアトルに飛び移り、そのまま身体を駆け上がって背中まで移動する。

 ケツァルコアトルの背中に辿り着いた俺はアスカから降り、アスカはそのままケツァルコアトルから離れていく。


「後は任せたよ」

「帰りはどうする?」

「迎えは寄越してやるさ」


 残された俺は聖槍を両手で握り、力一杯ケツァルコアトルに突き刺す。回復して僅かしか残っていない魔力を聖槍に送り込み、聖槍が力を発揮できるようにする。


 ケツァルコアトルに突き刺さった聖槍は清浄な緑の光を強く放ち、ケツァルコアトルを包み込んでいく。


 ――オオオオオオオ!


 ケツァルコアトルの声が頭に響く。ケツァルコアトルの穢れた魔力が清められていき、まだ身体に残っていた穢れの塊が消えていくのが分かる。


 ヴァーガスにされた子供達……安らかに眠れ。お前達の仇は取ってやった。もう苦しまなくて良いんだ。新しい命に生まれ変わって今度こそ幸せに生きていけ。


 ――オオオオオオオ!


 光はケツァルコアトルの全身を包み込み、穢れた魔力を完全に浄化していった。


 俺はそこで力尽き、その場に倒れ込んでしまう。


 もう無理、もう限界、立っていられない。空を見上げながら大の字で寝転び、意識が薄れていくのを感じる。

 こんなに疲れたのは魔王との戦い以来だ。ユーリを探しに来ただけだったのに、どうしてこんな目に遭ってるんだろうか。

 これからアーサーを探しに行く? いやいや冗談じゃない。一度アルフの都に帰って休んでやる。アーサーならどうせユーリと同じように無事だろうさ。ちょっと探しに行くのが遅くてもエリシアは許してくれるだろうさ。


 そんなことを考えていると、ケツァルコアトルの翼が動き出し、空へと羽ばたこうとしているのが見えた。


「おいおいおいおい……まだ降りてないんだけど……!?」


 薄れていく意識もはっきりとし、動かない身体を必死になって動かす。


 このまま空を飛ばれたらどこへ連れて行かれるのか分かったもんじゃない。早く此処から離脱しないと……!


 だが身体は言う事を聞かず、寝返りさえもうてない。

 このまま何処かへ連れ去られてしまうのか、そう諦めかけた時、俺の目の前に獣が降り立った。

 アスカが迎えに来たのかと思ったのだが、彼は二足歩行で此方に歩み寄ってくる。体毛も緑で、狼ではあるが守り神ではなくワーウルフだった。


「ワーウルフ? 誰だ……?」


 そのワーウルフは俺を抱えると、聖槍も抜き取ってその場からもの凄い速度で走り出す。ケツァルコアトルから飛び降りると、俺を地面に降ろして聖槍を落とした。


 ――オオオオオン!


 正常な状態に戻ったケツァルコアトルは翼を羽ばたき、空高く飛び上がる。飛び上がったケツァルコアトルは翼から魔力の粒子を大地に散布した。その粒子が大地に降り注ぐと、荒れに荒れ果てた森が再生していき、遺跡は破壊されたままであるが元通りの姿へと変わった。


 撒かれていた穢れの残滓も綺麗に払われ、清浄な魔力で再び溢れかえった。


 迷惑を掛けた詫びのつもりなのだろうか。それにしては割に合わない気もするが、神の眷属の考えが人如きに分かるはずもないかと諦める。


 ところで、このワーウルフはいったい何者なのだろうか。というか、彼の魔力にはもの凄く身に覚えがあるんだが。


 ワーウルフは小さく声を上げたかと思うと、その身体をブルブルと縮めていき、人型の姿へと変わっていった。


 そしてその姿はシンクだった。


「シンク……? え、シンクなのか?」

「うん、シンク、だよ」

「……え、どう言う事だ?」


 ヴァーガスに変わってしまったのかと一瞬だけ考えたが、どうやらそうじゃないみたいだ。

 なら何だ? この子が持つ本来の力? そう言えばアスカもワーウルフの童とか言っていたような……ああ、駄目だ、頭がもう回らない。


「兄さん!」

「……ユーリ、俺はもう休む。後は全部任せた」


 駆け付けてきたユーリにそう託し、俺は目を閉じた。

 もうこれ以上は起きていられない。もう戦いは全部終わった。


 俺は意識を落とすのだった――。



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